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エアライン各社の大きな強み「ホスピタリティー」でコロナ禍に挑む

〈情報工場 「読学」のススメ#92〉『コロナ後のエアライン』(鳥海 高太朗 著)

過去最大の赤字を抱えたANA、経営破綻したLCCも

年間数十億円使っていた海外出張費が、2020年度は99%減――。トヨタ自動車は昨年度第3四半期決算説明会の席上、そんな数字を示した。世界中に工場を持ち、「現地・現物」をテーゼとする同社でさえ、パンデミック下で海外出張がほぼなくなった。

言うまでもなく、これはトヨタに限った話ではない。感染防止の観点から、多くの企業が、国内外の出張を最小限に抑えている。そのあおりをもろに受けたのが、エアラインをはじめとする交通事業者と、ホテル等宿泊施設だ。

エアラインに関しては、2021年3月期、ANAの最終損益は4046億円という過去最大の赤字、JALは2866億円の赤字となった。LCC(格安航空会社)各社も苦戦し、エアアジア・ジャパンに至っては経営破綻に追い込まれた。

昨年4月以降、国際線の運航率はANA・JALともに10~20%前後にとどまっているという。国際航空運送協会によれば、国際線の需要回復は2024年以降の見込みだ。

ただし、コロナ禍が終息したとしても、リモートワークが定着した企業は、コロナ前の水準に出張の数を戻さないかもしれない。

苦境下にあるエアラインは、ただ手をこまねいているわけではない。現状を何とかしのぎつつ、コロナ後に成長へ転じるための、さまざまな手を打っている。航空・旅行アナリストの鳥海高太朗さんが著した『コロナ後のエアライン』(宝島社)には、その試行錯誤と新たな挑戦が、詳細に記されている。

航空機の人気機種を使った遊覧フライトが盛況

需要激減でやむなく定期運航の便数を減らすエアライン各社は、飛ばせない航空機を有効利用して収益を確保しようとしている。

例えばANAは、羽田に駐機した航空機内で国際線のファーストクラスとビジネスクラスの食事を楽しめる「レストラン」を限定オープンした。また、機内食を通販やスーパーに卸し、販売したりもしている。

成田-ホノルル便専用の「エアバスA380型機」を使用した遊覧フライトも実施。毎回、応募者数が募集定員を上回り、抽選販売となる盛況ぶりだ。ANAの日頃からのファンで、「応援したい」という理由でチケットを購入する人も少なくなかったそうだ。

ANAやJALにファンがいる理由の一つに、乗務員やグランドスタッフの「高いホスピタリティー」がある。これはエアラインの大きな強みとなる。

そういえば、今年6月10日付の日本経済新聞に「『観光』でうらなう産業の未来」と題した、フランス人思想家で経済学者のジャック・アタリ氏によるオピニオン記事が載っていた。

アタリ氏はこの記事の中で「観光業が培ってきた(歓待や配慮、扶助といった)ホスピタリティーを、他の産業分野で活用すること」を提案している。

例えば病院が、患者や付き添い家族へのサービスを向上させるのに、あるいはテレワークを推奨する企業が、従業員の帰属意識をつなぎとめるのにも、観光業のホスピタリティーの技術が応用できるのだという。

実際、日本のエアライン各社の「ホスピタリティーの他業種への提供」は始まっている。ANAは、客室乗務員とグランドスタッフを中心に、家電量販店のノジマ、スーパーの成城石井、地方公共団体などへ出向させている。

JALもまた、グランドスタッフやキャビンアテンダントらがレクサス販売店やヒルトン成田の直営レストラン、コールセンター業務を行う企業などに出向しているという。

例えばコールセンターでアンケート業務を行った場合、JALの社員の回答率のほうが本職のスタッフより高いなど、成果も上がっているようだ。これは出向先の他のスタッフの刺激になるだろう。JALの社員にとっても、まったく違う企業で働く経験は損にはならない。それどころか、他社の仕事の進め方を学び、外部からの視点を意識する良い機会になるに違いない。JALにしても、彼ら彼女らが他業種での就労体験から得た知見は、事業開発などに大いに役立つはずだ。

ちなみにホスピタリティー以外のエアラインの強みに、「危機管理力」もあるのではないか。エアラインのスタッフは、万が一運航中に減圧やハイジャックといったトラブルが発生した場合、パニックに陥らずに対処するトレーニングをしっかりと受けている。病院や介護などセンシティブな現場でも、生かせる場面があるように思える。

ドローンを使った「エアモビリティ」の実現へ

航空機の運航だけに頼らない取り組みも始まっている。

ANAは、2016年4月に「デジタル・デザイン・ラボ」を発足させ、ドローン開発などを通じた「エアモビリティ」の実現をめざしている。すでにバーベキュー客がLINEで注文した海産物をドローンで運んだり、医薬品を届けたりといった実証実験が日本各地で行われている。

JALも、東京・天王洲にオープンイノベーション の拠点として「JAL Innovation Lab」を2018年4月に開設。2023年をめどにドローンを使った物流事業を開始し、2025年には「空飛ぶクルマ」とよばれる電動垂直離着陸機を使った、貨物や人の輸送の事業化をめざしている。

予測不能な危機はパンデミックだけではない。気候変動や大地震、大噴火などによる大災害や経済危機などが、いつ襲ってくるかもわからない世の中だ。今回、エアラインが直面したような需要の蒸発が起こる可能性は、どの業種にもある。エアラインがそうしたように、自社、自業種の「強み」をいざという時に生かせるように、普段から検討しておくべきではないだろうか。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

『コロナ後のエアライン』
鳥海 高太朗 著
宝島社
256p 1,650円(税込)
情報工場 「読学」のススメ
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
『コロナ後のエアライン』には、航空会社の取り組み事例として、北九州空港を拠点とするスターフライヤーが運行した「Starlight Flight Produced by MAGASTAR」も紹介されている。これは遊覧飛行をしながら、機内でプラネタリウムの映写が楽しめるという、斬新で魅力的な企画だ。ANAによる遊覧フライトや機内レストランもそうだが、こうした取り組みには、リモートワークの普及などにより、コロナ後もビジネス需要が十分に増えないであろうことを見越して、より幅広い客層を取り込んでおこうという意図もあるのではないだろうか。エアライン各社の戦略からは、長期的・複眼的なビジョンと、転んでもただでは起きない“しぶとさ”が感じられる。

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