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カフェでテレワーク、300年前の働き方に近いかもしれない理由

決まった時間、決まった場所に集まって働く。そんな「オフィス」の概念が生まれたのは、産業革命期のイギリスだ。その後、オフィスは労働者を管理する場ではなくなり、コミュニケーションや快適さがより重視されるようになった。そして、情報通信技術(ICT)の急速な進化は私たちを時間や場所の制約から解放し、コロナ禍を経てテレワークや在宅勤務も浸透した。だが、いつでもどこでも仕事ができるようになった今、人々は再び、オフィスに戻ろうとしている。

スターバックスでパソコンを広げ、インターネットで情報を探し、せっせと文字を打ち込む。もしかするとそれは、300年前の働き方に近いかもしれない。というのも、オフィスとしての機能が始まった場所はコーヒーハウスだったからだ。
 18世紀イギリス。人々はコーヒーハウスで事務作業に勤しんでいた。情報を求めて商人や投資家らが集まり、商談や株取引までがここで行われた。
 そして、人々は効率を求め始める。貿易業でよりスピーディな決定を下すため、1729年にロンドンに建てられた東インド会社の建物が世界初のオフィスビルだ。ここでは労働時間を管理され、入退室も記録。管理者が従業員を監視するよう正面に座り、無駄な会話は禁じられた。

日本初のオフィスビルは、丸の内の三菱一号館とされる。1894年に竣工されたレンガ造りの洋風建築で、三菱合資会社のほか商社や銀行、郵便局などが入っていた。
 興味深いのは、日本では当初から島型のデスクレイアウトが主流であり、それが今も残っていることだ。ピラミッド型組織からフラットな組織への移行とともに、島の形は少し変わったかもしれないが。
 自席を固定しない「フリーアドレス」も、日本で最初に始まった。限られたスペースを有効活用しようと考案されたものだが、カフェのように気軽に集まることができ、部門を超えたコミュニケーションを生むフリーアドレスは、プライバシーを重視したブース型が多かった海外にも広まっていった。

もちろん、こうしたレイアウトだけでなく、オフィスのあり方や捉え方そのものが大きく変化した。従業員を管理する作業の場だったオフィスは、OA化が進むと機能性が重視され、従業員の快適さや満足度も期待されるようになった。今ではコミュニケーションや創造性をいかに生むかが求められ、一律だった無機質な空間に多様性が生まれた。
 オフィスは従業員を縛り付ける場所ではなくなったのだ。

コロナ禍ではオフィス不要論も出たが、今では出社とテレワークを組み合わせるハイブリッドワークが主流となっている。国土交通省が2023年度に実施した調査でも、雇用型テレワーカーの7割以上が週1日以上の出社と組み合わせたハイブリッドワークを希望している。さらに、米アマゾンが従業員に週5日の出社を要請したことも大きな話題となった。イノベーションを起こす場として、オフィス回帰の流れが今後さらに強まるとの指摘も多い。

とはいえ、オフィスに集まりさえすれば、自然とアイデアがあふれ出すわけではなさそうだ。シアトルのアマゾン本社の建物内には滝が流れ、熱帯雨林が広がっている。世界各地のグーグルオフィスでは、無料のカフェテリアはもちろん、図書館にロッククライミングウォールなどリラックス空間から遊び場まで揃う。滑り台やキックボードでの移動など、オフィスに遊び心を加えるのが海外でのトレンドだ。
 さらに世界の最先端オフィスを見てみよう。例えばコンサルティングファームのデロイトが入るオランダ・アムステルダムの「The Edge」は、サステナビリティ評価で最高スコアを得たスマートビルだ。太陽光発電はもちろん、雨水を回収しトイレの洗浄やガーデンの散水に使うなど環境保護に取り組む。そして、従業員のスケジュールはアプリで管理され、ワークスペースはスケジュールに合わせて決められる。従業員ごとに照度や温度の好みをアプリが把握し、室内環境を微調整。それぞれの好みに合わせたコーヒーの淹れ方までエスプレッソマシンが記憶する。

従来の生産性向上にとどまらず、知的生産性や創造性が強く求められる中、各企業はオフィスの新たな方向性を探っている。共通するのは、いかにそこで働く「人」に寄り添えるかに重点を置いていることだ。効率性といっても、能力を発揮できる環境は人それぞれ違う。IotやAI(人工知能)などを活用したスマートオフィスはハード・ソフトの両面でこれを支える基盤として急速に広がりを見せる。市場調査会社レポートオーシャンによれば、世界のスマートオフィス市場は、11%を超える年平均成長率(2021年から2030年の期間)が見込まれている。

私たちは、人生の多くの時間をオフィスで過ごす。その時代の働き方、生き方そのものを反映してオフィスは変化し続けていく。私たちが新しい価値を求め続ける限り、オフィスの可能性も無限に思える。

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