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「登山×デジタル地図」に見るオープンデータの可能性

ヤマレコ・的場社長インタビュー、地図を進化させる登山者の足跡
「登山×デジタル地図」に見るオープンデータの可能性

株式会社ヤマレコ 代表取締役 的場 一峰氏

 国や公共機関の持つデータを民間に開放し、その利用によって新たなビジネスを生み出そうというオープンデータの動きが世界的に加速している。ここに大量データを解析するビッグデータ技術を組み合わせることで、より高度なサービスや製品を生み出すことも期待できる。そうした先駆的な取り組みの一つが、デジタル地図に登山を組み合わせたヤマレコ(長野県松本市)のサービスだ。創業社長である的場一峰氏に、新たなビジネス創出とオープンデータの利用方法を聞いた。

 ー登山とオープンデータというのは意外な組み合わせのように思います。
 「私は民間企業でネットワークの研究をしていました。ルーターやファイヤーウォールとか、論文も書いていました。一方で大学時代にワンダーフォーゲル部に入り、そこから本格的に登山に取り組みました。3,000メートル級の一般的な登山をやっていたので、まあ中級ぐらいでしょうか。会社員になっても土日は休めるので、金曜日に山の用具を持って出社して、ちょっと早めに退社して山に行くとか、そんなことを続けていました」

 「大学を出てからも山の仲間が欲しいので、地元の山岳会に入りました。若い人が中心で、会員は60~70人ぐらい。そこで年に何度か発行する会報の係になったんです。技術的に上位の人は講師をやったりするんですが、会報なら楽そうだなと(笑)」

 ー紙の会報ですよね?
 「はい。会員から登山の感想と写真を集めて、ワープロソフトで編集して印刷していました。それも面倒だなあ、自動的に会報作れるシステムが作れないかなあと仲間と話をして、趣味でプログラムを組んでいたので、実際にやってみたわけです。インターネット経由で感想や写真を載せていって、あとはきれいに整形して印刷するだけというシステムを作りました。それが2003年ぐらいです」

 ー今だったらブログなど手軽なサービスがありますけど、その当時にネット上で写真を共有するのは珍しかったのでは?
 「まだSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が立ち上がったかどうかという頃です。ネット上で望むようなサービスは提供されていないので、自宅のパソコンを24時間稼働させて、山岳会の会員みんなが使えるようにしました。ホームサーバですね。最初は情報が少なかったのですが、定着してくると数百も情報が集まる。冊子にはできないのでCD-ROMに焼いて配布しました。会員がアクセスして日付を指定すると、登山の感想と写真がダウンロードできるようなウェブ上での利用も可能でした」
 
 「ある程度、使ってもらえるようになって、こうした情報は山の中でとても価値があることを再認識しました。例えば今、山の上の方で雪がどれくらい積もっているか。雪が少なくて一度、溶けて固まるとアイスバーンになって滑落の危険があります。逆に雪があって、少し前に人が歩いてラッセルしてくれていると、その後をトレースすると歩きやすい。じゃあ今なら行けるぞ、となる。あるいは春から夏にかけて、高山植物が咲き始める。その見所の情報とか。そういうものを山岳会の中だけで共有しているのは、もったいないなあと思っていました」

自前プログラムからビジネスへ


オレンジ色で表示されているのが「GPSの軌跡」。(ヤマレコ提供)

 ー少人数だと得られる情報も偏ります。
 「人気の山っていうのがありまして、関東の山岳会ですから、八ヶ岳なんかは毎週のように誰かが行っている。そこら辺の情報は得やすいです。そうでないところは、せっかく記録を残していてもあまり役に立たない。あと他の山岳会の会報も回ってきて、どの山で、どんな岩場があって、何が危険かといった情報は参考になるし、読み物としては楽しい。けどリアルタイム性はないわけです」
 
 「最初はうちの会報も『あいつはあそこに行った』なんてことを見て楽しむ位の感じでした。けれど情報が集まると、別の役割が出てくる。もしこれを日本中の人が使うようになったら、全然違う世界が見えるんじゃないかな。そんなことを漠然と考えました。誰が使うか分からないけれど、一般向けにやってみようと始めたのが『ヤマレコ』です。山岳会の仲間に断って、システムをそのまま移行しました。最初は本当に写真と感想を書くだけからスタートしました。2005年のことです」

 ー最初はビジネスではなかった?
 「私の小遣いでやってました。会費もなし。ただの趣味です。会社の昼休みにプログラムを組んだり、自宅のサーバーを増強したり。子供がケーブルを引っこ抜いてサービスが止まったこともあります。SNSを明確に意識していたわけではないですが、皆さんが集まってくるものにしたいなと思っていました。ただなかなか人が集まらなくて最初の5年間ぐらいは2,000人まで行くかどうか。少しずつ口コミで増えていきました」
 
 「一部有料のサービスをはじめたのは、写真がきっかけでした。皆さん山には素敵な一眼レフカメラを持って行って、たくさん写真を撮影する。それを全部『ヤマレコ』に掲載したい。そうなったら自宅サーバーでは容量が全然、足りないんです。仕方ないので一定以上に写真を掲載したい人は有料会員になるようお願いしました。ビジネスとして起業しようと考えたのはさらに後で、2013年です。その頃にはウェブサイトの広告収入と有料会員の会費で、生活費くらいは稼げるようになっていました。だから経済的なリスクがあまりない状態で起業できました。サーバーもやっと家の外に出せました(笑)」

 ー急成長したきっかけがありましたか。
 「特にないというのが実感です。ただ思い当たるのは、登山という趣味は高齢の方が中心なんです。だから2003、04年ごろは、サービスを使ってもらいたい人はパソコンが使えなかった。それから10年ぐらいたって、パソコンを仕事で使っていた団塊世代が社会人を引退して山登りの機会が増えた。それで『ヤマレコ』が使われるようになったかなと思います。40歳後半から60歳ぐらいが会員のボリュームゾーンなのですが、これは登山を趣味にしている年齢層の中では若干、若いですね」

 ーなるほど、デジタルデータの利用環境が広がったわけですね。現在の会員向けのメーンコンテンツは何でしょう。
 「写真と、GPS(全地球測位システム)の軌跡です。昔からGPSはあったんですが、山登りに持っていく人は少なかった。ただGPSのログ(記録)が標準化され、専用機が安く入手できるようになって、それに私が興味を持ったんです。面白そうだなって」

地図を進化させる登山者の足跡


 山好きのコミュニティサイトから、デジタル地図情報の活用サイトへ。転換のきっかけはGPS(全地球測位システム)のログだったとヤマレコ(長野県松本市)社長の的場一峰氏は振り返る。今や、その情報は公的な地図を補完するまでになった。

 ーGPSのログを機に、地図を掲載するようになったのですか?
 「もともと登山の感想の機能を拡張して、地図とルートを記録できるようにしてありました。それには画面上でカチカチとクリックして手動で入力しなければいけなかった。GPSのログを使えば自動化できます。会員から希望があったわけではなく、私がGPS専用機という新しいデバイスを使ってみたかった。今はスマートフォンでGPSデータが記録できます。それをサイトで『みんなの足跡』として公開しています」

 「『ヤマレコMAP』というスマホのアプリを作って、『みんなの足跡』をダウンロード表示できるようにしたんです。その画像と国土地理院の地図を山で比べると、例えば地図に載っていない登山道の変な分岐がある。けど『みんなの足跡』のオレンジの点々があれば、その分岐がどこに繋がっているか分かる。これは便利だねとなって、注目され始めたように思います」

 ーアプリ開発はコストがかかりますね。
 「自分で勉強して作っています。だから欲しいと思った機能を、すぐ反映できます」

 ー地図の登山道はそんなに変わるものですか?
 「山の中では結構、変わるんです。例えばトラバースといって斜面を横切るような道は大雨が降って崩れると使えなくなる。すると、それを迂回する別の道が用意されることがあります。また台風による倒木をどけるのが大変だから別のルートにするようなことも結構あります。ベースになるのは国土地理院の地図ですが、地図会社は現地ガイドと契約して最新情報を調べて修正しているようです。それでも地図が更新されるのは翌年です」

 「紙の地図を使っていると、登山道が描かれた通りじゃないなって思いながら確信を持てずに歩くことがよくあります。新しい道ができているのに、古い道だけ描かれているとか。それと紙の地図はちゃんと見てないと、現在地が分からなくなる危険があります。だれしも迷った経験があるはずです。とくに冬山では地面が見えないので、GPSしか頼りになるものがありません」

 ーデジタルマップとGPSがあれば、かなりの部分は改善されるように思います。『みんなの足跡』のメリットはどこにあるのでしょう。
 「里山のように標高の低いところや、家屋から近い裏山のようなところの地図だと、意外と道が描かれていないんです。道があっても、登山道なのか生活道路なのか分からない。そういうところで迷ってしまう。だから誰かが歩いた後の情報は重要です。北アルプスのような有名な高い山だと地図に登山道が間違いなく描かれていますし、分岐には必ず標識が立っています。そういうところの方が迷わないようにできていますね」

 ー2017年に、国土地理院との間で地形図修正のための協力協定を結びました。何をするのですか?
 「具体的には皆さんの歩いたGPSのログの提供ですね。冬はあまり参考にならない面もあるので、夏場に登山道を歩く時期のログを匿名化してお渡しすることにしています」

 「実は公的な地図が整備されるほど『ヤマレコMAP』の価値は下がってしまうんです。ただ里山の道がどうつながっているかのような情報を、国土地理院が全国で調べるのは時間がかかるでしょう。だから、それまでのつなぎとして『みんなの足跡』は重要な位置づけになるんじゃないかなと思っています」

 ー『みんなの足跡』を拝見すると、たくさんの人が歩く道は太く表示されます。道の利用状況が分かりますね。
 「例えばちょっとだけ行って帰ってくる軌跡が『ここはよく間違える場所だ』と紹介されていたことがあります。ある程度以上集まると歩きやすい道がどこかというのが推測しやすくなる。情報量というのは重要です」

 ー交通量調査のような情報は、山以外でも使えそうです。
 「『登山』を定義していませんから、会員の中には『山手線をぐるっと歩きました』みたいな記録を掲載している人もいます。けど、私としてはやっぱり山に興味がある。一般の道は整備されているし、地図をつくる会社もいくつもある。山の中には、そういうプレーヤーがいないんです。だから私たちが頑張らなきゃいけない領域だと思っています」

 ーもっと組み込みたい情報がありますか?
 「ひとつは気象情報です。各地の平均気温や平均積雪量の公的な情報はメッシュ状に提供されています。それを集計して、それぞれの山のページに表示しています。ただ、その情報が古かったり、メッシュが荒かったりするんです。もっと精度の情報がほしいけれど、山の中は高低差もあるし、難しいのかもしれません」

 「可視化しなきゃいけないデータって、山の中ではいっぱいあります。ただ、そのデータが集められるかどうかは別の話です。例えば風速。登山には重要な情報ですが、風速計なんて登山者は持っていない。一部でいいので山小屋に設置してもらって情報として使えれば、山の安全につながります。また山に行きたくなります」

 「あと登山者の脈拍、血圧、体温などのバイタルデータにも興味があります。登山のルートがどのくらい負荷が高いか、個人の経験ではなくみんなの心拍数などの情報で分かれば『この辺はレベルの高い斜面だ』となって価値があります」

 ー国土地理院は日本全国の地図を公開していて、それが『ヤマレコ』のベースですね。海外の山はどうでしょう?
 「会員が海外に行った時のGPSのログは公開しています。GoogleマップやOSM(オープンストリートマップ)のようなオープンな地図なら『足跡』を残せます。ただ、スマホのアプリがまだ日本語以外に対応していません。海外登山もやりたいし、逆に訪日外国人客の登山者も増えているので、そういう方に向けて英語で情報をのせていきたい。今はようやく日本アルプスの英語版ハイキングアプリを作ったところです」

 ー山の中だと、公的なオープンデータ利用というより、『ヤマレコ』がデータ集めをして一般に提供するケースの方が多そうです。
 「公共のデータ全体が良くなるのなら、われわれが貢献する価値はあるのかなと考えています」

<プロフィール>
まとば・かずみね 1977年千葉県生まれ。2001年富士通研究所でネットワーク技術の研究員として研究開発に携わる。2011年9月から1年間、米国 スタンフォード大学 Visiting Scholarとしてモバイル端末によるメッセージングサービスの基盤およびアプリケーションの研究開発に従事。2005年から登山に特化した全国規模のコミュニティインフラを目指したウェブサイト「ヤマレコ」を立ち上げる。2013年7月法人化し、株式会社ヤマレコ創業。代表取締役に就任(現任)。ヤマレコは2015年本社を東京都から長野県松本市へ移転した。
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
国交省のウェブマガジン「Grasp」。今回のインタビュー特集は「"データ大流通時代"、オープンデータは起爆剤となるか?」です。

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