オープンデータで新しい公共交通の時代がやって来た!坂村健の「卓見異見」
TRONの開発者が実感、日本に「ガバメント2.0(Gov 2.0)」の機運
先進諸国においては成熟に伴い成長の余地はどんどん狭まり、高度成長どころか成長を止めないのが精いっぱい。いまさらGDP(国内総生産)が2倍、3倍になることはありえない。そこで経済的な利益につながる「差」を生む行為―すなわち「イノベーション」に期待が集まる。しかし、イノベーションは1000回のチャレンジで数回の成功しかしないようなもの。イノベーションを政府が直接起こそうというのは、税金の使い道としてはリスクが大きすぎる。そこで政府はイノベーションが起きやすい環境の整備に力を入れることになる。
【広がる「gov2.0」】
米国では、2009年にオバマ大統領が就任した時の大統領教書でオープンデータ政策を唱えた。これは簡単に言うと、政府が持っているデータは国民の財産であるとして、これをオープンにし誰でもが使えるようにするということだ。政府が直接サービスを企画し自ら作ると、責任問題もありチャレンジしにくいし、そもそも政府がデータを抱えていたら政府の企画した分しかサービスは生まれない。それより、民間が持たないデータ資源さえ提供すれば、あとは民間のリスクでさまざまなチャレンジが起こる。それがイノベーションとなり、経済を活性化させる。
さらに、皆がカメラやGPS(全地球測位システム)、各種センサー付きのスマートフォンを一人1台持ち歩いている状況を考えれば、さまざまな行政サービスに市民が協力することもアプリとして容易にできる。例えば、ワシントンなどで、ゴミ箱がいっぱいになった、信号機が壊れた、といったことを市に気軽に知らせるための「Open311 API」が公開され、それを利用したアプリがいろいろ作られている(311はそういうことを市に知らせる米国の特殊ダイヤル)。さらに、そこで集まった市民からの問題指摘がオープンデータとして公開され、それがまたビジネスの種として利用される。これらの動きはgov2.0とも呼ばれ、米国ではその分野のビジネスショーが毎年開かれるほど盛んだ。
【G8声明受け正式活動】
その米国に続いて欧州でも活動が活発になり、世界的にオープンデータの重要性が認識されるようになっている。一昨年のG8(先進8カ国首脳会議)ではオープンデータ憲章が共同声明として出され、それを受けたわが国でも―少し出遅れの感もあったが、DATA.GO.JPが正式に活動を始めている。
ただ、日本なりの特殊事情がある。日本はいままで公共交通を積極的に民営化してきた。それに対し、公共交通は世界の多くの国がいまだに公共セクターとして残している。例えばロンドン五輪ではロンドン市交通局の決断だけで地下鉄からバス、さらには貸自転車まで交通一般の情報をオープンデータ化できた。日本の公共交通民営化は、ことオープンデータ化にとっては政府の決断だけで進まないというジレンマを生んでいる。
【民間から面白アプリ続々】
そこで私は早くから民間も含めた公共交通オープンデータ化の重要性を説いてきたが、それがやっと理解され「公共交通オープンデータ協議会」という形で具体的な動きになってきた。昨年暮れには東京メトロのデータを使ったオープンデータ活用コンテストをメトロが行った。メトロが賞金200万円を用意したところ何と3カ月程度の短い募集期間にもかかわらず、2800件もの登録があり、281個ものアプリが公開された。日本だけでなく、米国や欧州、アジアからも登録があった。ベビーカーを押しているお母さんがどの入り口を利用したらいいか分かるアプリ、スマートフォン時代の新しい時刻表、運行遅延の場合に自動的に早く起こしてくれる目覚ましアプリ、知らない沿線でどこから出ると面白いかを教えるアプリなど。
自社で企画して作っていたら、とても実現にいたらないような多様なアプリが3カ月でそろったことは、交通関係者に大きな衝撃を与え、20年を目指し、日本のオープンデータ化の動きを加速するよいスタートとなった。ICT(情報通信技術)時代の「新しい公共のカタチ」が今、まさに始まろうとしている。
【略歴】さかむら・けん 1979年(昭54)慶大院工学研究科博士課程修了、同年東大助手、96年教授、00年から東大院情報学環教授。工学博士。84年TRONプロジェクトリーダー、01年YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長。東京都出身、63歳。
※「卓見異見」は毎週月曜日に日刊工業新聞で4人の執筆陣が交代でユニークな視点でさまざまなテーマを取り上げています。現在は坂村氏のほか、立川敬二氏(立川技術経営研究所代表)、秋山ゆかり氏(レオネッサ社長)、蒲島郁夫氏(熊本県知事)です。新聞、電子版でぜひご覧下さい。
【広がる「gov2.0」】
米国では、2009年にオバマ大統領が就任した時の大統領教書でオープンデータ政策を唱えた。これは簡単に言うと、政府が持っているデータは国民の財産であるとして、これをオープンにし誰でもが使えるようにするということだ。政府が直接サービスを企画し自ら作ると、責任問題もありチャレンジしにくいし、そもそも政府がデータを抱えていたら政府の企画した分しかサービスは生まれない。それより、民間が持たないデータ資源さえ提供すれば、あとは民間のリスクでさまざまなチャレンジが起こる。それがイノベーションとなり、経済を活性化させる。
さらに、皆がカメラやGPS(全地球測位システム)、各種センサー付きのスマートフォンを一人1台持ち歩いている状況を考えれば、さまざまな行政サービスに市民が協力することもアプリとして容易にできる。例えば、ワシントンなどで、ゴミ箱がいっぱいになった、信号機が壊れた、といったことを市に気軽に知らせるための「Open311 API」が公開され、それを利用したアプリがいろいろ作られている(311はそういうことを市に知らせる米国の特殊ダイヤル)。さらに、そこで集まった市民からの問題指摘がオープンデータとして公開され、それがまたビジネスの種として利用される。これらの動きはgov2.0とも呼ばれ、米国ではその分野のビジネスショーが毎年開かれるほど盛んだ。
【G8声明受け正式活動】
その米国に続いて欧州でも活動が活発になり、世界的にオープンデータの重要性が認識されるようになっている。一昨年のG8(先進8カ国首脳会議)ではオープンデータ憲章が共同声明として出され、それを受けたわが国でも―少し出遅れの感もあったが、DATA.GO.JPが正式に活動を始めている。
ただ、日本なりの特殊事情がある。日本はいままで公共交通を積極的に民営化してきた。それに対し、公共交通は世界の多くの国がいまだに公共セクターとして残している。例えばロンドン五輪ではロンドン市交通局の決断だけで地下鉄からバス、さらには貸自転車まで交通一般の情報をオープンデータ化できた。日本の公共交通民営化は、ことオープンデータ化にとっては政府の決断だけで進まないというジレンマを生んでいる。
【民間から面白アプリ続々】
そこで私は早くから民間も含めた公共交通オープンデータ化の重要性を説いてきたが、それがやっと理解され「公共交通オープンデータ協議会」という形で具体的な動きになってきた。昨年暮れには東京メトロのデータを使ったオープンデータ活用コンテストをメトロが行った。メトロが賞金200万円を用意したところ何と3カ月程度の短い募集期間にもかかわらず、2800件もの登録があり、281個ものアプリが公開された。日本だけでなく、米国や欧州、アジアからも登録があった。ベビーカーを押しているお母さんがどの入り口を利用したらいいか分かるアプリ、スマートフォン時代の新しい時刻表、運行遅延の場合に自動的に早く起こしてくれる目覚ましアプリ、知らない沿線でどこから出ると面白いかを教えるアプリなど。
自社で企画して作っていたら、とても実現にいたらないような多様なアプリが3カ月でそろったことは、交通関係者に大きな衝撃を与え、20年を目指し、日本のオープンデータ化の動きを加速するよいスタートとなった。ICT(情報通信技術)時代の「新しい公共のカタチ」が今、まさに始まろうとしている。
【略歴】さかむら・けん 1979年(昭54)慶大院工学研究科博士課程修了、同年東大助手、96年教授、00年から東大院情報学環教授。工学博士。84年TRONプロジェクトリーダー、01年YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長。東京都出身、63歳。
※「卓見異見」は毎週月曜日に日刊工業新聞で4人の執筆陣が交代でユニークな視点でさまざまなテーマを取り上げています。現在は坂村氏のほか、立川敬二氏(立川技術経営研究所代表)、秋山ゆかり氏(レオネッサ社長)、蒲島郁夫氏(熊本県知事)です。新聞、電子版でぜひご覧下さい。
日刊工業新聞2015年04月06日 パーソン面