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デジタル空間で「不老不死」を実現。意識が宿る不思議を探求する

連載・先駆者に聞く #3「意識のアップロード」東京大学大学院工学系研究科准教授・渡辺正峰
デジタル空間で「不老不死」を実現。意識が宿る不思議を探求する

撮影:新井卓

「意識をアップロードすることで、不老不死を実現する」-。こう話すのは東京大学大学院工学系研究科の渡辺正峰准教授だ。人間の意識とはなにか、不老不死など可能なのか。我々の当たり前に感じている意識の不思議や研究について聞いた。(聞き手・小林健人)

連載・先駆者に聞く:新たな学問や文化の領域を切り開く先駆者たち。彼らはなぜその分野を開拓してきたのか。6人の先駆者の声に耳を傾けた。


当たり前の“意識”は不思議に満ちあふれている

-研究について教えてください。

脳はただの分子運動、もう少し素子感レベルを上げると、電子回路に過ぎません。そこになぜ意識が生まれるのかについて研究しています。

意識の代表例が「見える」ということです。スマートフォンもカメラで物体を認識しています。同じように物体を認識している脳を計測すると、確かに情報処理をしています。深層学習(ディープラーニング)においても情報処理の観点だけで見れば、脳とそんなに大きく変わりません。それなのに、なぜ脳には主観的な感覚が生じるのかという不思議が存在します。客観的に見れば、ただの分子運動なのになぜ意識が生じるのか。人間が当たり前だと感じている感覚は大きな不思議に満ちあふれているのです。


-この不思議の解決の糸口をどこにあると考えているのでしょうか。

取材はオンラインで実施した

脳の問題は先も述べたように、感覚が生じる主観と物質的な動きの客観との間に隔たりがあります。チャーマーズの言葉を借りれば、「ハード・プロブレム(難しい問題)」であり、レヴァインであれば「説明のギャップ」であると指摘しています。そこを乗り越えるために自然則を見つけ出すことではないかと考えています。

自然則は、アインシュタインの「相対性理論」やワトソンとクリックの「DNA2重らせん構造」のように、これ以上は「宇宙はそうなっている」としか答えようのない法則のことです。この法則を意識の分野でも見つける必要があると考えています。ここで問題になるのが、これまでの自然則は、起きている現象を第三者視点から捉える「客観の世界」で閉じていました。ただ、意識では主観の存在を無視できないため、これまでの考え方では科学として扱うことができません。ですが、一度、主観の必要性を認めてしまえば、意識を科学として扱うことができるようになります。そこで、主観を導入した自然則の必要性を説いています。とはいえ、いくら異なる論理を数字の上で戦わせても仕方なく、最後は実験によって「自然に答えを聞く」しかありません。

将来的には”不老不死”を実現したい

-現状どのような実験を想定されていますか。

脳そのものではなく、機械の人工意識を使うことを想定しています。その理由は、私が実証したい「生成モデル」とトノーニが提唱する「意識の統合情報理論」が絡み合っているためです。結局、脳に意識が宿っていると想定すれば、脳を測定するだけでは、この複雑に絡み合った論理を戦わせることが難しいと考えています。

片方の脳半球を機械とつなぐ「人工意識の機械・脳半球接続テスト」で、応用が利く機械をもって、様々な制約条件をつけ、どちらの論理が正しいかを実験したいと考えています。

機械と生体脳の接続イメージ 。自身の生体半球と機械半球を接続し、自身が機械側の視野も含め両視野を知覚することができるなら、機械半球にも意識が宿り生体半球と一体化したことになる。 渡辺正峰(2017) 「脳の意識 機械の意識」中央公論新社より(イラスト:ヨギ トモコ)
生成モデル:視覚であれば、何かを目を通して情報を入れた際に、脳の中で仮想現実が生成される。その仮想現実をもって、脳に「見える」感覚が生まれるという考え方。現在は人工知能(AI)の研究でも使われる。
意識の統合情報理論:意識は情報の多様性と統合という2つの特性があり、物体が意識を持つにはネットワークの中で様々な情報が統合される必要があるとする考え方。統合された情報量は「統合情報」として定量化され、その量が意識の量に対応するとされる。


-研究に関連したスタートアップ「MinD in a Device」の技術顧問も務めています。

民間の力を借りて、研究スピードを上げたいと思い設立しました。

(実験で広く使われる)電極を埋め込む侵襲式ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)は有線で接続することで多くのチャンネルを保有できる代わりに、頭を開くことによる感染症などのリスクがあります。

ブレイン・マシン・インターフェイス:脳波などを読み取りコンピューターを動かしたり、逆に、コンピューターから直接刺激を送ることで、人に感覚器を介さずに視覚や味覚などを与える機械


ただ、米ニューラリンクが開発している小型BMIはその弱点を克服する可能性が有ります。身体の中で閉じた埋め込み式であるため、感染症のリスクが少なく人体への応用が期待できます。彼らはそれを使うことで、麻痺などがある人にも自分の意思でロボットアームを動かすことを実現しようとしています。まだ欠点はありますが、彼らの技術開発のスピードを見ていると間違いなく進展させるのではと考えています。

我々の会社もこの路線を継承しつつ、脳にBMIを装着することを考え便益を最大化するため「不老不死」の実現を掲げています。

同社が想定する意識のアップロード。ロボットなどの擬似的な肉体を使うことも想定する

機械に意識をアップロードし、デジタル空間で生き続けるイメージです。また、身体が必要であれば、ロボットなどを擬似的な身体として使うことも考えています。

資金調達をしながら、研究者の規模を数百人まで拡大したいです。また、20年後にはこの「不老不死」を実現したいと考えています。

-ただ、外部から資金調達するため短期の目標も必要になります。

今考えているのは、認知症改善に使えないかというものです。認知症になると、ニューロンが線形に減少していきます。ただ、記憶力も線形に減少するのではなく、ある一点までニューロンが減少すると、大幅に記憶力が低下することが報告されています。

そこで、脳に機械を相互的に接続し、刺激を与えることで記憶力が大幅に低下する前に、記憶定着の手助けができるのではと思っています。

-意識のアップロードが実現したら、自分自身の意識をアップロードするとも語っています。

意識の分野は、究極的には目の前の人間が意識を持たない「哲学的ゾンビ」である可能性をはらんでいます。そうなると本当に意識があることを確かめるためには、自分自身で試すことが研究者として必要だと思っています。

【略歴】わたなべ・まさたか 1998年東京大学大学院工学系研究科博士過程修了。現在は、東京大学大学院工学系研究科准教授および独国マックスプランク研究所客員研究員。専門は脳科学。主な著書に「脳の意識 機械の意識」。70年生まれ、千葉県出身。
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小林健人
小林健人 KobayashiKento 経済部 記者
生体が老いていくという不便性や死を、意識のアップロードによって解消する研究はまさに未来のテクノロジーだと感じます。 やはり人間を人間たらしめているのは意識であり、自らその唯一性を放棄してはいけないなとも思います。

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