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記憶を想起したときの「楽しい・嬉しい」感情はどのように創出されるのか

記憶を想起したときの「楽しい・嬉しい」感情はどのように創出されるのか

腹内側前頭前野が海馬の活動に影響を与える

過去の出来事を思い出した時に、当時訪れた場所の雰囲気、体験した感覚、さらには、味わった喜びや悲しみが鮮明に頭の中によみがえる。このようなことは、誰もが日常の中で経験したことだろう。人はさまざまな経験の記憶を踏まえ、自分の将来を見据えて、次の行動を決める。この記憶という脳機能は、人の振る舞いを根底から支え、欠かせない役割を果たしている。しかしながら、鮮明な記憶の想起を脳がどのように実現しているのかはいまだ十分に解明されていない。

私は情報通信研究機構(NICT)脳情報通信融合研究センター(CiNet)で、人が過去の出来事を思い出す際の脳の働きに関する研究に取り組んでいる。記憶を想起する時に、脳は空間的情報や時間的情報など、さまざまな基本要素から記憶を再構築すると考えられている。

その中の重要な要素の一つは、感情価である。我々は、記憶想起時に連想される感情、とりわけポジティブな感情、がどのように創出されるのかを調べた。具体的には、被験者自身が過去に体験した出来事を思い出している最中にfMRI(機能的磁気共鳴イメージング)を用いて脳活動データを計測した。

その結果、複数の記憶の中、特に楽しかった出来事やうれしかった出来事、すなわちポジティブ感情を連想させる記憶を思い出している時には、あらゆる認知・情動機能において司令塔的な役割を担っている前頭葉の一部である腹内側前頭前野が海馬(かいば)の活動に特異的に強く影響を与えることが分かった。

これまでは記憶における脳内プロセスは海馬を中心に考えることが多かったが、この実験結果を含めて最近の研究は、記憶想起が大脳皮質(腹内側前頭前野を含む)と深部の皮質下構造(海馬)の相互作用によって実現されているという考え方が有力であると示唆している。

ポジティブ記憶を思い出す行為は、心身にあらゆる好影響を及ぼし、人の総合的な健康状態(ウェルビーイング)を向上する役割もあると考えられている。今後は、このような記憶の想起を担う脳内メカニズムとそれに伴う心身への恩恵をさらに詳細に検証する必要がある。

◇未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター・脳機能解析研究室 主任研究員 Nawa Norberto Eiji
2003年京都大学大学院修了。国際電気通信基礎技術研究所研究員を経て13年より現職。感情、とりわけポジティブ感情、記憶に関わる脳機能イメージング研究に従事する。大阪大学大学院生命機能研究科招聘(しょうへい)准教授兼任。博士(情報学)。
日刊工業新聞2021年5月25日

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