【住友商事】終わりなき法令遵守の決意、トップは社員と対話を

【連載#14】ポスト平成の経営者 住友商事名誉顧問・岡素之氏

 住友商事の岡素之名誉顧問は、巨額損失の原因となった1996年の銅不正取引事件後に再発防止策の策定を担当。20年以上経た今も、法令遵守の重要性を直接社員に伝えている。日本企業の“真面目さ”を次の成長にどう生かせるのか聞いた。

平成から学ぶべきもの


 -平成の時代は、バブル崩壊やリーマン・ショック、東日本大震災など、さまざまな困難が起きました。どう乗り越えてきましたか。
 「バブル崩壊や当社固有の“銅事件”等は、当社にとって衝撃が大きかったが、それぞれに学ぶべきものがあった。バブル崩壊で巨額の不良資産を抱えたことで、『リスク・リターン経営』を総合商社の中でいち早く始めた。全事業を対象に損失のリスクとリターン(収益)を数値で見える化し、当時の株主資本コストから許容できる水準を計算した。リスク管理の観点で始めたことが、選択と集中による経営資源の戦略配分につながった。銅事件後、法令遵守の徹底を最優先したが今後も継続する」

 -ここ数年、国内産業界で法令遵守違反が相次いでいますが、こうした問題を防ぐにはどうすればよいですか。
 「社員が不正を犯さないようにするためには、トップが『高潔な倫理観』と『強い意志』を徹底して伝えることが必要だ。銅事件の当時、多くの専門家の話を聞いたが、対策はトップの強い意志に尽きる。私は今も、入社2年目の社員向け研修で、『違反は自分の人生が台無しになる』と話している。法令遵守は会社のためだけではない。自分の人生を大事にしてほしい」

言い訳にしてはいけない


 -社員の多い大企業のトップが、直接の対話に多く時間を割くことは難しいのでは。
 「それは事実だが、かなりの時間を使うべきだ。社長の最も優先すべき仕事としてもいい。方針や戦略の徹底にも、対話が一番効果的だ。社員の多さや忙しさをやらない言い訳にしてはいけない」

 -人工知能(AI)やIoT(モノのインターネット)などの新技術で産業が変わる今、経営に求められるものは。
 「世の中の変化は今に限った事ではない。経営する上で大切なことは、経営理念と、変化への的確な対応の2点と考えている。80年代半ばにはメーカーが直接販売ネットワークを構築したため、トレード取引における“商社不要論”が取りざたされた。この時、総合商社は自ら投資をし、更にその投資先のビジネスに関与する事業投資によって、もとのトレード取引に加え、川上や川下へ事業範囲を拡大し、その後、大きく成長した」

今を考えれば、10年先がわかる


住友商事・岡素之名誉顧問

 「革新的なデジタル技術がもたらす現在の変化に対しても、同じ心構えで臨むといい。ビジネスモデルの構想力が勝負を分ける。商社は事業範囲が広く、グローバルに広がる多くの接点を持つため、多くの商機を見つけられる。各自が担当する事業でテクノロジーをどう使うか考えることが重要だ。当社では、いくつか新たなビジネスモデルができつつある。非常に楽しみな環境変化が現れてきた」

 -構想力を磨くには何が必要ですか。
 「構想力は訓練が重要で、それは毎日毎日考えることだ。人材育成の基本は今も昔も変わらない。担当する事業を十分に理解し、良くすることを常に考え、実行に必要な人的ネットワークをつくる。新たな構想は、最初から10年先を考えなくてもいい。今を考えれば、10年先に必要なものも見えてくる。これを社員一人一人に実行してもらいたい」

日本再成長の道は世界の協調共栄


 -世界情勢が不安定さを増す中、日本企業の果たすべき役割は。
 「世界中の問題の根の一つは過剰な格差にある。分断や異常な格差を生まない社会の発展を日本が実現し、それを発信し、世界各国の協調と共栄の実現を目指すべきだ。政府は経済連携を先導し、企業は各国で大多数の国民の生活向上や豊かさを実現する事業活動を行う。これは住友グループが400年受け継ぐ事業精神に一致し、多くの日本企業が長年持つ経営に対する考え方でもある。国連の持続可能な成長目標(SDGs)にもつながる」

 「内閣府参与の原丈人氏が、適正な利益分配を中長期的に継続して貧富の格差をなくす経営哲学『公益資本主義』を提唱しており、私はその考えに賛同している。今後もグローバル化が進む中、世界各国の協調と共栄の実現を通じて日本経済も再成長できる」

若者はモラルバックボーンを


 -若手ビジネスパーソンに期待することは。
 「モラルバックボーン(道徳的背骨)を堅持し、どんな分野でも積極的にやりたいことに挑戦してほしい。道徳的な背骨がなければ、金銭面だけの成功になりかねず、真の達成感を得られない」

住友商事・岡素之名誉顧問

連載「ポスト平成の経営者」


激動の平成を支えたベテラン経営者と、今後を担う若手経営者に「ポスト平成」への提言・挑戦を聞くインタビューシリーズ
(1)キッコーマン取締役名誉会長・茂木友三郎氏「世界の情勢に乗るな。自ら需要を創り出せ」
(2)キヤノン会長兼CEO・御手洗冨士夫氏「米国流に頼るな。グローバル経営に国民性を」
(3)テラドローン社長・徳重徹氏「『世界で勝つ』は設立趣意。不確実でも踏み込め」
(4)ユーグレナ社長・出雲充氏「追い風に頼るな。ミドリムシで世界を席巻」
(5)プリファードネットワークス社長・西川徹氏「誰もが自在にロボット動かす世界をつくる」
(6)元ソニー社長・出井伸之氏「これが平成の失敗から学ぶことの全てだ」
(7)日本生命保険名誉顧問・宇野郁夫氏「経営に『徳目』取り戻せ。これが危機退ける」
(8)オリックスシニア・チェアマン・宮内義彦氏「変化を面白がれば、先頭を走っている」
(9)東京電力ホールディングス会長・川村隆氏「日本のぬるま湯に甘えるな。今、変革せよ」
(10)JXTGホールディングス会長・渡文明氏、10兆円企業の礎を築いた合併・統治の極意
(11)ダイキン工業会長・井上礼之氏「二流の戦略と一流の実行力。やっぱり人は大事にせなあかん」
(12)昭和電工最高顧問・大橋光夫氏、初の抜本的な構造改革、個人の意識改革が最も重要だった
(13)パナソニック特別顧問・中村邦夫氏、次の100年へ。中興の祖が語る「改革」と守るべきもの
(14)住友商事名誉顧問・岡素之氏、終わりなき法令遵守の決意。トップは社員と対話を
(15)セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文氏、流通王が語るリーダーに必須の力
(16)WHILL CEO・杉江理氏、電動車いすの会社じゃない!「WHILLが建築をやる可能性も」と語るワケ
(17)ispace CEO・袴田武史氏、宇宙ベンチャーの旗手が語る、宇宙業界を変える民間の力

日刊工業新聞2019年3月27日掲載より加筆

梶原 洵子

梶原 洵子
04月04日
この記事のファシリテーター

インタビューは3月上旬に行いました。住友商事は総合商社の中でも、真面目で慎重という印象ですが、トップの意思を伝え、徹底することは本当に終わりがないのだと思いました。

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