ダイキン会長「二流の戦略と一流の実行力。やっぱり人は大事にせなあかん」
【連載#11】ポスト平成の経営者 ダイキン工業会長・井上礼之氏
1994年に井上礼之会長が社長に就任した当時、ダイキン工業は売上高4000億円弱の中堅企業だった。就任以来、事業の選択と集中を進め、米グッドマンをはじめ、3000億円前後の大型買収を重ねることで現在は売上高2・5兆円弱と空調機器の世界最大手へと飛躍した。大胆な意思決定が迫られる今の経営者に求められる心構えについて聞いた。
―“失われた20年”と呼ばれる経済の停滞期に会社を飛躍させました。
「ベルリンの壁が崩壊し、日本企業がグローバル化への対応を求められるようになった。またバブルがはじけ、日本的経営の特徴である終身雇用も崩れた。ただ、悪いときに企業は変わる。私の社長就任時、会社は17年ぶりに赤字転落した。だからこそ、ロボットや医療などから撤退し、空調事業に集中するなど経営改革が進んだ面もあった」
―一方、買収が必ずしも良い結果に結びつくとは限りません。成功には何が必要ですか。
「買収される企業は役員を送り込まれて支配され、工場や営業拠点が統廃合されるのではと心配する。だが、『ダイキンは大型空調が苦手だから、おたくの力で助けてくれ』といった理由で買収するわけだから、本来は買収する側もされる側も対等な立場だ。すぐに人を送り込んだりせず、3年ほどは相手が望むことへの支援に徹する」
「スピード経営が要求される時代に、『悠長なことをするな』と周囲から反対されることもある。だが、買収だけは例外だ。時間をかけ助け合う関係をつくる。言いたいことがあっても直言するのではなく、『こういう考えもあるが、どう思う』と投げかける。ひたすら辛抱ですわ」
―自身のどのような資質が経営に生きたと考えてますか。
「元々、あまのじゃくで人のまねごとが嫌いな性格だ。目立ちたがり屋で、差別化するのが好きだった。だから経営でも特別なことをしてきたつもりはない。就任当時、当社はグローバル経営も、企業買収もしたことなかった。だから戦略策定に時間をかけすぎるより、まず1回やってみた。一度方針を決めたら、(経営トップを含め)意思決定できる人自らが、(海外など)現場に赴き実行に移す。そして、取り巻く環境が変われば一度出した決断でも柔軟に変えられる企業風土を作った。これが、私が『一流の戦略と二流の実行力よりも、二流の戦略と一流の実行力』と呼ぶ考え方だ」
―これからの経営者に求められる資質は。
「答えのないところに答えを出すのが経営者の役割だ。変化の速い時代、経営者自身も将来のことは分からない。だからこそ、胆力や勇気、また、それを支えるアニマルスピリッツ(野心的意欲)が必要だ。一方、一歩引いて冷静になり、みなが『右だ』と言うときは、必ずその反対の左を見て物事を考えるのも経営者のつとめだ」
―経営者として試練と感じたことは。
「社長就任直後、経営再建のために先輩方がやってきた事業を次々とやめていった。経営者として25年ほどやってきたが、このときほど辛いものはなかった。以前、人事部長だったころ、ロボット事業を育てるため100人ほど人材をスカウトした。経営再建のためとはいえ、給与も下がっている上、ロボットをやるため当社に来た人に、別の仕事で働き続けて下さいと頭を下げた。幸い、2人ほどやめただけで、他は残ってくれた。当時、事業再編により1200人ほど余った人材が、海外に行ったり他の技術開発に移ったりし、当社は発展した。やっぱり人は大事にせなあかんと実感した」
―人を生かす経営で心掛けていることは。
「人は持ち前の能力の差よりも、意欲や気持ちの持ち方次第で発揮する力の差の方が大きい。入社した以上、社員は帰属意識やチームワークを持つべきだと考えている。会社も一方的に『ああせい、こうせい』と言うのではなく、やりがいのある環境にするため、いろいろと手を打つ必要がある。ただ、これからの時代、終身雇用や定年制のような日本的経営の良さを残しつつも、多様な雇用形態を取り入れたい。例えば、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)のスペシャリストに対しは、当社の賃金体系を超えた給与を払う場合もある。ただ、こうした人には3年や5年でやめてもらう。必ずやめてもらうことで、既存の賃金体系の中でこつこつと仕事してきた技術者にも納得してもらえる」
激動の平成を支えたベテラン経営者と、今後を担う若手経営者に「ポスト平成」への提言・挑戦を聞くインタビューシリーズ
(1)キッコーマン取締役名誉会長・茂木友三郎氏「世界の情勢に乗るな。自ら需要を創り出せ」
(2)キヤノン会長兼CEO・御手洗冨士夫氏「米国流に頼るな。グローバル経営に国民性を」
(3)テラドローン社長・徳重徹氏「『世界で勝つ』は設立趣意。不確実でも踏み込め」
(4)ユーグレナ社長・出雲充氏「追い風に頼るな。ミドリムシで世界を席巻」
(5)プリファードネットワークス社長・西川徹氏「誰もが自在にロボット動かす世界をつくる」
(6)元ソニー社長・出井伸之氏「これが平成の失敗から学ぶことの全てだ」
(7)日本生命保険名誉顧問・宇野郁夫氏「経営に『徳目』取り戻せ。これが危機退ける」
(8)オリックスシニア・チェアマン・宮内義彦氏「変化を面白がれば、先頭を走っている」
(9)東京電力ホールディングス会長・川村隆氏「日本のぬるま湯に甘えるな。今、変革せよ」
(10)JXTGホールディングス会長・渡文明氏、10兆円企業の礎を築いた合併・統治の極意
(11)ダイキン工業会長・井上礼之氏「二流の戦略と一流の実行力。やっぱり人は大事にせなあかん」
(12)昭和電工最高顧問・大橋光夫氏、初の抜本的な構造改革、個人の意識改革が最も重要だった
(13)パナソニック特別顧問・中村邦夫氏、次の100年へ。中興の祖が語る「改革」と守るべきもの
(14)住友商事名誉顧問・岡素之氏、終わりなき法令遵守の決意。トップは社員と対話を
(15)セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文氏、流通王が語るリーダーに必須の力
(16)WHILL CEO・杉江理氏、電動車いすの会社じゃない!「WHILLが建築をやる可能性も」と語るワケ
(17)ispace CEO・袴田武史氏、宇宙ベンチャーの旗手が語る、宇宙業界を変える民間の力
スピード経営、買収は例外
―“失われた20年”と呼ばれる経済の停滞期に会社を飛躍させました。
「ベルリンの壁が崩壊し、日本企業がグローバル化への対応を求められるようになった。またバブルがはじけ、日本的経営の特徴である終身雇用も崩れた。ただ、悪いときに企業は変わる。私の社長就任時、会社は17年ぶりに赤字転落した。だからこそ、ロボットや医療などから撤退し、空調事業に集中するなど経営改革が進んだ面もあった」
―一方、買収が必ずしも良い結果に結びつくとは限りません。成功には何が必要ですか。
「買収される企業は役員を送り込まれて支配され、工場や営業拠点が統廃合されるのではと心配する。だが、『ダイキンは大型空調が苦手だから、おたくの力で助けてくれ』といった理由で買収するわけだから、本来は買収する側もされる側も対等な立場だ。すぐに人を送り込んだりせず、3年ほどは相手が望むことへの支援に徹する」
「スピード経営が要求される時代に、『悠長なことをするな』と周囲から反対されることもある。だが、買収だけは例外だ。時間をかけ助け合う関係をつくる。言いたいことがあっても直言するのではなく、『こういう考えもあるが、どう思う』と投げかける。ひたすら辛抱ですわ」
二流の戦略と一流の実行力
―自身のどのような資質が経営に生きたと考えてますか。
「元々、あまのじゃくで人のまねごとが嫌いな性格だ。目立ちたがり屋で、差別化するのが好きだった。だから経営でも特別なことをしてきたつもりはない。就任当時、当社はグローバル経営も、企業買収もしたことなかった。だから戦略策定に時間をかけすぎるより、まず1回やってみた。一度方針を決めたら、(経営トップを含め)意思決定できる人自らが、(海外など)現場に赴き実行に移す。そして、取り巻く環境が変われば一度出した決断でも柔軟に変えられる企業風土を作った。これが、私が『一流の戦略と二流の実行力よりも、二流の戦略と一流の実行力』と呼ぶ考え方だ」
―これからの経営者に求められる資質は。
「答えのないところに答えを出すのが経営者の役割だ。変化の速い時代、経営者自身も将来のことは分からない。だからこそ、胆力や勇気、また、それを支えるアニマルスピリッツ(野心的意欲)が必要だ。一方、一歩引いて冷静になり、みなが『右だ』と言うときは、必ずその反対の左を見て物事を考えるのも経営者のつとめだ」
多様な雇用形態を
―経営者として試練と感じたことは。
「社長就任直後、経営再建のために先輩方がやってきた事業を次々とやめていった。経営者として25年ほどやってきたが、このときほど辛いものはなかった。以前、人事部長だったころ、ロボット事業を育てるため100人ほど人材をスカウトした。経営再建のためとはいえ、給与も下がっている上、ロボットをやるため当社に来た人に、別の仕事で働き続けて下さいと頭を下げた。幸い、2人ほどやめただけで、他は残ってくれた。当時、事業再編により1200人ほど余った人材が、海外に行ったり他の技術開発に移ったりし、当社は発展した。やっぱり人は大事にせなあかんと実感した」
―人を生かす経営で心掛けていることは。
「人は持ち前の能力の差よりも、意欲や気持ちの持ち方次第で発揮する力の差の方が大きい。入社した以上、社員は帰属意識やチームワークを持つべきだと考えている。会社も一方的に『ああせい、こうせい』と言うのではなく、やりがいのある環境にするため、いろいろと手を打つ必要がある。ただ、これからの時代、終身雇用や定年制のような日本的経営の良さを残しつつも、多様な雇用形態を取り入れたい。例えば、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)のスペシャリストに対しは、当社の賃金体系を超えた給与を払う場合もある。ただ、こうした人には3年や5年でやめてもらう。必ずやめてもらうことで、既存の賃金体系の中でこつこつと仕事してきた技術者にも納得してもらえる」
連載「ポスト平成の経営者」
激動の平成を支えたベテラン経営者と、今後を担う若手経営者に「ポスト平成」への提言・挑戦を聞くインタビューシリーズ
(1)キッコーマン取締役名誉会長・茂木友三郎氏「世界の情勢に乗るな。自ら需要を創り出せ」
(2)キヤノン会長兼CEO・御手洗冨士夫氏「米国流に頼るな。グローバル経営に国民性を」
(3)テラドローン社長・徳重徹氏「『世界で勝つ』は設立趣意。不確実でも踏み込め」
(4)ユーグレナ社長・出雲充氏「追い風に頼るな。ミドリムシで世界を席巻」
(5)プリファードネットワークス社長・西川徹氏「誰もが自在にロボット動かす世界をつくる」
(6)元ソニー社長・出井伸之氏「これが平成の失敗から学ぶことの全てだ」
(7)日本生命保険名誉顧問・宇野郁夫氏「経営に『徳目』取り戻せ。これが危機退ける」
(8)オリックスシニア・チェアマン・宮内義彦氏「変化を面白がれば、先頭を走っている」
(9)東京電力ホールディングス会長・川村隆氏「日本のぬるま湯に甘えるな。今、変革せよ」
(10)JXTGホールディングス会長・渡文明氏、10兆円企業の礎を築いた合併・統治の極意
(11)ダイキン工業会長・井上礼之氏「二流の戦略と一流の実行力。やっぱり人は大事にせなあかん」
(12)昭和電工最高顧問・大橋光夫氏、初の抜本的な構造改革、個人の意識改革が最も重要だった
(13)パナソニック特別顧問・中村邦夫氏、次の100年へ。中興の祖が語る「改革」と守るべきもの
(14)住友商事名誉顧問・岡素之氏、終わりなき法令遵守の決意。トップは社員と対話を
(15)セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文氏、流通王が語るリーダーに必須の力
(16)WHILL CEO・杉江理氏、電動車いすの会社じゃない!「WHILLが建築をやる可能性も」と語るワケ
(17)ispace CEO・袴田武史氏、宇宙ベンチャーの旗手が語る、宇宙業界を変える民間の力
日刊工業新聞2019年3月6日掲載より加筆