JXTG・渡氏、10兆円企業の礎を築いた合併・統治の極意
【連載#10】ポスト平成の経営者 JXTGホールディングス名誉顧問・渡文明氏
企業合併や事業再編は、大きな経済環境の変化に対応する重要な手段だ。JXTGホールディングスの渡文明名誉顧問は、多くの合併を主導し、売上高10兆円を超える巨大企業グループをつくった。激変の時代の経営について聞いた。
-多くの企業統合に関わってきました。
「日本の石油業界は2000年以前は規制緩和への対応、以後は供給過剰を解消するために再編した。特に輸入や小売りが自由化された当時、会社がなくなるほどの危機感があった。状況は違えど、平常時も含めて経営は改革の連続で、合併はその一つ。2社の資産を良いところ取りし、最速で効率の良い新しい会社とするため、合併が必要だった」
-合併や資本提携の成否のカギは何ですか。
「合併は、片方がもう片方を乗っ取る考えではうまくいかない。新しい会社をつくる目的での合併は日本型経営の特徴だ。2社で企業改革を行うのだから、1社よりも大きな目的に向けて改革できる。5-10年先の会社のビジョンを明確に持ち、社員全員に伝える。途中過程で片方の企業の出身者が要職を占めても、ビジョンを達成するためなら理解される。例えば、日本石油と三菱石油の合併比率はおよそ2対1だったが、当初、役員の比率は半々だった」
-新日本石油の誕生時、社名から“三菱”を外すのは抵抗が大きかったのでは。
「財閥系の名前が付くと、他の財閥系の社員はガソリンスタンドに来てくれない。三菱側から抵抗はあったが、一般消費者向けブランドとして財閥の名前を外して大きく成長する志を話し、説得した。見た目から統合を決定的にするため、ブランドマークは両社の既存のものと全く違う『エネオス』とした。マーク変更は小売りへの影響が大きい。週末は三菱系の大手販売店を訪問し、直接オーナーに『必ず良い会社にする』と説得した」
「見た目と精神面の両方の統合が、その後の企業統治の要になった。精神面の統合は、意見交換と意思疎通、意思決定という『三つのWill(ウィル)』運動と、部門の壁を越えた20以上の横断プロジェクトを実行した。1年かけて議論を尽くしたため、結論が出ると、すぐに全社へ広がった。対話がチームワークを生み、文化となり、事業を拡大できた」
-産業や社会が変わる今、何を次世代に引き継いでほしいですか。
「石油の自由化時代は『変える力』を持つ人が多くいて、乗り越えられた。世の中は今も昔も同じように厳しい。激変の世の中だ。若い人には『変える力』、すなわちビジョンを構築する力や、負けても負けても再挑戦する行動力、胆力を身に付けてほしい。私は若い頃から、背伸びした目標を言葉にし、自分を限界に追い込む『有言実行』を常としてきた」
「日本は裕福になり、平成の時代は胆力を持つ人が少なくなった。次の時代に向けて、学校も、企業も、変える力を持つ人を育てなければならない。ビジョンの構築には論理的な思考が必要だが、今、理数系教育がおろそかにされている。また、海外で働きたい若者や出世したい若者が減っている。経済の舞台がアジアに移ろうとする中、このままでは日本は世界で勝てないどころか、立ちゆかなくなる」
-変化には失敗が伴います。
「失敗を前提に挑戦しなければ、良いものは絶対に生まれない。仕事に限らず、私もしばしば負けてきた。石油危機の前後に裁判の対応をし、精神的に傷だらけになった。その時に、逆境を経験しなければ人は成長しないと身をもって知った。負けずに社長になった人などいない。失敗しない人はつまらない。将来ビジョンがあれば、失敗しても再挑戦できる」
-ロボットや人工知能(AI)の進化によって変わる今後の社会に、どう向き合いますか。
「ロボットやAIは人間の能力を超える。だからといって、人間が取って代わられて終わりではなく、利用して豊かな生活をつくれる。これと同様に、米グーグルや米アマゾン、中国のアリババなど米中のIT企業7社が全産業を支配すると思うのも間違いだ。情報系を全て握られている今だけを見れば、そんな結論になる。だが、変える力を持つ人がIT企業のリソースを使って豊かな生活の仕組みを作れば、勝敗は変えられる」
-エネルギー問題の解決は、次世代への大きな宿題です。
「原子力発電も再生可能エネルギーも課題がある。その状況で脱炭素を目指す上で、水素の役割は重要になるのではないか。水素は、褐炭から製造するほか、水の電気分解で製造できる。再生可能エネルギーで発電した電気を水素製造に使えば、無資源国がエネルギー産出国にもなることも理屈では可能だ。再生エネの変動を水素で調整できる。東京オリンピックでは、水素を使う燃料電池バスを走らせ、聖火を水素で点火する構想もあると聞く。実現すれば、水素は夢から本当の世界になる」
激動の平成を支えたベテラン経営者と、今後を担う若手経営者に「ポスト平成」への提言・挑戦を聞くインタビューシリーズ
(1)キッコーマン取締役名誉会長・茂木友三郎氏「世界の情勢に乗るな。自ら需要を創り出せ」
(2)キヤノン会長兼CEO・御手洗冨士夫氏「米国流に頼るな。グローバル経営に国民性を」
(3)テラドローン社長・徳重徹氏「『世界で勝つ』は設立趣意。不確実でも踏み込め」
(4)ユーグレナ社長・出雲充氏「追い風に頼るな。ミドリムシで世界を席巻」
(5)プリファードネットワークス社長・西川徹氏「誰もが自在にロボット動かす世界をつくる」
(6)元ソニー社長・出井伸之氏「これが平成の失敗から学ぶことの全てだ」
(7)日本生命保険名誉顧問・宇野郁夫氏「経営に『徳目』取り戻せ。これが危機退ける」
(8)オリックスシニア・チェアマン・宮内義彦氏「変化を面白がれば、先頭を走っている」
(9)東京電力ホールディングス会長・川村隆氏「日本のぬるま湯に甘えるな。今、変革せよ」
(10)JXTGホールディングス会長・渡文明氏、10兆円企業の礎を築いた合併・統治の極意
(11)ダイキン工業会長・井上礼之氏「二流の戦略と一流の実行力。やっぱり人は大事にせなあかん」
(12)昭和電工最高顧問・大橋光夫氏、初の抜本的な構造改革、個人の意識改革が最も重要だった
(13)パナソニック特別顧問・中村邦夫氏、次の100年へ。中興の祖が語る「改革」と守るべきもの
(14)住友商事名誉顧問・岡素之氏、終わりなき法令遵守の決意。トップは社員と対話を
(15)セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文氏、流通王が語るリーダーに必須の力
(16)WHILL CEO・杉江理氏、電動車いすの会社じゃない!「WHILLが建築をやる可能性も」と語るワケ
(17)ispace CEO・袴田武史氏、宇宙ベンチャーの旗手が語る、宇宙業界を変える民間の力
日本型経営が成功の理由
-多くの企業統合に関わってきました。
「日本の石油業界は2000年以前は規制緩和への対応、以後は供給過剰を解消するために再編した。特に輸入や小売りが自由化された当時、会社がなくなるほどの危機感があった。状況は違えど、平常時も含めて経営は改革の連続で、合併はその一つ。2社の資産を良いところ取りし、最速で効率の良い新しい会社とするため、合併が必要だった」
-合併や資本提携の成否のカギは何ですか。
「合併は、片方がもう片方を乗っ取る考えではうまくいかない。新しい会社をつくる目的での合併は日本型経営の特徴だ。2社で企業改革を行うのだから、1社よりも大きな目的に向けて改革できる。5-10年先の会社のビジョンを明確に持ち、社員全員に伝える。途中過程で片方の企業の出身者が要職を占めても、ビジョンを達成するためなら理解される。例えば、日本石油と三菱石油の合併比率はおよそ2対1だったが、当初、役員の比率は半々だった」
新しい企業に文化をいかにつくるか
-新日本石油の誕生時、社名から“三菱”を外すのは抵抗が大きかったのでは。
「財閥系の名前が付くと、他の財閥系の社員はガソリンスタンドに来てくれない。三菱側から抵抗はあったが、一般消費者向けブランドとして財閥の名前を外して大きく成長する志を話し、説得した。見た目から統合を決定的にするため、ブランドマークは両社の既存のものと全く違う『エネオス』とした。マーク変更は小売りへの影響が大きい。週末は三菱系の大手販売店を訪問し、直接オーナーに『必ず良い会社にする』と説得した」
「見た目と精神面の両方の統合が、その後の企業統治の要になった。精神面の統合は、意見交換と意思疎通、意思決定という『三つのWill(ウィル)』運動と、部門の壁を越えた20以上の横断プロジェクトを実行した。1年かけて議論を尽くしたため、結論が出ると、すぐに全社へ広がった。対話がチームワークを生み、文化となり、事業を拡大できた」
-産業や社会が変わる今、何を次世代に引き継いでほしいですか。
「石油の自由化時代は『変える力』を持つ人が多くいて、乗り越えられた。世の中は今も昔も同じように厳しい。激変の世の中だ。若い人には『変える力』、すなわちビジョンを構築する力や、負けても負けても再挑戦する行動力、胆力を身に付けてほしい。私は若い頃から、背伸びした目標を言葉にし、自分を限界に追い込む『有言実行』を常としてきた」
対GAFAの勝敗は変えられる
「日本は裕福になり、平成の時代は胆力を持つ人が少なくなった。次の時代に向けて、学校も、企業も、変える力を持つ人を育てなければならない。ビジョンの構築には論理的な思考が必要だが、今、理数系教育がおろそかにされている。また、海外で働きたい若者や出世したい若者が減っている。経済の舞台がアジアに移ろうとする中、このままでは日本は世界で勝てないどころか、立ちゆかなくなる」
-変化には失敗が伴います。
「失敗を前提に挑戦しなければ、良いものは絶対に生まれない。仕事に限らず、私もしばしば負けてきた。石油危機の前後に裁判の対応をし、精神的に傷だらけになった。その時に、逆境を経験しなければ人は成長しないと身をもって知った。負けずに社長になった人などいない。失敗しない人はつまらない。将来ビジョンがあれば、失敗しても再挑戦できる」
-ロボットや人工知能(AI)の進化によって変わる今後の社会に、どう向き合いますか。
「ロボットやAIは人間の能力を超える。だからといって、人間が取って代わられて終わりではなく、利用して豊かな生活をつくれる。これと同様に、米グーグルや米アマゾン、中国のアリババなど米中のIT企業7社が全産業を支配すると思うのも間違いだ。情報系を全て握られている今だけを見れば、そんな結論になる。だが、変える力を持つ人がIT企業のリソースを使って豊かな生活の仕組みを作れば、勝敗は変えられる」
夢を本当の世界に
-エネルギー問題の解決は、次世代への大きな宿題です。
「原子力発電も再生可能エネルギーも課題がある。その状況で脱炭素を目指す上で、水素の役割は重要になるのではないか。水素は、褐炭から製造するほか、水の電気分解で製造できる。再生可能エネルギーで発電した電気を水素製造に使えば、無資源国がエネルギー産出国にもなることも理屈では可能だ。再生エネの変動を水素で調整できる。東京オリンピックでは、水素を使う燃料電池バスを走らせ、聖火を水素で点火する構想もあると聞く。実現すれば、水素は夢から本当の世界になる」
連載「ポスト平成の経営者」
激動の平成を支えたベテラン経営者と、今後を担う若手経営者に「ポスト平成」への提言・挑戦を聞くインタビューシリーズ
(1)キッコーマン取締役名誉会長・茂木友三郎氏「世界の情勢に乗るな。自ら需要を創り出せ」
(2)キヤノン会長兼CEO・御手洗冨士夫氏「米国流に頼るな。グローバル経営に国民性を」
(3)テラドローン社長・徳重徹氏「『世界で勝つ』は設立趣意。不確実でも踏み込め」
(4)ユーグレナ社長・出雲充氏「追い風に頼るな。ミドリムシで世界を席巻」
(5)プリファードネットワークス社長・西川徹氏「誰もが自在にロボット動かす世界をつくる」
(6)元ソニー社長・出井伸之氏「これが平成の失敗から学ぶことの全てだ」
(7)日本生命保険名誉顧問・宇野郁夫氏「経営に『徳目』取り戻せ。これが危機退ける」
(8)オリックスシニア・チェアマン・宮内義彦氏「変化を面白がれば、先頭を走っている」
(9)東京電力ホールディングス会長・川村隆氏「日本のぬるま湯に甘えるな。今、変革せよ」
(10)JXTGホールディングス会長・渡文明氏、10兆円企業の礎を築いた合併・統治の極意
(11)ダイキン工業会長・井上礼之氏「二流の戦略と一流の実行力。やっぱり人は大事にせなあかん」
(12)昭和電工最高顧問・大橋光夫氏、初の抜本的な構造改革、個人の意識改革が最も重要だった
(13)パナソニック特別顧問・中村邦夫氏、次の100年へ。中興の祖が語る「改革」と守るべきもの
(14)住友商事名誉顧問・岡素之氏、終わりなき法令遵守の決意。トップは社員と対話を
(15)セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文氏、流通王が語るリーダーに必須の力
(16)WHILL CEO・杉江理氏、電動車いすの会社じゃない!「WHILLが建築をやる可能性も」と語るワケ
(17)ispace CEO・袴田武史氏、宇宙ベンチャーの旗手が語る、宇宙業界を変える民間の力
日刊工業新聞2019年2月27日掲載から加筆