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ネット動画全盛時代、CM制作会社はピンチかチャンスか

連載・デジマ新機軸(1)
ネット動画全盛時代、CM制作会社はピンチかチャンスか

CM制作会社はテレビCM市場の縮小が見込まれる中で、ネット動画広告市場の商機を狙っている(写真はイメージ)

 テレビCM制作各社がパラダイムシフトを乗り越えるための体制整備を急いでいる。テレビCM市場の縮小が見込まれると同時に、モバイル動画広告市場が急速に成長しており、今後主戦場が変わっていく可能性がある。同じ動画でもテレビとモバイルでは利用者の視聴行動や画角、長さが異なり、制作方法も変わる。その市場を生き抜く上で、自社の強みを生かす方法や必要な体制を模索する動きが加速している。

 一方、2020年以降の第5世代通信(5G)時代を光明と見る向きがある。ネットワークの進化によって動画が世の中に溢れ、彼らがCM制作で培ってきたクリエイティブ力が差別化策として求められる期待があるからだ。これから迎えると見込まれるネット動画全盛時代はCM制作会社のピンチかチャンスか―。

強みを生かす


 「我々がテレビCM用に制作してきた動画は高単価だが企業のブランドを体現できるもの。(インターネット上の動画広告市場においても)その領域を“ぶっとく”展開したい」。CM制作大手のAOI TYO Holdingsの中江康人社長は力を込める。

 ネット動画広告は裾野が広い。大企業の広告投資がテレビからネットにシフトし、高単価でブランドを体言するネット動画広告の需要拡大が見込まれる一方、商品の販売促進などを目的に1本数万や数十万円などの低単価で大量に制作する市場も成長している。

 こうした市場の中でAOI TYO HDは高単価のブランド広告の舞台こそ自社の強みであるクリエイティブ力を生かせると考え、ネット広告市場でも基幹に据えて事業を展開する。その上でデジタル技術を活用した業際市場の開拓に挑む。傘下のティー・ワイ・オー(TYO)は9月に独自の動画技術「TIG」(※)を持つパロニム(東京都港区)と業務提携。また、AOIプロはインフルエンサーマーケティングのタグピク(同渋谷区)と7月に資本業務提携した。中江社長は「(高単価のブランド広告を手がける)基幹事業とシナジーが期待できる領域で他の企業と連携して挑戦する」と意気込む。

※関連記事:テレビ関係者も前のめり、動画に“触れる”新技術が拓く市場

   
 多くのCM制作会社は高単価のブランド広告制作を主眼にネット動画市場を模索する。太陽企画(同港区)の江口航治取締役常務執行役員も「(自社の強みが生かせる高単価かつ高品質で)視聴者と深いコミュニケーションができる動画で勝負すべきなのだろう」と力を込める。同社は15年に新規事業を担当する部署を立ち上げており、ネット動画広告市場への具体的なアプローチ方法などの検討を続けている。

低価格帯も無視できない


 一方、低単価の動画制作もCM制作各社にとって無視できない事業機会だ。東北新社はそれに対応する大きな一手を打った。10月にネット動画を中心に手がけるモバーシャル(同渋谷区)を関連会社化した。東北新社の福田好孝シニアマネジメントは「広告主から低単価の動画を求められるケースが増えてきた。我々はそれに向き合わなくてはいけない。モバーシャルは低単価の動画制作で収益を上げるためのノウハウなどを持っており、それらを学びたい」と力を込める。

 モバーシャルはネット動画広告市場が成長を始める前の07年に創業。動画制作を内製化し、ノウハウを蓄積してきた。モバーシャルの山下悟郎取締役CMOは「我々はネット動画広告の効果を最大化できるクリエイティブ方法を体系化している」と自信を見せる。東北新社はこうした知見などを生かして低単価の動画需要をカバーできる体制を整える。

技術の進化は追い風か


 ネット動画広告市場は今後、更なる激変が予想される。特に影響を与え得るのが5Gだ。テレビ制作各社の多くはその新時代に期待を寄せる。ネットワークが進化し、動画が今以上に低コストでモバイル視聴できる環境になり世の中に動画があふれるとすれば、その中での差別化策として高品質な動画への需要が高まる可能性がある。各社は「動画があふれかえる世界で我々のクリエイティブ力は一定の評価を得られる」(AOI TYO HDの中江社長)や「高単価の広告を作っていた経験によって(5G時代は)チャンスが広がる」(東北新社の福田シニアマネジメント)と展望する。

 一方、技術の進化は逆風の予感も漂わせる。ネット広告業界の関係者は「ネット広告のターゲティングの精度は日々進化している。今まではターゲットを決めてクリエイティブを当てていた。今後はそもそも、それぞれのネット利用者の興味関心を惹くようなクリエイティブでないと、利用者に届きさえしないということが起こり得る。(同じブランド広告であっても)動画の種類やキャスティングを変え、数十個のパターンを作らなくてはいけない世界がくる」と予想する。そうなればCM制作会社が得意とする高単価のブランド広告を少数制作する仕事の価値が発揮されにくくなるかもしれない。

 ネット広告大手のサイバーエージェントはそうした市場の到来を予測し、体制を整える。同社インターネット広告事業本部の淵之上弘統括は「我々はインターネット広告市場に詳しいのが強み。(ネット動画広告市場の変化の)先を想定して動くことを繰り返し続ける」と強調する。

 テレビCM市場は縮小を続け、ネット動画広告市場は成長するという予測は業界の共通理解だ。ただ、そのスピードは「見通せない」という声が相次ぐ。また、ネット動画広告市場においても、例えば画角は縦型と横型のどちらか主流になるかなどについて明確な答えは見えない。市場変化の動向は不透明な部分が多い。そうした市場で生き抜くには多様な変化に柔軟に対応できる準備が欠かせない。

 
テレビCM市場とネット動画広告市場の現状:テレビメディア広告市場の近年は横ばい、もしくは微減で推移している。ただ、今後の見通しについてCM制作業界は「縮小傾向」を予測し、危機感を持っている。一方、動画広告市場は大幅な拡大が予想されている。その背景について、サイバーエージェントはSNSにおける動画投稿機会の拡大や新たな動画サービスの台頭、動画をスムーズに見せるネットワーク技術の進化などにより、動画の視聴が一般化してきたことを挙げる。また、調査会社の矢野経済研究所(東京都中野区)ICT・金融ユニットネットワークサービスグループの髙野淳司主任研究員は「5G時代を見据えて動画をどう活用するか広告代理店などが模索する動きが出ている」と指摘する。このほか、テレビCM制作会社が加盟する日本アド・コンテンツ制作協会(JAC)によると、すでに協会加盟社の売上高の3割弱がネット広告関連業務。JACの広川雅典常務理事は「CM制作各社はネット対応を強化せざるを得ない。大手だけでなく中堅企業なども対応を急いでいる」と説明する。

AOI TYO Holdings・中江社長に聞く


 AOI TYO HDは17年1月に当時テレビCM制作業界2位のAOIプロと同3位のTYOが統合して誕生した。広告主の投資がテレビからネットへ大きく流れるパラダイムシフトに備え、「新たな市場をコントロールできるだけのシェアを取る」(AOI TYO HDの中江社長)ための決断だった。それから間もなく2年。市場の変化状況や今後の展望などを中江社長に聞いた。

 -統合後の市場の変化をどう感じていますか。
 変化具合は正直思ったほどではない。(テレビからネットへの動きが)緩やかに進行している認識だ。ただ、いずれ我々としてはネット向けのビジネスが圧倒的に増えるのだろう。今までテレビCM制作で培ってきたリソースで生かせるものが一定量あるため、大きな心配はない。一方でテレビと同じ量がネットに流れるイメージはない。市場は小さくなると思う。我々は(ブランド動画広告の)シェアを取りつつ、新規事業などへの挑戦を柔軟に繰り返すことが大事だと考えている。

 ―ネット動画広告市場においても高単価なブランド広告を基幹に事業展開する方針を示しています。ネット広告系の会社などこれまでとは異なるプレーヤーとの競合も予想されますが、どう戦いますか。
 クリエイティブ力はもちろん自信がある。また、ブランドを体言する動画の制作は大きなプロジェクト。コンプライアンスを含めて品質を保証したプロジェクトマネジメントの力が必要になる。その力を持つのが我々の強みで(ネット系の)新しい会社にはなかなかできないことだと考えている。逆に新しい会社はアドテクノロジーなど明確な強みを持っている。我々も自分たちの強みが何かを常に考え続け、それが生かせる分野で勝負しなければならないと思う。

 ―ブランド広告を制作する場合、テレビ向けとネット向けで動画の作り方はどのように変わりますか。
 CMは15秒や30秒に情報や感情を印象的に詰め込む“職人技”が要求される。一方のネットは全体のストーリーで人の心をどうつかむか、シナリオの構成力や物語としての演出力が問われると考えている。若干の違いはあるが、我々がCM制作で培ってきた「こうした映像で人の心はこう動く」という知見は生かされる。

 ―ネット動画広告は再生開始数秒で大半が離脱すると聞きます。全体のストーリーで心をつかむ動画の制作は有効なのでしょうか。
 確かに最初の数秒で多くが離脱するから(全体のストーリーではなく)その数秒でつかむ動画を届けるという方法はあると思う。ただ、仮に見る人は少ないかもしれないが、見た人にはしっかりとよい印象を残し、広告主の信頼につながる動画も必要だと考えている。

AOI TYO Holdingsの中江康人社長

連載・デジマ新機軸


【01】ネット動画全盛時代、CM制作会社のピンチかチャンスか(2018年12月10日配信)
【02】テレビ関係者も前のめり、動画に“触れる”新技術が拓く市場(2018年12月11日配信)
【03】“ツイッター"の成長をけん引する動画の威力(2018年12月12日配信)
【04】伸び悩む「ラジコ」、データ活用でブレークスルーはあるか(2018年12月13日配信)
【05】メガネスーパー再建にも貢献、DMはデジタルで再成長する(2018年12月14日配信)
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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
企業にとってデジタルマーケティングが欠かせない時代になりました。その流れを受けたネット動画広告市場の急成長は、CM制作会社に戦い方の変化を求め始めています。また、ネット動画によるマーケを進化させる新たな技術も登場しています。一方、ラジオやダイレクトメールといったアナログメディアもデータの一層の活用により、進化しようとしています。本連載ではデジマ時代の新たな動きを追います。

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デジマ新機軸
デジマ新機軸
企業にとってデジタルマーケティングが欠かせない時代になりました。その流れを受けたCM制作会社の動きや動画に関わる新たなテクノロジー、デジタルを生かしたアナログメディアの挑戦などを追いました。

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