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メガネスーパー再建にも貢献、DMはデジタル時代に再成長する

連載・デジマ新機軸(5)
メガネスーパー再建にも貢献、DMはデジタル時代に再成長する

ビジョナリーホールディングス本社(東京都中央区)にあるショールーム

 紙のダイレクトメール(DM)がデジタル技術によって再成長を遂げようとしている。デジタル印刷技術の進化や企業が保有するデータの充実などを背景に、発送時期や内容について顧客に応じたより細かいパーソナライズ化が可能になり、今まで以上に高い広告効果を期待できるようになった。また、メールマガジンは氾濫し、顧客に開封されにくい中で、高い開封率を誇るDMの価値が改めて認識されている。インターネット広告の伸長などで縮小してきたDM市場だが、業界関係者は今後の反転拡大に自信を見せる。

金脈を見つけた


 ここまで反応が良いとは―。眼鏡店「メガネスーパー」を運営するビジョナリーホールディングスのマーケティング事業本部に所属する宮森修仁シニアエキスパートは、7月に始めたDM送付戦略の成果に驚いた。眼鏡購入者に対し、引渡し1週間後に届くように2本目の購入を薦めるDMを送ったところ、全体の0.4%が実際に来店した。宮森シニアエキスパートは「メガネスーパーでは購入1週間後に商品を引き渡す。その際に(遠近両用を購入した人はデスクワーク用など)場面で使い分ける2本目の購入を薦めるが、それが実らなければ諦めていた。今までゼロだった部分で成果が出たのは金脈を見つけた感じ」と笑みを浮かべる。

 期待通りの側面もあった。約900万件の顧客データを分析した結果、眼鏡を2本以上購入した顧客のうち、1本目の引渡しから1週間以内に2本目を購入する顧客が約1割に上った。「購入した眼鏡を体験して、初めて店員が2本目を薦める理由がわかるからと考えた。引渡し1週間後にちょうどDMが手元に届けば効果があると分析した」(宮森シニアエキスパート)。購入者に対しては従前、お礼状の意味合いを込めたDMを月2回にまとめて送っていた。それを改め、購入者それぞれのタイミングで届くように出し分ける戦略を考えた。

 この戦略を実現したのがファインドスター(東京都千代田区)とグーフ(同品川区)が共同開発したDM発送ツール「Re;p(リップ)」だ。枚数や内容、送付時期など広告主の条件に合わせて最適な印刷所を自動で選択し、DMを作成して届けるシステムで、広告主のPOS(販売時点情報管理)システムなどと連携し、顧客に最適なタイミングや内容で自動発送できる。このサービスを活用し、引渡し1週間後にちょうど手元に届くようにDMを送るようにした。加えて接客した店員が顧客に応じて薦める眼鏡の内容を8種類ほどから選ぶ仕組みも導入し、成果を出した。

最大の功労者


 そもそもメガネスーパーにとって「DMは経営再建の最大の功労者」(ビジョナリーHDの中村成宏執行役員)だった。同社は新興勢力との低価格競争に巻き込まれ、2008年4月期から赤字決算が続く中で11年末に投資ファンド主導の再建に入った。そこで低価格競争から決別し、既存顧客の約7割を占めた45歳以上(現在は40歳以上)のミドル・シニア層をターゲットに付加価値の高い事業を展開する戦略に転換した。

 その中で顧客データを基に、「ブランドの眼鏡を購入した人には新しいブランドを紹介すると効果がある」といったストーリーをいくつも仮説し、既存顧客にDMを送付した。その結果、反響の良いもので来店率は8%程度に上った。効果が出るためDM予算は年々拡大し、今では月40万通を送っている。今後は、接客による顧客情報の取得に磨きをかけつつ、リップを活用してより細かくパーソナライズ化したDMを発送する考えだ。

メガネースーパーが送付するDMのイメージ。顧客に応じて内容を変える

大切な情報は紙で届く


 より細かなターゲティングが可能になったことを生かし、DM業界は再成長を狙う。実は、DMはインターネット広告の急伸により、紙の広告メディアが軒並み大幅縮小する中で、小幅な縮小にとどまってきた。この背景について日本ダイレクトメール協会(JDMA、東京都中央区)の森健広報委員長は「DMは元々顧客のデータを活用するターゲティングメディア。広告主は紙かインターネットかではなく、データを活用するメディアかいなかで広告方法を判断するため(DMは小幅な縮小でとどまっているの)ではないか」と説明する。つまり、デジタル技術の活用は元々DMが持っていた強みをさらに強くする要素になる。

 メールマガジンは氾濫しており、読まれにくくなったという認識が広がっていることも追い風だ。メルマガの開封率は20%程度と言われる中で、DMの開封率は74%という調査結果(DMメディア実態調査2017)もある。DM業界関係者からは「ネット上は情報が氾濫している中で、紙媒体のDMは目に付き、残りやすい」や「確定申告などの大切な情報は紙で郵便ポストに届くため、一般の人はポストに届いた宛名付きの郵送物は見ないで捨てると後で困るという認識がある。DMはそこに紛れ込ませられるため開封率が高い」といった声が上がる。

 一方、DMは大量に送るメルマガに比べて1通当たりのコストがかかる。顧客ごとに内容や時期を細かく出し分ければなおさらだ。そこで、広告主は保有するデータを分析し、一定の投資対効果が見込めるDMの出し方を導き出すことが重要になるが、そこまでデータ分析できている企業は少ないのが現状のようだ。ファインドスターのデジタルDM事業部に所属する井爪敦事業部長は「(リップを有効に活用するには)企業側にCRM(顧客情報管理)の成熟度が求められる。成熟した企業はまだ少なく、利用企業の裾野を広げる上での課題になっている」と明かす。こうしたことから、同社では細かくパーソナライズ化したDMを多くの企業が試行できるように、物流企業との連携による低コスト化の可能性などを模索している。

 とはいえ、企業のマーケティングにおいて、今やデータ活用は避けられない課題になっている。こうしたデータ活用機運の高まりはDM業界にとって後押しになる。JDMAの森広報委員長は「データ活用の浸透により、DM市場の反転拡大が期待できる。いや期待ではなく、自信を持って再成長すると言いたい」と力を込める。

DMは折込に比べて小幅な縮小にとどまっている

連載・デジマ新機軸


【01】ネット動画全盛時代、CM制作会社のピンチかチャンスか(2018年12月10日配信)
【02】テレビ関係者も前のめり、動画に“触れる”新技術が拓く市場(2018年12月11日配信)
【03】“ツイッター"の成長をけん引する動画の威力(2018年12月12日配信)
【04】伸び悩む「ラジコ」、データ活用でブレークスルーはあるか(2018年12月13日配信)
【05】メガネスーパー再建にも貢献、DMはデジタル時代に再成長する(2018年12月14日配信)
(この連載は葭本隆太が担当しました)
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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
確かにポストに届いた自分宛の郵送物を開封せずに捨てるという選択肢はないなぁと取材しながら思いました。日本DM協会の森さんによると、SNS映えを狙ったDMも増えているとか。これまでにSNSで特に話題になったのは16年12月に学習院大が発送した受験出願を促すDM。開封すると桜が咲いたクリスマスツリーが登場し、合格を祈願するメッセージが添えられていたそうです(学習院大はSNS映えを狙う意図はなかったようですが)。今回の「連載・デジマ新機軸」は本記事で終了します。ありがとうございました。

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企業にとってデジタルマーケティングが欠かせない時代になりました。その流れを受けたCM制作会社の動きや動画に関わる新たなテクノロジー、デジタルを生かしたアナログメディアの挑戦などを追いました。

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