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花王がESG経営の中心に「生活者」を据えた狙い

共感が変える消費 #3 花王
花王がESG経営の中心に「生活者」を据えた狙い

MyKirei by KAOのAir in Film Bottle

花王は、近年注目の高まる社会課題解決へより一層取り組むだけでなく、今後も技術革新を続けるためには不可欠との判断から、2019年にESG経営へと大きく舵を切った。「はじめからESGを盛り込んだイノベーション」を目指す。そして特徴的なのが、その主役に消費者を据えたこと。商品を介したコミュニケーションにとどまらない、多様な場面で消費者を巻き込んだ社会課題解決への取り組みに挑戦している。(取材・昆梓紗)

多方面からプラスチックを減らす

「長年環境課題解決への取り組みを進めていたものの、消費者への認知度が低いことが課題となっていました」―ESG部門部門推進・ESG広報担当部長の大谷純子氏はこう振り返る。19年に新たに策定されたESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」では、消費者を中心にし、持続可能な生活の実現と、消費者がそれを楽しんで行うことを目指している。「消費者とともに、どのような世界をつくっていくかを共有し、共創する、というのが従来のサステナビリティの取り組みと異なる部分」と大谷氏は強調する。

Kirei Lifestyle Plan

具体的な取組み例の1つに、プラスチックごみ削減がある。近年社会問題として大きく取り上げられていることもあり、消費者の関心も高い。「かといってプラスチックのない生活に戻ることは難しいので、消費者とともにどうプラスチックをマネジメントしていくか」(大谷氏)が肝要。花王はいち早く詰め替え・付け替え容器の普及を推進してきた。日本国内で詰め替え・付け替え用のラインアップのある商品での普及率は約8割だ。
 また、詰め替え文化があまり普及していない海外でも取組みを進める。20年4月に米国で新ブランド「MyKirei by KAO(マイキレイバイカオウ)」の販売を開始。新開発のフィルム容器「Air in Film Bottle」を初採用しており、薄型の容器の外側に空気を入れて膨らませることで、自立する容器として使用できる。プラスチックの使用量をポンプ型ボトルに比べ約50%削減可能。ポンプを再利用できるつけかえ用も販売している。「これを発売した後、別商品でも詰め替えに意識を向ける人が増えました。少しずつ意識を変えていければと思います」(大谷氏)。

MyKirei by KAOのAir in Film Bottle
 さらに、商品の購入だけでない取組みも推進する。15年より継続している「リサイクリエーション」活動では、自治体と協力してプラスチックごみを回収し再生樹脂にし、様々な用途で活用できるブロックにすることで、リサイクルに対する啓発をしている。 また、同業他社とのリサイクルの協働も推進しており、ライオンやユニリーバとプラスチック回収プログラムを実施している。

鎌倉市でのリサイクリエーション活動

企業としての人格が問われる

さまざまな課題が顕在化したコロナ禍では、花王も商品やそれ以外のコミュニケーションでの社会課題解決を模索してきた。
 20年3月に「プロテクトJAPAN」という活動を立ち上げ、消毒液などの安定供給、既存商品のウイルス除去効果の確認と表示、衛生に関する情報提供をまとめたウェブサイトの拡充を行ってきた。
 また小学校で行ってきた衛生に関する出張講座を教材化し、21年には約6000校分の教材を順次配布する取組みを順次進めている。さらに、医療従事者へのサポートとして花王製品の詰め合わせを、消費者から募集したメッセージとともに届ける活動も行った。
 社内連携の重要性もより鮮明になった。例えば、従来手洗い洗剤と消毒液は別のブランドとしてそれぞれ展開していたが、消費者としては同じ動線の中に手洗いと消毒がある。企業全体として社会課題解決の取り組みでは、商品や部門をまたいだ連携がまず基本となる。
 「コロナ禍で気づいたことはたくさんある。商品だけでなくプロセスを含めた企業としての想いをいかに届けるかが重要。より一層企業としての人格が問われている」とグローバル事業推進センター事業ESG推進部長の松本彰氏が話すように、商品そのものだけでなく、背景にある企業姿勢を見る消費者は増えている。

また、「価格が多少高くとも社会課題解決や環境負荷の低い商品を選択するという機運はかなり高まってきていると感じている」と松本氏は話す。
 例えば、洗濯用洗剤「アタック」シリーズでは、09年に「アタックネオ」を発売。環境負荷が低いことを訴求した商品だったが、消費者の動きは鈍かった。その後19年に「アタックゼロ」にリニューアル。よりコンパクト化したことに加え、「バイオIOS」というアブラヤシの実から食用のパーム油を採取する際の搾りカスから取れる原料から製造した洗浄基材を使用したところ、サステナビリティ配慮の観点から購入する動きが見られた。

アタックネオ(左)とアタックゼロ

しかし、同社が手掛ける日用品の分野では、それ以外の要素、例えば価格や機能、コマーシャルに好きな俳優が出ている―などが購入の決め手になる場合もまだ多いのが現実。「サステナビリティの価値だけでは購入してもらえない。圧倒的なパフォーマンスを実現することは絶対」だとESGを推進する大谷氏自身も強く実感する。サステナブルは他の価値や機能とのトレードオフではなく、プラスαの価値として提案し、無理なく取り入れられるものとして伝えていく必要がある。
 その情報発信も一方通行ではなく、「企業から発信するだけでなく、それに賛同した生活者が発信していくようなサイクルをつくっていく必要がある」(大谷氏)だと話す。「企業が中心になるだけではなく、生活者や行政などその時々でリーダーが変わるような取組みが理想」(松本氏)。
 商品やそれを製造販売する企業だけでは、社会課題解決や環境改善にはつながらない。実際、花王商品全体のライフサイクルアセスメントを見ると、最もCO2を排出しているのは生活者が商品を使用する時だという。ESG経営の中心に据えた生活者を巻き込み、ともに行動していくため、自社だけにとどまらない活動、そして多面的かつさまざまな強度の情報発信がより重要になってくるだろう。

昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
生活者に対し「一緒に環境や社会にいい取組みをしましょう」と言うと、押しつけているように感じる人もいるのではと思いましたが、最近ではそれが商品や企業姿勢への共感につながっている、というのが意外でした。

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共感が変える消費
共感が変える消費
消費者が商品を選ぶ際の判断基準に「共感」が大きく影響するようになってきた。コロナ禍以降、商品やサービスの品質が良いだけでなく、その背景にある製造プロセスでの環境や関わる人への配慮、業界構造問題に対する提起など、企業姿勢まで見据え共感に値するかを評価する向きが高まっている。

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