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EC全盛期の昨今、実店舗の価値とは何か。「売らない店」の魅力から考える

EC全盛期の昨今、実店舗の価値とは何か。「売らない店」の魅力から考える

「b8ta Tokyo Yurakucho」の店内

コロナ禍により、EC利用が急激に加速した。EC上での利用者の動向をもとに商品をレコメンドしたり、効率的な広告・宣伝を自動で行ったりするようなシステムが当たり前となり、少し検索すれば、家にいながら即座に欲しいものにアクセスできる環境が整いつつある。
 しかし、「店をブラブラしていてふと目に留まったものを手に取る」ような、偶然の出会い、「新たな機能や価値を持った商品に興味を刺激されて試す」といった発見や体験は失われつつある。
 そんな中、「偶然の出会い」や「発見や体験」をコンセプトに据えるユニークな店舗がある。シリコンバレー発スタートアップの b8ta の日本法人ベータ・ジャパン(東京都千代田区)が展開する「b8ta(ベータ)」だ。実店舗でこれまでブラックボックス化していたデータや、ECでは得られない顧客からの意見を提供し、注目されている。(取材・昆梓紗)

販売だけがゴールではない

b8taはアメリカ、ドバイなどに店舗を展開し、日本には2020年8月に上陸した。新宿と有楽町に2店舗を構える。
 店舗に入ると、通常の小売店とは違った雰囲気に少し戸惑う。ずらりと並んだ商品棚には、ロボットの横に楽器、その横に鞄、その後ろには化粧品、電動自転車や飲料、そして、一見何だかわからないもの…。「発見と体験を促すため、ジャンル分けなどはあえて行っていません」と話すのは、ゼネラルマネージャーの春山智博氏。店舗運営や接客を行う「b8taテスター」が商品特性によって配置を決めている。
 来店者は全ての商品を体験できるものの、置いてあるのはその場で購入できる商品ばかりではない。販売をECサイトで行っている商品もあれば、試作段階のものもある。ここが、「売ること」を最終目的にしている従来の店舗とは大きく違う点だ。

ゼネラルマネージャーの春山智博氏(右)

商品の置かれた区画にはタブレットが設置され、紹介動画や概要、価格などが表示されている。この区画ごとに企業が契約し、商品を出品。複数区画にまたがって同企業が出品するケースや、一つの区画に複数企業が出品するケースがある。店舗内には入口や天井にAIカメラが設置されており、どのような年齢、性別の人が何人、何分間区画に滞在したか、といった情報をリアルタイムに取得できる。出品者に代わり接客はb8taテスターが行い、来店者からの質問に答えたり、ニーズの聞き取りなどを行い、その内容もフィードバックされる。「出品+レポート」で月額30万円からというサブスクリプションサービスだ。

商品ごとにタブレットが置かれる
天井に付けられたカメラで来店者情報を取得
 このビジネスモデルを同社の 北川卓司CEOは「リテールアズアサービス(RaaS)」と説明する。「出品した商品の売上は100%出品企業にバックします。しかし商品の販売だけがゴールではありません。来場者の声などフィードバックを含めたサービス全体での価値を提供しています」(北川CEO)。

知りたいのは「なぜ買わないか」

b8taのサービスで出品者が魅力に感じているのが、従来の店舗やECでは取得できなかったデータを取得できること。AIカメラで取得したデータだけでなく、特に喜ばれているのは接客を行ったb8taテスターからもたらされる「商品に対してどういった質問をしたか」「どんな感想を持ったか」といった定性的データだという。b8taテスターはフラットな立場ですべての商品を紹介し、販売ノルマなどはない。だからこそ、「なぜ買わないのか」といったマイナス面の情報も含め、来店者のリアルな声を聞きだせる。
 また、2021年4月~5月に福岡県内3カ所で実施したポップストアでは、新たな試みとしてブースを巡るスタンプラリー型のアンケートを実施した。「これまでカメラで得た年齢や性別などのデータと、b8taテスターが得た定性的データの紐づけができていなかった。アンケートを取ることで、よりリッチな情報が得られるようになりました」(北川CEO)。アンケートにより得られたデータは出品者にも好評で、今後は既存店への展開も考えているという。

北川卓司CEO(取材はオンラインで実施)

b8taにはスタートアップから大企業まで幅広い出店者が集まる。「スタートアップはクラウドファンディング中の商品を出店し、リアルに試せる場として利用する例が多いです」(春山氏)。20年12月からはクラウドファンディング「CAMPFIRE (キャンプファイヤー)」を運営するCAMPFIRE(東京都渋谷区)とサービス提携を開始した。
 一方、大企業はチャレンジングな商品を気軽にテストマーケティングする場として利用している例が多い。例えば、花王はオープンイノベーションの取り組みの一環で開発した「へそごま除去パック『SPOT JELLY へそごまパック』」、「足用石けん『ARGINISTA 足ラボ石けん』」の2商品を出品。ニーズが限られる商品だが、どちらも好調な売れ行きとなった。

花王が展開する「エクスペリエンスルーム」。広い区画を貸し切って自由にレイアウトが可能
 b8taは多様なジャンルの商品を一堂に並べているため、出店者は既存客やターゲット層以外にもリーチできる可能性が高い。新しいもの好きの来店者も多く、従来とは異なる販路開拓にも役立っている。これもまた、実店舗ならではの「偶然の出会い」がもたらす価値の1つと言えるだろう。

とはいえ、足元ではコロナ禍の影響から「体験」の利点を十分に発揮できていない感は否めない。有楽町店では、およそ100区画、50ブランド、70アイテムを展開しているが、「(密を避けるためにも)余裕を持って陳列している状況で、まだ出店者を増やせる余地はある」(春山氏)。
 オープンの20年8月~12月の累計インプレッション(全区画の前に訪れた人の総計)は有楽町店で約416万、新宿店で約280万。福岡でのポップアップストアも含め来店者は順調に伸びている。来店できない人に向け、凸版印刷と共同開発し、バーチャル空間に店舗を再現した『バーチャルb8ta』を3月にリリースした。
 「ただ、実店舗での体験価値は貴重なもの。オンラインとオフラインのバランスを取っていきたい」(春山氏)。ウィズコロナでは、b8taが本来得意とする「体験がもたらす価値」を残しながら、状況に応じた変化が引き続き求められていく。

ニュースイッチオリジナル
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
b8taにはあらゆるジャンルの商品が並んでいる点も大きな魅力。歩いているだけでワクワクします。b8ta発の企画で商品をキュレーションすることもあり、取材時はSDGs関連の商品が特集されていました。「今後、アートなどにも可能性を感じている」と春山氏は話していました。

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