繊維業界が新素材で変える。大量生産・廃棄“負の連鎖”から脱却なるか
世界第2位の環境汚染産業(国連貿易開発会議調べ)と指摘されるファッション業界が変わり始めた。年9000万トンの二酸化炭素(CO2)排出や繊維くず(マイクロプラスチック)による海洋汚染などの課題解決に向けて、2021年には日本で異業種横断の連携組織が発足した。東レや帝人などの繊維メーカーは、ファッション業界の変化を支える素材を開発し、環境負荷の低いビジネス構築を目指す。(前田健斗)
単純焼却・埋め立て処分撲滅
21年11月に発足した連携組織「ジャパンサステナブルファッションアライアンス」には、商社から繊維、アパレル、リサイクル技術ベンチャーまで、ファッションに関わる多様な企業が集結した。繊維業界からは東レや帝人フロンティア、クラボウ、シキボウ、旭化成アドバンスなどが参画。単純焼却や埋め立て処分の撲滅を図り、大量生産・大量廃棄といった“負の連鎖”からの脱却を目指す。
同組織は経済産業省や環境省、消費者庁が後押ししている。環境課題の解決に向けて各企業や業界団体にとどまらず、異業種連携による幅広い取り組みの加速が期待される。
繊維メーカー各社は、ファッション業界の変化に対応する製品・技術の開発や普及を進めている。日本化学繊維協会(化繊協)の大松沢明宏技術グループ長は、「繊維そのものの循環が大切になってくる。そのためには繊維を回収して再利用する“繊維ツー繊維”の取り組みが求められる」と語気を強める。
ペットボトルをリサイクルした樹脂を原料とする化学繊維は一般的になってきたが、環境負荷低減にはそれだけでは十分でない。
現在、ポリエステル繊維などの単一素材を回収・再利用した作業着やユニホームなどで、繊維ツー繊維の取り組みが進む。ただ、衣類はデザイン性などを理由に複数種類の素材が使われることが多い。繊維ツー繊維リサイクルの普及には、分離技術を確立する必要があり、コストも増える。コスト吸収は繊維メーカーの企業努力だけでなく、第三者による支援や企業間連携が重要となりそうだ。
化繊協の大松沢グループ長は、「ジャパンサステナブルファッションアライアンスで、繊維ツー繊維リサイクルも本格的に議論されることを期待している」と話す。
洗濯してもマイクロプラスチックとなる繊維くずを出さない繊維製品も登場した。帝人子会社の帝人フロンティアは、暖かさなどを維持しつつ、繊維くずの脱落を防ぐ素材「デルタTL」を展開している。冬物衣料に使われるフリース素材(合繊起毛素材)の代替を狙う。
同社の岡田美由紀衣料マーケティング部長は、「起毛しない素材でいかに暖かさを実現できるかを工夫した」と話す。起毛素材は糸を切断して加工するため、繊維が外れやすい。新素材は1本の糸で構成したパイル構造なため、起毛素材の風合いを持たせつつ、繊維くずの発生を抑える。
現時点で洗濯時に発生する繊維くずの量を測定する方法に基準はない。化繊協は測定方法の国際標準規格(ISO)化を目指しており、「測定方法を統一してデータ化すれば、繊維くずが出やすい素材などを判別できるし、企業の研究開発力向上にもつながる」(大松沢グループ長)と期待する。
サステナブル品種拡充
海外のハイブランドでは、毛皮などの動物由来素材の利用を止める動きが広がる。動物保護のため、伊アルマーニが16年に天然毛皮を、同グッチが17年にリアルファーを、英バーバリーが18年に天然毛皮の使用廃止を宣言した。皮革製品も動物保護の観点で使用を控える消費者が出始めた。また皮革製品のなめし加工には多量の水や化学薬品が使われる。
この動きを受けて、天然素材に代わる人工皮革や人工ファーへの注目が集まっている。SMBC日興証券株式調査部の宮本剛シニアアナリストは、「国内メーカーにも優れた人工皮革の技術はある。それら付加価値の高いもので差別化を図り、収益性を上げていく必要がある」と話す。
国内メーカーの人工皮革の歴史は長い。東レは1970年にスエード調人工皮革「ウルトラスエード」を発売。2015年には原料の一部を植物由来にした人工皮革を世界で初めて商業生産し、その後もサステナブルな品種を拡充している。クラレや帝人なども有機溶剤などの使用を抑えつつ、機能性を持ち合わせた人工皮革で競争力を高めていく。
「環境に対する関心は上がってきているものの、購入などの行動に移っているかは微妙なところ」と、日本総合研究所リサーチ・コンサルティング部門の石田健太マネジャーは指摘する。バイオマス由来素材やリサイクル素材などを使った商品は従来品よりも割高となることが多い。繊維メーカー各社は、自社製品の環境負荷低減効果などを消費者に積極的に共有することが求められる。
東レは、産学協同による繊維やサステナブルな原料について学生に講義するほか、一般向けに人工皮革を使ったポシェットを作製するワークショップを開き、消費者への理解浸透に努めている。帝人はスポーツや音楽イベントなどと連携し、会場でペットボトルの回収に協力した来場者にリサイクルポリエステル繊維「エコペット」を使ったミサンガを配布している。
日本総研の石田マネジャーは、「90年代半ば以降に生まれたZ世代は比較的にリサイクルなどへの関心が高く、チャンスがある」と話す。若年層への訴求で流通量を増やせれば、コストの抑制や競争力の向上にも効く。
繊維事業はグローバルビジネスであり、「海外では自然環境に配慮していないと商談のテーブルにすらつけない」(石田マネジャー)。この変化を新素材や新事業創出のチャンスとし、国際競争に勝てるかが、将来の国内繊維業界の命運を握る。
世界繊維生産量、年1億トン 化学繊維7割占める
化繊協の推計によると、世界の繊維生産量は年間約1億トンで、そのうち化学繊維が7割を占める。今後も世界人口の増加とともに衣類など繊維の消費量は拡大する。綿やウールなど天然由来の素材は原料を育てるために土地を確保・拡大する必要性や水資源、天候の問題などがあり、この点では化学繊維が優位。化学繊維は引き続きアパレル向けの主要素材として世の中を支えていく。