【ディープテックを追え】マイクロ波で化学製品のゲームチェンジャーを狙う
「化学製品の製造工程は約100年間ほとんど変わっていない」。こう話すのはマイクロ波化学(大阪府吹田市)の吉野巌社長だ。大量消費、大量生産の代名詞である化学プラントをマイクロ波での変革に挑む同社。戦略のモデルにするのは米テスラだ。
産業革命以降、動力は蒸気機関からエンジンへ。そして脱炭素を皮切りに、電気への移行が加速している。吉野社長は「テスラの登場は動力に電気というシフトチェンジを強制した。そのくらいの地殻変動を化学の世界で起こしたい」と意気込む。
脱炭素の流れからエネルギーを大量消費する化学プラントへの風当たりは厳しい。危機感を抱く大手メーカーと協力し、扱いの難しいマイクロ波で化学製品製造の“ゲームチェンジャー”の座を狙う。
電子レンジでおなじみのマイクロ波
電磁波の一種であるマイクロ波の特徴は、特定の物質に対して分子レベルでエネルギーを直接伝えられることだ。
電子レンジを思い浮かべてほしい。冷めた飲み物を電子レンジで加熱すると、カップ自体は温かくならないが飲み物は加熱されている。カップそのものを加熱するよりも、省エネルギーかつ短時間で反応を起こせるわけだ。マイクロ波化学は、この仕組みを化学製品の製造に応用することを目指す。
扱いが難しい
とはいえ、マイクロ波を自由自在に操るのは容易ではない。マイクロ波が反射したり、細部まで浸透しない、分散するなどの課題があった。そのため狙った製品を安定的に作るのが難しかった。古くから化学産業に応用する研究はなされてきたが、ラボレベルで「コップ1杯」を作るのがやっと。従来は、大型化することは難しいというのが定説だった。
そんな中マイクロ波化学は、研究開発に7年の歳月を費やし2014年に年産3200トンスケールの実証施設「M3K」を竣工。
定説を覆せた理由は、圧倒的なマイクロ波のデータの蓄積だ。マイクロ波は当てる対象物によってエネルギー吸収の性質が異なる。ムラなくエネルギーを吸収させるため、最適な周波数や当て方など検証してきた。そのデータを基に反応させたい対象物のシミュレーションすることで、最適なエンジニアリングの形態を導く。吉野社長は「マイクロ波のデータと詳細なシミュレーション、エンジニアリング技術の掛け合わせこそ、最大の強み」と話す。
これまでの電機メーカーでは化学者が少なく、化学メーカーには物理学者が少ない。技術的掛け合わせで”はざま”を埋めたことこそ、同社の競争力の源泉だ。
脱炭素が追い風に
近年の「脱炭素シフト」は同社にとっても追い風だ。吉野社長は「これまでもプラスチックリサイクルなど流行はあったが、今回は企業サイドも本気だ」と口にする。この流れを取り込むべく、三菱ケミカルと実証実験を始めた。狙いはアクリル板などに使われる樹脂「MMA」のリサイクルだ。
MMAを重合してできるアクリル樹脂(PMMA)に熱を加えて分解し、MMAに戻すリサイクルを行う。生産工程で発生する廃材などを使う。リサイクル素材でも透明性などの性能は通常と変わらない水準を目指す。
それ以外にも、インキ原料やペプチドなど多種多様な製品群への応用に取り組む。同社によれば、ラボレベルでは80種類ほどの製品で製造に成功している。吉野社長は「この技術を化学メーカーに提供するプラットフォーマーを目指す」と展望する。協業先も20社を超えるという。
化学メーカーはさまざまな産業に波及効果のある産業だ。こと脱炭素になれば、その役割も大きい。自動車を例に挙げれば、ランプカバー。携帯電話やテレビなどありあらゆる場所にプラント製の製品が使われる。それだけに上流の化学メーカーの脱炭素は重要だ。
マイクロ波化学自身が実証工場を竣工するまでに7年もの歳月を費やした。大型化のハードルは険しい。それでもコスト以上に脱炭素が持つ付加価値が大きくなるなか、マイクロ波は解決策の一つではある。大手メーカーとの協業の真価に注目だ。
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「ディープテックを追え」は1月6日までお休みします。次回更新は1月10日を予定しております。