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「無線給電」実用化に動き出すニッポン、世界と1.5兆円市場争奪戦が始まった

「無線給電」実用化に動き出すニッポン、世界と1.5兆円市場争奪戦が始まった

ミネベアミツミと京大が共同開発した車両装置。時速80㎞で移動しながら給電できる

有線ケーブルを使わずに電気を供給する「無線給電」技術の実用化に日本が動き出す。総務省は2021年度内にも3帯域で専用の電波を割り当てる方針。電気はケーブルで伝わるという常識をくつがえす無線給電技術は日本や米国、中国が開発にしのぎを削る。10年後に1兆5000億円を超えるとされる世界市場の争奪戦が始まった。(山田邦和)

【ケーブル要らず】パワーエレ“最後のフロンティア”

デジタル機器を専用台に密着させて充電する無線給電方式はスマートフォンなど一部で実用化しているが、現在は少し離れていても電気を送れる技術開発が進む。空間を飛び交う無線に電気を乗せて離れた場所に供給できるようになれば、有線での充電が不要になる。電池切れを気にせずスマホやパソコンが使え、電気自動車(EV)はどこまでも走れる―。そんな可能性を秘めた無線給電はパワーエレクトロニクス分野の“最後のフロンティア”と呼ばれている。

矢野経済研究所によれば無線給電の世界市場(事業者売上高ベース)は毎年10%超のペースで拡大し、10年後の31年には21年(予測)比約3・6倍の約1兆5500億円となる見通しだ。8割以上がスマホやスマートウオッチ、ワイヤレスイヤホンなど小型のデジタル機器向け。工場の無人搬送車(AGV)など産業機械や電動自転車、介護の見守りセンサーなどの分野でも需要増加を見込む。

電池切れのストレス解消

少し離れた場所に無線で電気を送る方法には、電磁波の一つであるマイクロ波を用いたり、磁界を介したりといった方法がある。これまで国内ではマイクロ波を用いた給電は、実験以外で行えなかった。電波法の規制で、実用化のハードルが高かったためだ。

 

だがここにきて、制度面でも実現に向けた環境が整いつつある。総務省は21年度内に電波法の省令を改正し、920メガヘルツ(メガは100万)、2・4ギガヘルツ(ギガは10億)、5・7ギガヘルツの三つの周波数帯を無線給電に割り当てる方針。人体への影響や他の通信機器との電波干渉などを検証し、問題がなければ屋外や人のいる空間へと利用範囲を拡大する。

電波法改正で利用範囲拡大…企業の開発加速

企業側の開発も加速している。ミネベアミツミ京都大学と連携し、トンネルの保守点検に無線給電を活用する。トンネル内にセンサーを取り付け、走行車両からマイクロ波をセンサーに当て、給電しつつセンサーから情報を取得。得られた情報をもとにボルトの緩み具合を点検する実験に20年に成功した。今後はトンネルを走るだけで水漏れやひび割れなどの情報を自動で回収できるようにし、インフラ点検の省人化・効率化につなげる。

パナソニックは21年度から、IoT(モノのインターネット)センサー向けの無線給電の実証実験に乗り出す。5―10メートルの範囲内にある複数のセンサーに、1ワットの電力を同時に給電できる。センサーと一体化した受信部品が名刺サイズと小さいのも特徴だ。介護の見守りや工場、オフィスなどでの利用を想定する。アンテナの設計や内部の回路を工夫することで、受信側が微弱な電波を効率良く活用できるようにした。

パナソニックが開発した無線給電の受電機(右)と送電機

これとは別に複数の送電機を用意し、それらの電力を特定のポイントで合成して供給する技術開発も推進。個々の送電機の出力は弱いため、人体への影響を抑えられるとともに、コスト削減につながると見ている。

半導体商社の丸文を窓口に日本市場への参入をうかがう米ベンチャー・オシアの無線給電は、狙いを定めて電波を送るための工夫をしている。送電側がビーコン信号を利用して給電ルートを検出し、受け取り側に焦点を合わせる方式を取る。受け取り側が移動しても充電できる。

【電波以外の方法】

無線給電は電波以外にもさまざまな種類がある。主流はコイルに電流を流した時に生じる磁界を使用するもので、送電距離はマイクロ波に比べ短いが、電力の伝送効率は高い。オムロンは二つのコイルを向き合わせ、一方に電流を流して発生した磁界を介し、もう一方のコイルに電力を送る「電磁誘導方式」を用いた製品の開発に取り組む。コイルの停止位置で最適な給電周波数を選択する技術を採用し、コイルがずれても高効率で給電できる。

コイルに電力→磁界利用 現場のロボ給電、安全に

TDKラムダは、コイル同士を磁界共鳴させて電力を伝送する「磁界共鳴方式」を採用。AGVなど産業機器向けの給電システムを開発した。断線の恐れからケーブルを使用できないロボットへの給電も可能で、作業現場の省人化や安全性向上が見込める。

TDKラムダの無線給電システム

ロームグループのラピステクノロジーが手がけるのはワイヤレス給電用のチップセット(集積回路)だ。受電用基板の実装面積が230平方ミリメートルと、1ワット給電クラスでは業界最小の実装面積を実現。同社の従来品では難しかった、リストバンド型血圧計やスマートウオッチ、補聴器への搭載が可能になった。チップセットを使ったモジュールの開発も進めている。

ロームの無線給電用のチップセット

無線給電の実用化で先行する米国や、関連特許の4分の1を抑えるとされる中国など海外と伍していくには、「日本が技術とビジネス、制度の三位一体で動かなければ勝ち抜けない」と、無線給電研究の第一人者である京都大学の篠原真毅教授は断言する。

この三つの要素で、最も壁が高いのが法制度だ。今回の電波法改正後の無線給電の利用は屋内で人のいない環境に限られ、街中での使用ができない。電波干渉を避けるため、事業者は無線局を設置するたびに地元の通信局への届け出が必要で、地域によっては申請に手間と時間がかかるとの指摘も出ている。

総務省の担当者は「無線給電の制度化に時間がかかっているのは確かだが、世の中に影響を与えない形で導入するために必要な措置。干渉がないことや安全性が今後実証されれば、懸念も払しょくされていく」と話すが、制度の後押しの弱さは日本の出遅れにつながりかねない。

技術革新と安全性 両立を

無線給電のメリットを多くの人が認め、社会が受け入れる姿勢を示せば利用範囲の拡大が早まる可能性もある。だが今回のように、無人の屋内での使用に限られていてはそれも難しく、「ジレンマに陥っている」(業界関係者)。人々の生活を大きく変える可能性を秘めた無線給電をどのような形で取り入れ、生かしていくか。社会の姿勢も問われている。

日刊工業新聞2021年11月4日

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