【ディープテックを追え】さよなら“断線”。給電の常識を変える
有線ケーブルを使わずに給電を行うワイヤレス給電。従来の給電の概念を変える技術の確立に、世界各国のパワーエレクトロニクス大手やスタートアップが挑む。
米スタンフォード大学発スタートアップのエイターリンク(東京都千代田区)もその一つだ。同社はビルマネジメントやFA機器の分野での応用に狙いを定める。
マイクロ波で給電
エイターリンクが採用するのはマイクロ波を使う方式だ。送電機器側で電力をマイクロ波に変換し、発振する。センサーなどの電力を使う側の受信機は、そのマイクロ波を再度電力に変え、給電する仕組みだ。同社の強みは15~20メートル離れた位置まで1ミリワットから2ミリワットを安定的に給電できる点だ。全方向にアンテナを設けることで、どの角度からでも給電できるようにした。
カギは給電を制御するソフトウエアだ。従来のワイヤレス給電では距離が変わると、電圧が変わってしまう。また、同社の製品はアンテナを複数設けているため、対になるエネルギーが相殺してしまう事象が起きてしまう。同社が開発したソフトウエアは電圧を一定にしつつ、最適な回路のつなぎ方を瞬時に計算することでエネルギーが相殺してしまう現象を解消した。この特性を生かすことで、動きがある製品にも適用できる。
ビルマネジメントやFA領域に応用
エイターリンクが最初に導入するのがビルマネジメントの領域だ。2020年11月に竹中工務店共同で行った実証実験では、ワイヤレス給電で環境センサーを動かすことに成功した。
人感センサーや環境センサーを使い、ビル内の空調や照明を最適化する構想はあったものの、センサーを多数配置するための配線工事やコストが課題となり進んで来なかった。同社はワイヤレス給電を使い、この課題の解決を目指す。具体的にはこうだ。イスにセンサーを配置し、天井などに設置した発信器からワイヤレス給電でセンサーを動かす。そのセンサーの情報を使い、空調や照明などの設備を無駄なく制御することを目指す。すでに大手建設会社が手がけるオフィスビルへの導入も決まっている。
一般的にワイヤレス給電は給電できる電力が少ないが、それでも実用化にめどが立ったのは、センサーなどの消費電力が低下したことが大きい。岩佐凌最高執行責任者(COO)は「1ミリワットもあれば、センサーを動かすには十分」と説明する。
22年度には産業ロボットへの応用も視野に入れる。ロボットアームの先端などには触覚センサーが使われる。ただ、センサーを給電する有線がアームが稼働する際に、断線を起こしてしまうリスクがあった。この部分のセンサーをワイヤレス給電が可能な製品に置き換える。断線による製造ラインの停止を防ぎ、機会損失を防ぐことを目指す。
また、ロボットの稼働情報をワイヤレスで送り返し工場の安定稼働につなげる。ワイヤレス給電では使える電力量が小さいため、送り返す情報を選別することで業務に適応させる。ワイヤレス給電を行う機器の価格は、送信側で10万円ほどで、受信側が1個2万円ほど。
最初は日本で事業展開するが、今後の海外にも広げる。それに伴い機器の価格は下げられるという
これまでは実証でしかマイクロ波による給電は利用できなかったが、実用化に向けて風向きが変わってきた。総務省は21年度内に電波法の省令を改正し、920メガヘルツ(メガは100万)、2・4ギガヘルツ(ギガは10億)、5・7ギガヘルツの三つの周波数帯を無線給電に割り当てる方針。人体への影響や他の通信機器との電波干渉などを検証し、問題がなければ屋外や人のいる空間へと利用範囲を拡大する。
将来的には医療分野にも
エイターリンクが最終的に目指すのは、低侵襲の医療分野だ。25年頃に涙や唾液が分泌されづらくなる「シェーグレン症候群」向けの医療デバイスを開発する。口腔にデバイスを埋め込み、唾液の分泌腺を電気刺激する。センサーの役割を果たすことで血糖値など健康状態をモニタリングすることも構想する。通常、充電切れに伴い機器の入れ替えが必要になるが、ワイヤレス給電を使うことで解決する。岩佐COOは「ブレインマシン・インターフェース(BMI)へ応用し、脳の記憶機能を補完できる可能性もある」と展望を話す。
22年の8月には25億円の資金調達を予定。規模拡大に伴い、電子回路のエンジニアを中心に採用する。製品投入を継続して実施し「ワイヤレス給電の新しい市場を作る」(岩佐COO)と意気込む。
〈関連記事〉これまでの【ディープテックを追え】