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“スポーツの感動で接待”、新ビジネスは日本に根付くか
連載・潜在の旅行ビジネス(1)
9月20日開幕のラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会を機に、新たなスポーツビジネスが根付こうとしている。試合前後に特別な料理やイベントを用意するなどしておもてなしする観戦スタイル「スポーツホスピタリティー」だ。取引先の接待をしたい企業の利用などが見込まれる。同サービス大手の英STHグループとJTBの合弁会社が定着を狙う。JTBとしてはオンライン旅行会社の台頭などで事業環境は厳しくなっており、新たな収益源としての期待が大きい。
「想定以上の反響があり、非常に心地よい驚きだ」―。ラグビーW杯のホスピタリティー商品を販売するSTHとJTBの合弁会社、STHジャパン(東京都新宿区)のデビッド・マッキャラム事業統括本部長は笑みをこぼす。
今回のラグビーW杯では試合を行う全国10会場以上でホスピタリティー商品を提供する。1人当たり数万―200万円程度まで5タイプを用意し、それぞれスタジアムのVIPルームなどで食事や特別なイベントを提供する。2018年2月に発売しており、最終的な販売数は7万人分近くに達する見通しだ。このうち海外需要は3割強だ。当初想定の5万人分を大きく上回るペースだという。
マッキャラム本部長は、「前回大会などに比べて海外需要が大きい。海外から見た観光地としての日本の魅力が販売数を底上げした」と喜んでいる。国内企業の反響も上々で、地方で提供する商品は地元企業による購入などがある。
スポーツホスピタリティーは欧米ではすでに定着している。これに詳しい未来社会産業研究所(東京都町田市)の小川高志代表は、「国際大会だけでなく、(欧米では)国内のプロスポーツの試合などでも提供されている」と説明する。
主に企業が取引先とスポーツの感動を会場で共有することで、関係の強化につなげることが目的だという。日本国内でもホスピタリティーはこれまで提供されていたが、利用者は大会スポンサーなどに限られていた。
STHはスポーツホスピタリティーで数多くの実績を残してきた。過去3大会のラグビーW杯や12年のロンドン五輪・パラリンピックで運営した。ただ、今回は「アジアで初めての事業。日本はビジネスの商習慣がこれまでの地域とは異なる。新市場だったため、現地のよいパートナーと連携して出先機関を設けなければ、成功はない」(マッキャラム本部長)という懸念があった。
そこで企業規模が大きくブランド力もあり、15年のラグビーW杯イングランド大会では、日本向けに観戦券付きツアーを販売する公式旅行会社だったJTBと手を組んだ。
スポーツホスピタリティーに対し、日本の大会運営側の期待も大きい。大会が成功とされるには、経済波及効果も求められるからだ。今大会の効果は約4300億円と推計されており、そのうち約1200億円はスポーツホスピタリティーを含めた国内客や訪日客による消費が占める。
ラグビーワールドカップ2019組織委員会レガシー部の本田祐嗣部長は、「スポーツホスピタリティーが大会の経済効果を押し上げてほしい。その上で、(スポーツを活用したビジネスとして成功し)大会のレガシー(遺産)として定着することで、スポーツのコンテンツ力の拡大に貢献してもらいたい」と期待する。
関連記事:ラグビーW杯組織委が本当に作りたい経済レガシー
ラグビーW杯に向けてホスピタリティー商品の販売は好調だが、STHジャパンはW杯後の事業継続に強い思いがある。日本を新たな市場として育成したい考えで、国際大会だけでなく国内のプロスポーツの試合を含めて可能性を模索し、定着を図る。
ただ、そこには課題もある。未来社会産業研究所の小川代表は、「欧米に比べて日本のスタジアムはスポーツホスピタリティーを提供できるスペースが少ない」と指摘する。
STHジャパンのマッキャラム本部長も「(ラグビーW杯の決勝を開く)横浜国際総合競技場はホスピタリティー用のスペースが足りないので、徒歩圏に特設会場を設ける。(ラグビーW杯の試合会場となる都市の中には)スポーツホスピタリティーを提供する場合は、スペースの確保に苦労すると思う地域もある」と明かす。
スタジアムの多くは地方自治体が所有する。このため、仮にスタジアムにホスピタリティー用の施設を整備する場合、自治体の決断が不可欠になる。マッキャラム本部長は、「ラグビーW杯のホスピタリティーがビジネスとして成功し、地域経済に好影響を与えたり、地元の企業同士の絆作りに役立ったりするという証明ができれば、自治体が施設整備を見直す機会になる。我々はプログラムを必ず成功させるのみだ」と意気込む。ラグビーW杯はスポーツホスピタリティーの文化が日本に根付くかどうかの試金石になる。
「第3の創業」。JTBは18年4月に新グループ体制に移行し、推進する経営改革をそう位置づけた。旅行商品の造成・販売を行う従来の旅行業から、個人や法人など顧客の課題解決を図る企業への転換を掲げた。
この背景には「楽天トラベル」など、オンライン旅行予約サイトの台頭などによる旅行市場の激しい環境変化がある。旅行市場に詳しい東レ経営研究所(東京都千代田区)の永井知美チーフアナリストは、「旅行市場全体は若者の旅行離れなどにより縮小傾向。その中でオンライン旅行会社が台頭し、価格競争が加速した。旅行会社は苦しい環境にある」と説明する。
そうした中で顧客の課題解決サービスとして期待されるのがスポーツホスピタリティーの提供だ。JTB法人事業本部事業企画部の田島芳美広報担当部長は、「企業が抱える課題に顧客とのコミュニケーションがあり、(スポーツホスピタリティーは)それを解消できる。我々が新しい市場として開拓したい」と意気込む。
ラグビーW杯でのスポーツホスピタリティーの成否はJTBの今後を占う機会にもなりそうだ。
(文=葭本隆太)
本日から旅行ビジネスをテーマにした連載を始めます。長期で縮小傾向が続く旅行市場ですが、本日紹介のスポーツビジネスのほか、ベンチャーの発想による新たな形が登場しています。予約はオンライン化が進んでいる最中で、国内のオンライン旅行サイト「楽天トラベル」や「じゃらんnet」などは成長を続けていますが、海外勢の攻勢により、こちらの市場においても戦国時代が到来しています。旅行ビジネスの変化や今後の可能性を取材しました。
【01】“スポーツの感動で接待”、新ビジネスは日本に根付くか(19年2月18日配信)
【外】ラグビーW杯組織委が本当に作りたい経済レガシー(19年2月18日配信)
【02】楽天も危機感、海外勢の脅威でネット旅行販売の勢力図に異変(19年2月19日配信)
【03】世界最大級の旅行予約サイトが命かける1500億円のテック投資(19年2月20日配信)
【04】ベンチャーの発想が掘り起こす旅行市場の金脈(19年2月21日配信)
【05】町の美容院も導入へ…ホテルの常識「変動価格」の真の課題(19年2月22日配信)
想定以上の反響
「想定以上の反響があり、非常に心地よい驚きだ」―。ラグビーW杯のホスピタリティー商品を販売するSTHとJTBの合弁会社、STHジャパン(東京都新宿区)のデビッド・マッキャラム事業統括本部長は笑みをこぼす。
今回のラグビーW杯では試合を行う全国10会場以上でホスピタリティー商品を提供する。1人当たり数万―200万円程度まで5タイプを用意し、それぞれスタジアムのVIPルームなどで食事や特別なイベントを提供する。2018年2月に発売しており、最終的な販売数は7万人分近くに達する見通しだ。このうち海外需要は3割強だ。当初想定の5万人分を大きく上回るペースだという。
マッキャラム本部長は、「前回大会などに比べて海外需要が大きい。海外から見た観光地としての日本の魅力が販売数を底上げした」と喜んでいる。国内企業の反響も上々で、地方で提供する商品は地元企業による購入などがある。
スポーツホスピタリティーは欧米ではすでに定着している。これに詳しい未来社会産業研究所(東京都町田市)の小川高志代表は、「国際大会だけでなく、(欧米では)国内のプロスポーツの試合などでも提供されている」と説明する。
主に企業が取引先とスポーツの感動を会場で共有することで、関係の強化につなげることが目的だという。日本国内でもホスピタリティーはこれまで提供されていたが、利用者は大会スポンサーなどに限られていた。
STHはスポーツホスピタリティーで数多くの実績を残してきた。過去3大会のラグビーW杯や12年のロンドン五輪・パラリンピックで運営した。ただ、今回は「アジアで初めての事業。日本はビジネスの商習慣がこれまでの地域とは異なる。新市場だったため、現地のよいパートナーと連携して出先機関を設けなければ、成功はない」(マッキャラム本部長)という懸念があった。
そこで企業規模が大きくブランド力もあり、15年のラグビーW杯イングランド大会では、日本向けに観戦券付きツアーを販売する公式旅行会社だったJTBと手を組んだ。
スポーツホスピタリティーに対し、日本の大会運営側の期待も大きい。大会が成功とされるには、経済波及効果も求められるからだ。今大会の効果は約4300億円と推計されており、そのうち約1200億円はスポーツホスピタリティーを含めた国内客や訪日客による消費が占める。
ラグビーワールドカップ2019組織委員会レガシー部の本田祐嗣部長は、「スポーツホスピタリティーが大会の経済効果を押し上げてほしい。その上で、(スポーツを活用したビジネスとして成功し)大会のレガシー(遺産)として定着することで、スポーツのコンテンツ力の拡大に貢献してもらいたい」と期待する。
関連記事:ラグビーW杯組織委が本当に作りたい経済レガシー
スペース不足が課題
ラグビーW杯に向けてホスピタリティー商品の販売は好調だが、STHジャパンはW杯後の事業継続に強い思いがある。日本を新たな市場として育成したい考えで、国際大会だけでなく国内のプロスポーツの試合を含めて可能性を模索し、定着を図る。
ただ、そこには課題もある。未来社会産業研究所の小川代表は、「欧米に比べて日本のスタジアムはスポーツホスピタリティーを提供できるスペースが少ない」と指摘する。
STHジャパンのマッキャラム本部長も「(ラグビーW杯の決勝を開く)横浜国際総合競技場はホスピタリティー用のスペースが足りないので、徒歩圏に特設会場を設ける。(ラグビーW杯の試合会場となる都市の中には)スポーツホスピタリティーを提供する場合は、スペースの確保に苦労すると思う地域もある」と明かす。
スタジアムの多くは地方自治体が所有する。このため、仮にスタジアムにホスピタリティー用の施設を整備する場合、自治体の決断が不可欠になる。マッキャラム本部長は、「ラグビーW杯のホスピタリティーがビジネスとして成功し、地域経済に好影響を与えたり、地元の企業同士の絆作りに役立ったりするという証明ができれば、自治体が施設整備を見直す機会になる。我々はプログラムを必ず成功させるのみだ」と意気込む。ラグビーW杯はスポーツホスピタリティーの文化が日本に根付くかどうかの試金石になる。
「第3の創業」…JTBに転機
「第3の創業」。JTBは18年4月に新グループ体制に移行し、推進する経営改革をそう位置づけた。旅行商品の造成・販売を行う従来の旅行業から、個人や法人など顧客の課題解決を図る企業への転換を掲げた。
この背景には「楽天トラベル」など、オンライン旅行予約サイトの台頭などによる旅行市場の激しい環境変化がある。旅行市場に詳しい東レ経営研究所(東京都千代田区)の永井知美チーフアナリストは、「旅行市場全体は若者の旅行離れなどにより縮小傾向。その中でオンライン旅行会社が台頭し、価格競争が加速した。旅行会社は苦しい環境にある」と説明する。
そうした中で顧客の課題解決サービスとして期待されるのがスポーツホスピタリティーの提供だ。JTB法人事業本部事業企画部の田島芳美広報担当部長は、「企業が抱える課題に顧客とのコミュニケーションがあり、(スポーツホスピタリティーは)それを解消できる。我々が新しい市場として開拓したい」と意気込む。
ラグビーW杯でのスポーツホスピタリティーの成否はJTBの今後を占う機会にもなりそうだ。
(文=葭本隆太)
連載・潜在の旅行ビジネス
本日から旅行ビジネスをテーマにした連載を始めます。長期で縮小傾向が続く旅行市場ですが、本日紹介のスポーツビジネスのほか、ベンチャーの発想による新たな形が登場しています。予約はオンライン化が進んでいる最中で、国内のオンライン旅行サイト「楽天トラベル」や「じゃらんnet」などは成長を続けていますが、海外勢の攻勢により、こちらの市場においても戦国時代が到来しています。旅行ビジネスの変化や今後の可能性を取材しました。
【01】“スポーツの感動で接待”、新ビジネスは日本に根付くか(19年2月18日配信)
【外】ラグビーW杯組織委が本当に作りたい経済レガシー(19年2月18日配信)
【02】楽天も危機感、海外勢の脅威でネット旅行販売の勢力図に異変(19年2月19日配信)
【03】世界最大級の旅行予約サイトが命かける1500億円のテック投資(19年2月20日配信)
【04】ベンチャーの発想が掘り起こす旅行市場の金脈(19年2月21日配信)
【05】町の美容院も導入へ…ホテルの常識「変動価格」の真の課題(19年2月22日配信)
日刊工業新聞2019年2月18日
特集・連載情報
長期で縮小傾向が続く旅行市場ですが、ベンチャーの発想による新たな形が登場しています。国内のオンライン旅行サイトは成長を続けていますが、海外勢の攻勢により、戦国時代が到来しています。旅行ビジネスの変化や今後の可能性を取材しました。