町の美容院も…導入ブームの「価格変動制」が抱える重要課題

連載・潜在の旅行ビジネス(5)

 客室の稼働率はすでに95%。ここからどうすればさらに収益力を高められるか―。そう悩んでいた大阪東急REIホテル(大阪市北区)の泉克敏客室マネージャーが人工知能(AI)を活用した価格変動制(ダイナミック・プライシング)の導入を決めたのは2017年末頃のこと。15年から続く訪日外国人観光客の旺盛な需要などにより稼働率が上限に達する中で、需要に応じた価格設定の最適化は収益力の向上に不可欠と考えた。

 AIを活用して需要に応じた最適な価格を導くシステムを利用するホテルが増えている。季節や曜日などを踏まえた価格変動制はこれまでも一般的だったが、AIの活用によりそれを精緻化して収益力の一層の向上などを狙う。

 一方、価格変動制はホテル業界などを超えて広がり始めている。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が1月に導入して話題を呼んだが、それにとどまらず、町の美容室などでも最適な価格変動制を実現しようと研究開発に挑む企業も出てきた。価格変動制の導入はブームの様相を呈している。

AI活用、加速度的に普及


 「札幌や福岡などの地方都市を含め加速度的に導入する宿泊施設が増えている」。AIを活用した宿泊施設向け客室単価設定システム「メトロエンジン」を提供するメトロエンジン(東京都港区)の小阪翔最高執行責任者(COO)はシステムの普及状況に手ごたえを感じている。提供開始1年半ほどで契約数は数千室に上った。大阪東急REIホテルもその一つだ。

 メトロエンジンは天気予報や曜日、競合ホテルの価格、イベント情報など膨大なデータを基にAIが客室の需要をリアルタイムに分析し、収益力を最大化できる推奨価格を示す。価格の決定に影響を与えた要因について度合いもそれぞれ提示する。システムの強みは独自ノウハウなどで収集・蓄積する豊富なデータだ。「例えばイベント情報はその内容でどの程度の人が集まるのかまで蓄積している」(小阪COO)。

 宿泊施設はメトロエンジンの導入に対し、価格の最適化だけでなく、価格設定に関わる作業を効率化する効果にも大きな期待を寄せる。大阪東急REIホテルの泉客室マネージャーは「(過去の予約動向など多様な情報を踏まえて)価格を設定する従業員の負担が減り、接客サービスの充実につなげられる」と説明する。

「メトロエンジン」のシステム画面イメージ

 メトロエンジンは今後、レンタカー業界など向けにシステム提供を目指す。小阪COOは「ホテルの需要はその近隣地域のレンタカーの需要と密接に関係するため、(既存システムで蓄積している)宿泊施設関連のデータが生かせる。レンタカーのほかにも既存システムとのシナジーが見込める分野に順次、提供対象を広げていきたい」と力を込める。

顧客の利用状況に応じた値付け


 価格変動制はホテル業界で精緻化が進む一方、USJやスポーツ観戦のチケットなどを筆頭にこれまで利用されてこなかった業界に広がり始めている。そうした中で、情報検索システムを提供するフォルシア(東京都新宿区)は、町の美容室やマッサージ店などで最適な価格変動制を実現する仕組みの構築に挑んでいる。数理工学を研究する京都大学大学院の梅野健教授と共同研究を始めた。

 この背景について、フォルシアの洲巻圭介経営企画室長は「美容室は顧客に時間と空間を提供するという意味でホテルと変わらないため、価格変動制を導入できる可能性があると想定した」と説明する。ただ、ホテルは顧客が利用したい日程が明確に決まっている。これに対し、美容室などは希望日はあってもその日でないと駄目というケースはホテルほど多くなく、他の日程に代替しやすい。そのため、ホテルのように季節や曜日などを考慮した価格変動制を導入しても、機能しづらいと考えた。

 そこで着目したのが、ホテルに比べて高いと想定される顧客のリピート性だ。「天気や曜日、過去の利用状況などから需要を予測し、『空き』が多くなりそうだと見込んだ場合には、過去の利用者に対して(特別な価格を個別に提示して)リピート来店を促すことで需給バランスが調整できるのではないか」(洲巻経営企画室長)と仮説した。例えば水曜日に空きがあった場合、水曜日の利用が多く、まだ予約していない既存の顧客に利用日限定の割引クーポンを個別に提示し、予約を促すイメージだ。

 共同研究ではこの仮説を基に顧客個人の利用状況などに応じた適切な価格設定のあり方などを模索していく。フォルシアは研究成果を基にした価格変動制に関わるシステムについて2021年をめどに事業化する考えだ。

値上げではないのか


 価格変動制を導入することで、企業にとっては収益力を高める効果が期待できる。一方、「消費者サイドからは(価格変動制の導入は)価格の『最適化』ではなく『値上げ』ではないかという声が上がる」(業界関係者)。

 これについて、メトロエンジンの小阪COOは「(例えばホテルは価格変動制によって)繁忙期は確かに値上がりするが、閑散期は値下げを促せる。その時期に旅行を計画すれば節約できるなど消費者にメリットはある。また、お盆やゴールデンウィークの混雑分散を促せるなど社会的意義もある」と強調する。その上で「消費者にメリットを理解してもらうことは(価格変動制の普及拡大に向けた)重要な課題。我々としてはメリットを消費者に実感してもらえるような実績を積み上げなければならない」と力を込める。
(文=葭本隆太)
フォルシアの屋代浩子社長(左)と京都大学大学院の梅野健教授


連載・潜在の旅行ビジネス


【01】“スポーツの感動で接待”、新ビジネスは日本に根付くか(19年2月18日配信)
【外】ラグビーW杯組織委が本当に作りたい経済レガシー(19年2月18日配信)
【02】楽天も危機感、海外勢の脅威でネット旅行販売の勢力図に異変(19年2月19日配信)
【03】世界最大級の旅行予約サイトが命かける1500億円のテック投資(19年2月20日配信)
【04】ベンチャーの発想が掘り起こす旅行市場の金脈(19年2月21日配信)
【05】町の美容院も…導入ブーム「価格変動制」が抱える重要課題(19年2月22日配信)

ニュースイッチオリジナル

葭本 隆太

葭本 隆太
02月22日
この記事のファシリテーター

連載最終回のテーマは「ダイナミック・プライシング」。旅行ビジネスから離れるような話になりましたが、旅行ビジネスの(重要コンテンツである「宿泊施設」において一般的に使われている仕組みが持つ)潜在力という解釈もありかと思い、取り上げました。連載・潜在の旅行ビジネスは本稿にて終了です。ありがとうございました。

この記事にコメントする

  

ファシリテーター紹介

記者・ファシリテーターへのメッセージ

この記事に関するご意見、ご感想
情報などをお寄せください。