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スマホ→スマートグラス脚光、電子部品業界は小型化技術で市場取り込めるか

スマホ→スマートグラス脚光、電子部品業界は小型化技術で市場取り込めるか

TDKなどが開発したスマートグラスのデモ機

現実の世界に多様なデジタル情報を重ねて表示する拡張現実(AR)機能を備えたメガネ型情報端末のスマートグラス普及をにらみ、電子部品メーカーが動き始めている。スマートグラスはスマートフォンに置き換わる可能性のある端末として、今後需要の立ち上がりが期待される。電子部品各社は得意の小型化技術などを生かしてハードウエア面の課題解決に貢献。先行投資も行って市場の取り込みを図る。(山田邦和)

現実と仮想「分断」なく

TDKが開発したスマートグラス用のフルカラーレーザーモジュール

TDKが開発したスマートグラスのデモ機をのぞき込むと、会議室の中に浮かぶ「山」の小さな立体映像が視界に入ってきた。会議室は現実の世界、山はインターネット上の仮想映像だ。

位置調整に少し手間取るが、いったん見えてしまえば映像は鮮明で、手で触れられそうに生々しい。現実空間に焦点を合わせると仮想映像の方がぼやけてしまうという、従来のスマートグラスで見られた現実と仮想の「分断」がないためだ。どこまでが現実で、どこからが仮想なのか―。当たり前だった世界が揺らぎ、広がる感覚を一瞬味わった。

「『分断』がないのは、レーザーで網膜に映像を直接投映する方式を取ったため」。TDK技術・知財本部応用製品開発センターの福澤英明部長はこう説明する。同社は今回のスマートグラスのデモ機に映像を投映するためのモジュールを、半導体レーザーなどを手がけるQDレーザや、NTTとともに開発した。

従来のスマートグラスはメガネのテンプル(つる)に当たる部分に取り付けたモジュールから、グラス部分に映像を投影・表示する方式が主流だ。この場合、グラス上に表示された映像を見るためには目の焦点をグラスに合わせる必要があるが、そうすると現実空間には焦点が合わずにぼやける「分断」が生じる。

今回のデモ機は、光量を極端に弱めたレーザーをモジュールから出力し、目の網膜に直接投影する方式を採用した。網膜に投影された映像はピントを合わせなくても見えるため、利用者は現実空間に焦点を合わせていれば済む。現実世界とグラス上の仮想空間が融合した拡張現実を、自然な形で体験できる。

もともとはQDレーザが製品化したが、大型のモジュールをグラスに内蔵できず、用途は医療用などに限られていた。モジュールが大型化しがちだったのは、3色のレーザーダイオードからの光をレンズとミラーで反射させて、一つのレーザー光として出力する方式を取っていたため。部品点数が多くなり、光を結合させるための距離や空間も必要だった。

今回TDKが採用したのは、これとは異なる構造だ。薄い板状の物質に、光が伝わる細い道(平面導波路)を形成。赤・緑・青3色のレーザーダイオードから出た光は、導波路を通りながら合わさって出力する。レンズやミラーが不要になった結果、人の指先に乗る大きさまでモジュールを小型化。重さも一般的なモジュールの約10分の1に抑えた。小型モジュールを両方のつるに搭載することで、3次元(3D)映像の投影も可能になった。

TDKは製品の量産設備も自社で開発。ハードディスク駆動装置(HDD)の磁気ヘッドの製造で培ってきた技術も応用し、1・5マイクロメートル(マイクロは100万分の1)程度の導波路の入り口にレーザーの光軸を正確に合わせて接合できる体制を整えた。

同社が先行して量産体制を構築したのは、今後スマートグラスの市場が急速に立ち上がると見ているためだ。周りの視界を遮ってしまうVRのヘッドセットがほぼ屋内の使用に限定されるのに対し、現実世界の中に映像や文字などを表示できるARに対応したスマートグラスは屋内外を問わず利用しやすい点が注目されており、産業界で活用例がある。

ただ普段の生活の中にもARグラスが浸透してきたとは言い難かった。軽く、かさばらず、現実世界と仮想空間を認識できる両眼タイプのARグラスがなかったことが一因だが、TDKなどが開発したスマートグラスが実用化されれば、こうした課題の解決に弾みがつく可能性がある。TDKは24年度にも実用化したい考えだ。

市場拡大追い風、高機能センサー必須

スマートグラス市場の拡大はTDK以外の電子部品メーカーにも追い風だ。例えば映像や文字を表示する位置を現実世界に正確に合わせるには、物体との距離や形状の3次元データを計測できる小型で高性能なセンサーが必須になる。アルプスアルパインの栗山年弘社長は、スマートグラスでメタバース(仮想空間)を利用する際には「自分の分身(アバター)を操作するためのコントローラーなども必要になるだろう」と指摘。自社が手がける機構部品の需要へのプラス効果を見込む。

村田製作所が19年に買収を発表したミライセンス(茨城県つくば市)は、引っぱられたり押されたりする感覚を疑似的に再現する技術を持つ。村田はアクチュエーターと呼ばれる振動を起こすための部品を展開しており、買収によって自社とミライセンスの技術を組み合わせた製品の開発を目指してきた。大電流タイプの小型リチウムイオン電池(LiB)などと合わせ、ARの分野でも需要を捉えたい考えだ。

ただしスマートグラスが普及するには、乗り越えるべきハードルがまだある。一つはプライバシーの問題だ。スマートグラスに搭載したセンサーなどで周囲を認識する場合、人の顔や場所、日時、屋内などを記録する行為がプライバシーの侵害に当たる恐れがある。プライバシー保護のためには、どういったセンサーでどの場所のデータを取得するか、取得したデータをどう保管・管理するかの明確化が欠かせない。

また軽量化したとはいえ、普段メガネをかけない人にとってスマートグラスの装着は負荷そのもの。それでも装着したいと思えるよう、使い勝手や提供するサービスの向上を図れるかも重要になる。音声や視線の位置などでスマートグラスを操作できる部品や技術も求められてくるだろう。

可能性を秘めながらも成熟途上のAR市場では、全てを把握しているプレーヤーは、まだいない。後追いしかできない電子部品メーカーは需要を取り逃がす。顧客と二人三脚でスマートグラスの使用シーンを開拓し、そこから逆算して部品や技術の開発を行う姿勢が必要だ。


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日刊工業新聞 2023年01月10日

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