新型ロケット「H3」試験機1号機の失敗で得たモノ
日本の大型衛星の輸送は2001年から大型基幹ロケット「H2A」が担ってきた。だが最終となる50号機を24年度中に打ち上げて退役し、新型の「H3」に引き継ぐ。約20年ぶりに刷新した日本の大型基幹ロケットは24年度に入ってから3回連続の打ち上げに成功し、H3の目指す安全安心の輸送技術が確立しつつある。ただ、H3の打ち上げは順風満帆ではなかった。試験機1号機の失敗を乗り越えたからこそ今の姿がある。
23年3月7日10時37分、宇宙航空研究開発機構(JAXA)種子島宇宙センター(鹿児島県南種子町)からH3試験機1号機が大空に打ち上がった。1段目に搭載した新型のメーンエンジン「LE―9」も正常に稼働し、最初で最難関の技術を実証できた。順調と思えた直後、2段エンジンが着火しなかったことが判明。ロケットの高度が徐々に下がっていくのが確認され、管制室からロケットに指令破壊信号を送った。H3試験機1号機には地球観測衛星「だいち3号」を載せており、予定の軌道に届けられず打ち上げは失敗した。
これまでにも日本はロケットの打ち上げに失敗した経験があるが、原因究明や改善に数年かかっていた。宇宙関連のシステム開発などが専門の慶応義塾大学の神武直彦教授は、打ち上げ失敗の一報を受けて「長期にわたって打ち上がらないという状況は避けるべき。世界市場と戦うにはスピードが大切」とコメント。早急な対応を求めた。
ただその心配とは反対に、失敗後の現場では落胆よりも「なぜ失敗したのか」を言及する技術者が集まっていた。ホワイトボードには詳細な回路図や原因と考えられる項目などが書かれ、JAXAや三菱重工業をはじめとした企業の関係者が真剣に議論する姿があった。夜遅くまで話し合う日もあり、打ち上げから約1カ月後には2段エンジンに着火信号を出力後に過電流が発生し、電源供給を遮断したことを突き止めた。
ただ詳細な検証には半年以上の時間がかかり、技術者たちは苦しい夏を必死で乗り越えた。23年10月末には原因を点火プラグ内でのショート(短絡)と信号の増幅を行うトランジスタへの定格以上の電圧印加、推進系制御装置の部品故障の三つに絞った。これらすべてに対策し、原因を一つに絞らなかったことで早期の再打ち上げにつなげた。
H2Aから引き継いだ機器や部品への指摘もあり、不具合や個々の部品評価の確認、H3に耐性を有するか設計・検証の妥当性を調べた。宇宙放射線と重力環境変化などを研究し、政府の宇宙利用部会の委員も務める量子科学技術研究開発機構の柿沼志津子客員研究員は「これまで長期に使われてきたものへの考え方を見直すきっかけになった。ロケットだけではなく、モノづくりにも重要な視点だ」という。
H3の打ち上げ失敗から得られたものは多い。2号機の打ち上げにつなげた技術者の挑戦は、今後の日本の宇宙開発に必要な知見を生み出した。