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「H3」打ち上げ、静止軌道に衛星投入へ…世界に選ばれるロケットになれるか

「H3」打ち上げ、静止軌道に衛星投入へ…世界に選ばれるロケットになれるか

H3ロケット4号機は静止軌道に衛星を運ぶ

4号機、30日打ち上げ

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は三菱重工業と開発した新型の大型基幹ロケット「H3」4号機を30日に打ち上げる。同機には防衛省のXバンド防衛通信衛星「きらめき」3号を搭載。H3で初となる地球からの高度3万6000キロメートルに位置する静止軌道への衛星投入を実施する。また、将来的に活用を見込む静止軌道に衛星を投入する技術の実証を行う予定。H3の高度化を加速し、世界から選ばれるロケットを目指す。(飯田真美子)

長時間飛行技術、データ収集

H3ロケット4号機では、H3で初の静止軌道への衛星輸送を実施する。これまでの打ち上げでは、多くの地球観測衛星が周回する高度2000キロメートル以下の低軌道に衛星を投入してきた。今回衛星を投入する静止軌道は、投入した衛星が地球の自転と同じ速度で移動するため、特定の地域を24時間体制でカバーできるという利点がある。気象衛星「ひまわり」や日本版全地球測位システム(GPS)の準天頂衛星システム「みちびき」といった通信や気象観測を行う衛星が利用している。

※自社作成

静止軌道に衛星を投入するには、ロケットで「静止トランスファー軌道(GTO)」という軌道に入る必要がある。GTOは楕円の軌道を描いており、地球から近いところでは高度約200キロメートル、遠い場所では3万5000キロメートルになる。GTOまで衛星をH3の2段エンジンで投入した後にエンジンを停止して分離し、高度が高くなったところで静止軌道に移る仕組み。今回は、きらめき3号をGTOまで運ぶことが一番のミッションだ。

静止衛星の輸送に関してロケットの仕事はGTOに衛星を投入するまでであり、その後は衛星が自力で静止軌道まで飛行しなければならない。また赤道付近から見たGTOの傾きは0度であり、赤道から近いほど衛星を静止軌道に投入しやすいが、JAXA種子島宇宙センター(鹿児島県南種子町)は北緯30度であるため衛星を投入するGTOも約30度傾いている。傾いたGTOから静止軌道に衛星が自力で移るには燃料やエンジンを使いながら静止軌道を目指さなければならず、衛星の劣化につながる。

※自社作成

そこで衛星をGTOに投入した後もロケットの2段エンジンから分離せずに長時間飛行する技術「ロングコースト」を開発中。高度3万6000キロメートル付近に近づいた段階で2段エンジンを再々着火し、GTOの傾きを20度まで下げることで静止軌道により近い軌道まで衛星自身の燃料やエンジンを使わずに運べるようになる。

H3ロケット4号機の打ち上げでは、きらめき3号の分離後にロングコースト技術の実証に必要なデータを収集する。JAXAの有田誠プロジェクトマネージャは「チリ・サンチャゴ局を使って長時間飛行中の燃料タンクの温度や燃料となる液体水素の失われ方などを調べる」と説明。将来的に、ロングコースト技術はJAXAや総務省などが開発する技術試験衛星9号機(ETS―9)の打ち上げ時に実証する見込み。

ロングコースト技術は従来機「H2A」の高度化を目的に開発が始まり、H2A29号機で使われた実績もある。海外では米スペースXのロケット「ファルコン9」でも使われるようになっており、最近では欧州宇宙企業のアリアンスペースの新型の大型ロケット「アリアン6」にも導入する見込みだ。アリアンスペース東京事務所の高松聖司代表は「静止衛星を扱うユーザーからロングコースト技術の需要が高まっている」と強調する。H3にロングコースト技術を搭載できれば、日本だけでなく海外からの顧客獲得にもつながるかもしれない。

防衛省、3機体制確立へ Xバンドで円滑通信

Xバンド通信衛星「きらめき」のイメージ(防衛省提供)

日本の通信衛星の中でも、防衛省が所有する衛星は自衛隊が使うことが多く、用途によってXとKu、L、Kaという四つの周波数帯域(バンド)を使い分けている。H3ロケット4号機に載せる「きらめき」3号は、Xバンドという周波数帯域8ギガ―12ギガヘルツ(ギガは10億)を活用する通信衛星。地形によらず覆域が広い衛星通信と気象の影響を受けにくく安定な通信が可能という特徴があり、分散した自衛隊の部隊間での適時適切な通信に使われる。

具体的には、海外を含めた陸・海・空自衛隊の部隊運用での命令や調整などの円滑な情報通信や大容量の画像・映像データの伝送に利用する。機密情報をやりとりする安全保障の観点で重要な通信インフラであるため、衛星の大きさや質量といった詳細なスペックは公開されていない。

きらめき以前はスカパーJSATの通信衛星3機による通信サービスを利用していたが、設計寿命のため後継機を打ち上げて運用する必要があった。そこで防衛省が所有・運用する3機体制の通信衛星の開発に乗り出した。これまで2機のきらめきの打ち上げに成功し、今回で3機体制が確立する見込みだ。JAXAの山川宏理事長は「H3ロケット4号機の打ち上げ準備に注力し、きらめき3号機を確実に静止軌道に届ける」と意気込んだ。

インタビュー/2段エンジンを改良、JAXA H3プロジェクトマネージャ・有田誠氏

有田誠氏

JAXAの有田誠H3プロジェクトマネージャに、4号機打ち上げの狙いなどを聞いた。

―H3ロケット4号機ではロングコースト技術の実現に向けたデータ取得を行います。

「静止衛星は自身の位置を維持するために燃料を使うため、できるだけ静止軌道に衛星を投入するのに負荷をかけたくはない。ロングコースト技術が確立できれば衛星の燃料をあまり減らさずに軌道投入でき、顧客の需要増加につながると期待される」

―補助ロケットがなくメーンエンジン3基のみの「3―0形態」が2025年に打ち上げ予定です。

「3号機と同様で、今回の4号機でも3―0形態のカギとなる意図的にエンジンシステムの性能を下げるスロットリングを行う。静止衛星だけでなく小型衛星を低軌道に投入し、複数の衛星を地球の周囲に配置して活用する『衛星コンステレーション』の需要が高まっている。3―0形態が確立することで用途の幅が広がり、H3がこうした現状に対応できるようになる」

―他にH3の高度化に向けて取り組んでいることはありますか。

「現在、2段エンジンの改良に向けた検討を進めている。より強いエンジンで燃料を多く搭載でき、コストパフォーマンス良く運用可能なエンジンを目指している。どのようなカタチにするかをしっかり議論し、H3で実証しつつ将来の次期基幹ロケットに技術をつなげたい」

日刊工業新聞 2024年10月23日

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