【ディープテックを追え】希少疾患・骨肉腫を標的に、大学の創薬シーズの実用化に挑む
大学から生まれた創薬の種(シーズ)が、社会実装された例は非常に少ない。それは製薬企業が基礎研究の側面が強い技術を人に適応するが困難であるということの証左だ。患者数が少ない希少疾患になれば、経済的メリットの少なさも相まって新しい有効な治療法が生まれにくい。BFACT(ビーファクト、名古屋市西区)は新規患者の少ない骨肉腫をターゲットに治療薬の開発に挑む。
がん治療のブレイクスルー「免疫チェックポイント阻害薬」
近年、がん治療のブレイクスルーになったのは免疫チェックポイント阻害薬だ。がん細胞が免疫細胞に対して働きかけ、免疫細胞からの攻撃を阻止する際に働くブレーキ役の分子「免疫チェックポイント分子」と呼ぶ。免疫チェックポイント阻害薬は、このブレーキ役の分子の働きを阻害することで免疫力を活性化させ、がん細胞を攻撃できるようにする。この分子である「PD-1」を発見した京都大学高等研究院の特別教授の本庶佑氏らは、2018年にノーベル生理学医学賞を授与した。
とはいえ、全てのがんに免疫チェックポイント阻害薬が効果を発揮する訳ではない。骨肉腫もその一つだ。
課題は再発時の治療法
一般的に骨肉腫の治療は抗がん剤などの化学療法と外科手術を組み合わせる。課題は再発した骨肉腫の標準治療法が確立されていないことだ。再発した骨肉腫患者の5年後生存率は約30%未満といわれる。江崎寛季最高経営責任者(CEO)は「若年層の発症が多い骨肉腫に治療方法の選択肢を増やしたい」と話す。同社は抗体薬物複合体(ADC)という技術を使って治療することを目指す。
ADCはたんぱく質の抗体に、強烈な抗がん剤である「ペイロード」を結合させたもの。標的特異性の高い抗体を“運び屋”にして、活性の強い薬を標的細胞に直接届けることで、高い効果と副作用の低減を狙う。骨肉腫細胞の細胞膜表面分子とADCが結合することで細胞内に取り込まれる。細胞内でペイロードが切り離されることで、薬効を発揮する。
現在は副作用が低かったり、薬効の効率を高めるADCの組み合わせを研究する。人への臨床などを経て、29年の承認を目標にする。そのために「資金調達や人材、人でのデータなど、複数の項目で前に進めたい」(江崎CEO)と話す。
「自分の人生をかけてやりたい」
現在も名古屋大学特任助教授を兼任する江崎CEO。元々は「アカデミアの研究者になろう」と思っていたが、大学の技術と社会実装をつなぎたいと二足のわらじの道を選んだ。希少疾患のように開発が難しく、市場規模の小さな領域にメガファーマーは参入しづらい。江崎CEOは「我々の技術が骨肉腫の薬として必ず承認されるとは約束できない」としたうえで、「大学の基礎研究と産業化のギャップを埋めるという信念は、自分の人生をかけてやりたい」と力を込める。
日本に比べ、創薬スタートアップの環境面が整備されている米国。新規上場(IPO)やM&A(合併・買収)以外でも、米国食品医薬品局(FDA)が発行する「優先審査バウチャー」を売却することで資金調達できる。また、人材面の流動性が高く、研究者が大学やスタートアップを行き来することも特徴に挙げられる。日本にも研究機関の技術が社会実装につながる、資金や人材のエコシステム構築が必要だ。
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