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【ディープテックを追え】水で進む衛星エンジン、宇宙の「持続可能」な開発を狙う

#66 Pale Blue

通信事業などを目的に、企業の小型人工衛星打ち上げが活発化してきた。ただ打ち上げ数が増えるにつれ、課題も増えてきた。有毒な推進剤を使用したり、役割を終えた衛星の宇宙デブリ除去といった環境問題だ。東京大学発スタートアップのPale Blue(ペールブルー、千葉県柏市)は水を推進剤にする衛星エンジンを開発。「持続可能」な宇宙開発に向け、事業展開を狙う。

研究室がスピンアウト

浅川代表

ペールブルーは水を使った衛星エンジンを研究する東大、小泉宏之准教授の研究室の研究者が立ち上げた。研究室が“スピンアウト”した珍しいスタートアップだ。起業経緯について浅川純代表は「水エンジンの社会実装には起業しか選択肢がなかった」と振り返る。

研究室では衛星エンジンのプラズマ部分の基礎研究をしていた。ただ、社会実装には電気系統や制御など研究分野以外の知見が必要だった。また宇宙産業の市場規模は小さく、大手企業が新しい技術を実装するメリットにかける。このギャップを埋めることこそ重要だと考えた。「既存のプレーヤーができないなら、自分たちでやる」と、研究室のメンバーとともに決意を固めた。幸いにもアクセルスペース(東京都中央区)などの宇宙スタートアップが成果を出してきたことも背中を押した。

拡大が続く宇宙市場

世界の宇宙市場は2040年に約120兆円以上になると予想される。特に近年、打ち上げ数が増えているのが小型衛星だ。重量が数百キログラム以下の小型衛星は、従来の数トン級の大型衛星に比べて製造コストを減らせる。低コストな小型衛星の開発によって複数の衛星が協同動作し、システムを構築する「衛星コンステレーション」が可能になった。米スペースXや英ワンウェブなどは衛星コンステレーションを使い、情報通信サービスの提供を計画する。国も人工衛星で取得したデータ利用の促進を促す。政府の衛星データプラットフォーム「テルース」を利用し、小型衛星画像の歪みを補正して、他の衛星データと重ね合わせて利用できるデータ基盤を構築する。

小型衛星に搭載できるエンジンを開発

ただ、同時に課題もある。大型衛星とは違い小型衛星は機体が小さいため、エンジンの搭載が難しかった。そのため打ち上げ後の軌道修正などが困難だった。また、現在の衛星用推進剤はキセノンやヒドラジンなどのコストが高かったり、環境に悪影響があるものが使われる。ペールブルーは小型衛星に搭載できるエンジンを開発する。推進剤を水にすることで安全性を高めつつ、調達コストを下げる。

水蒸気エンジン(同社提供)

今は約10センチメートル四方の3種類のエンジンを開発する。一つが水蒸気で推進力を得るエンジンだ。電力使用の制限がある小型衛星を考慮し、20度Cから30度Cという低温で沸騰させる。周りの気圧が低いと沸点が下がる原理を使い、真空状態で水を加熱し、水蒸気を発生させる。省エネルギーかつ高温で加熱する必要が無いため、即応性にも強みがある。

イオンで推進力を得る様子(同社提供)

もう一つはプラズマ技術を応用したエンジンだ。磁石にマイクロ波を加えて、水蒸気のプラズマを作る。そこにできたイオンを噴出することで推進力を得る。プラズマは内部部品がさびるため、衛星向けのエンジンでの実装が難しかった。東大で研究されてきたキセノンでの成果をもとに水で適応できるようにした。理論値では水はキセノンの3分の1の燃費を出せるとして、今後も性能向上の研究を進める。

水蒸気エンジンは短時間で大きな推進力を得ることができるが、プラズマエンジンには燃費で劣る。対して、プラズマエンジンは推進力には劣るが、燃費に優れる。

ハイブリッドエンジン(同社提供)

同社はこの二つのエンジンの良さを組み合わせたハイブリッドエンジンも開発する。推進力を得たい場面は水蒸気エンジンの機能、燃費を重視する場面はプラズマエンジンの機能といった使い分けを想定する。浅川代表は「小型衛星は重量や大きさがさまざまだ。そのうえ達成したいニーズも多様だ。顧客の要望に応えられるように3種類のエンジンを提供している」と説明する。

これらのエンジンを小型人工衛星に搭載することで、さまざまな動作を行えるようにする。例えば軌道上から外れた衛星をエンジンの推進力を使って、もとの軌道に戻す。そのほかにも役割を終えた衛星を軌道上から離脱させ、宇宙デブリになることを防ぐ。

ハイブリッドエンジン(同社提供)

同社は水を燃料にすることに加えて、衛星の寿命を伸ばすことで持続可能性を訴求したい考えだ。22年中には宇宙航空研究開発機構(JAXA)の実証プロジェクトでハイブリッドエンジンを宇宙に打ち上げる予定。搭載する小型衛星の大きさに合わせて、エンジンのサイズを選べるよう開発も続ける。

浅川代表は「将来はエンジンの製造販売だけでなく、エンジン内の燃料補給や宇宙での輸送サービスも手がけたい」と展望を話す。そのためにはエンジンの導入数を増やすことが重要だ。5年後には年間100台の生産販売を目指す。

今後は量産設計の確立

いまだに衛星などの宇宙製品はいわゆる「一点もの」の側面が大きい。自動化による生産ノウハウの蓄積が乏しく、工業化によるコストダウンは普及に向けて重要だ。また量産ノウハウが乏しいため、製品ごとのわずかな個体差が生じるなど性能の不安定さの懸念も残る。宇宙スタートアップは機能の向上や安定に加え、量産技術の確立も見据える必要がある。浅川代表も「まだ安定して量産できる設計ではない」と現状を話す。今後はより量産を意識した設計にしていくとしている。宇宙スタートアップの企業数増加にはリスクマネー供給に加え、量産技術の確立が重要だ。製造業がこれまで培った製造ノウハウを応用する協業も、宇宙ビジネスの進展に必要だ。

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小林健人
小林健人 KobayashiKento 経済部 記者
宇宙においては小型衛星に加え、惑星探索や実験なども民間による活動が進みそうです。今後はよりミッションが高度化することが予想されます。それに併せて、宇宙機器の制御や耐久は厳しくなるのではないでしょうか。その未来を見据えると、機器の個体差などを無くし、動作の安定性も重要な項目になります。

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