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【ディープテックを追え】陽子線治療、装置小型化で普及を目指す

#26 ビードットメディカル

「この装置では、陽子線治療は普及しないだろうな」。2010年、放射線医学総合研究所(現量子科学技術研究開発機構)の研究者だった医療機器スタートアップのビードットメディカル(東京都江戸川区)、古川卓司社長は当時の研究成果を振り返る。

当時、陽子線治療は日本とドイツが技術確立のしのぎを削っていた。研究体制は放医研が基礎技術を、日立製作所東芝などの重電メーカーが製造を担う「産官連携」だ。そうして製造されたのが、高さ10メートル、重さにして200トンにもなる巨大な装置だ。

各国の研究機関から「放医研と同じ装置がほしい」と言われるたびに、「共同開発した製品を紹介した」(古川社長)。ただ、同時に巨大な装置を使う医師やユーザーの使いやすくない製品を見るたびに、「技術が良くてもユーザーのためにならない製品は淘汰されるのではないだろうか」という思いも抱えていた。

「なら、自分たちで最高の装置を作ろう」。重電メーカーの巨人たちがひしめく医療機器業界に挑む決意を固めた。

陽子線治療とは?

陽子線治療は陽子を加速させて体に当てるがん治療の一種。特徴は、主流のX線治療に比べ、よりがん病巣へダメージを与えつつ、その他の臓器への悪影響を抑えられる点だ。

X線は体の表面で最もがんを死滅させる線量が高く、体内に進むたびに線量が低下する。そのため、がん病巣の前にある臓器にも強い線量が当たってしまい、正常な細胞もダメージを受けてしまう。

陽子線では体内の表面では線量が上がらず、動きが停止する瞬間に線量が高くなる「ブラッグ・ピーク」という特性を持つ。この特性を利用し、がんの深さや大きさに合わせて陽子線を照射する位置を調整しピンポイントでがんにダメージを与えられる。

通常、放射線によるがん治療は何日かに分け、照射する。正常な細胞へのダメージを防ぐことができれば、体の回復を早め、仕事をしながら治療を続けることが容易になる。

X線よりも効果が高い陽子線だが、課題もある。装置が高額なため、治療提供している病院が少ない点だ。

ビードットメディカルはこれまでの装置よりも、大きさを3分の1、重さで10分の1の小型陽子線装置を開発することで、この課題を解決することを目指す。

模型を前に装置の説明をする古川社長

小型化で低価格を実現

低価格で提供するカギは陽子線を照射する「回転ガントリー」を採用しないところにある。回転ガントリーは任意の方向から陽子線を患者に照射する機器のこと。巨大な電磁石を回転させ、360度の方向からミリ単位で照射位置を調整するため、重さで数百トンもする装置になっていた。

同社は回転ガントリーの代わりに、特殊な電磁石をコントロールすることで小型化する。 電磁石は金属などを冷却することで、電気抵抗を0にする「超電導」を活用する。電気抵抗を無くすことで、大電流を流し強力な磁場を作り出す。この磁場を使い、陽子線を最適に振り分ける。

 

患者の呼吸で動いてしまう臓器にスキャニングしながら照射する「呼吸同期スキャニング照射」も搭載する。同社はX線治療室に収まる高さ4メートルの治療装置の開発を目指す。

21年には実証へ

古川社長

21年12月には装置の実証検査を実施する。22年には装置を使い、患者への治療と量産を視野に入れる。古川社長は「現時点でも、仮注文は5件ほどある。小型化を訴求できれば、既存のX装置との入れ替え需要も狙える」と自信を見せる。価格は施工費を含み25億円と、既存製品の半額ほどに抑える予定。

また、陽子線治療は照射位置をミリ単位で調整する必要があり、運用の効率が悪い。同社は患者の身長や体重、疾患の箇所などから、おおよその照射時間を予測する人工知能(AI)の開発も目指す。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援事業にも採択されており、国立成育医療研究センターと共同で研究する。運用をスムーズにすることで診察回数を増やし、病院の収益性を向上させる。

古川社長は「試作品を1台作るのに莫大な資金が必要なのが難点だ」と話すように、スタートアップが医療機器を製造するハードルは高い。それでも、23年ごろの海外展開と25年には売上200億円を目標に掲げる。早い段階での実用化で他社に先行できるかに注目だ。

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ニュースイッチオリジナル
小林健人
小林健人 KobayashiKento 経済部 記者
陽子線治療装置は競合も多いですが、市場も大きい領域です。同社においては早くに海外展開できるかも重要になりそうです。

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