【ディープテックを追え】スペクトルで病害発見!農作物を守る
1957年にソビエト連邦(現ロシア)が世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功してから、64年が経過した。そこから、人類は数多くの人工衛星を打ち上げ、近年は企業自ら小型衛星を打ち上げることも珍しくない。そんな中、衛星から得られたデータを無料で開示する流れも進んでいる。
「データを無料で見られるなら、後はどう使うかのアイデア勝負」。こう語るのは、ポーラスター・スペース(東京都中央区)の中村隆洋社長。衛星データから、農作物の異常を検出する事業を目指す同社に話を聞いた。
波長の多さが特徴
ポーラスター・スペースは特定の波長を撮影できる、液晶波長可変フィルター(LCTF)カメラによる高精度なスペクトル計測データの取得と、その分析を手がけている。
スペクトル計測とは、通常のカメラのような視覚情報に加え、波長情報を取得する計測のこと。これによって、肉眼では見分けがつかない物体の微妙な変化を捉えることができる。
同社が使用するLCTFカメラは北海道大学などの研究によって生まれた。このカメラの特徴は、広く使われているカメラよりも多くの波長を得ることができる点だ。現在普及するカメラは、3から5つの波長の組み合わせからスペクトル計測を行う。それに対し、同社のカメラでは「500くらいの波長から計測を行える」(中村社長)という。
同社では地表からの距離に応じて、計測するツールを使い分ける。地表から近い場所では、スマートフォン一体型の分光器を使い、農作物の生育状態を計る。一方、地表から距離のある物体には飛行ロボット(ドローン)や小型衛星に取り付けたLCTFカメラを用いて計測する。これらのツールを組み合わせることで、より高精度に作物の状態のデータを把握することができる。また、小型衛星を活用も進めている。将来的には小型衛星で病害が発生している部分をおおまかに絞り込み、ドローンやスマートフォン分光器で場所を特定するシームレスな計測を掲げる。この技術を応用し、取り組んでいるのが作物の病害を離れた場所から早期発見するリモートセンシング事業だ。
4万ヘクタールの農園で実証
マレーシアのパーム油農園。1区画がおおよそ東京都の1/5にあたる4万ヘクタールを誇る広大な農園だ。北海道大学などと行った実証実験では、ドローンから病害に冒されたパーム油の樹木の検出に成功した。これまでは病害を受けた樹木がないか、人間の足で探していたが、計測データを用いて異常を早期発見できる道筋がついた。同社はマレーシアで本格的な実証を開始し、年内の事業化を予定している。
実際、パーム油の生産量は2000年代前半から、3倍近くにまで増加している。さらに、実証地のマレーシアやインドネシアは生産量の85%を占める。今後バイオマス燃料の活用が進めば、さらなる生産量の増加が予想される。中村社長は「スペクトル計測による病害の判断が普及すれば、現在の非効率な生産を改善できる」と自信をのぞかせる。
将来的には「地球規模のデータベースを」
今後はパーム油以外の作物でも実証を行い、「地球規模のデータベースを作りたい」(中村社長)と話す。また、データベースの作成に並行して、分析手法を確立することを目指す。将来的に普及が進めば、小規模な生産者にも利用を加速させる計画だ。中村社長は「小規模でも高付加価値な作物であれば、導入する価値はある」と予想する。天気予報のように生産者がより良い作物を作るために同社のデータが活用される未来像を思い描く。「宇宙開発はただ衛星を打ち上げて、終わりではなく、人が便利になるように活用されなくてはいけない」。衛星データ活用の開拓者として創意工夫を続けている。
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