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【ディープテックを追え】「誰もが安心して眠れる社会を」。ユーザーに向き合うスリープテック

#5 ニューロスペース

「今日寝てないわ」、あなたも「睡眠不足」自慢をしてしまったことがあるのではないだろうか。事実、OECDの2018年の調査では、調査国の中で最下位の7時間22分。厚生労働省の健康実態調査でも睡眠時間が減少傾向にあることが見受けられる。

だが、睡眠不足は自慢できるものではなく、大きな弊害をもたらす。健康に悪影響をもたらすだけではなく、就業中の生産性も低下することは想像に難くない。今回はこの睡眠課題の解決に取り組む企業にスポットを当てる。

プレイヤー増加。それでも、継続率に課題

ニューロスペース(東京都墨田区)はデータから、最適な眠りをアドバイスするスリープテックベンチャーだ。中学生の時から悩みを抱えていたという小林孝徳社長が、「事業を通じて、人の睡眠の課題を根本から解決する」ことを掲げ、起業した。

ユーザーの睡眠診断には、自分自身の眠りについてのアンケートと、センサーを内蔵したIoTデバイスから得られる睡眠データを組み合わせて測定する。同社の強みは眠りを分析し、アドバイスを指南する機能だ。ユーザーは同社のアプリから、診断結果とアドバイスを気軽に確認できる。企業向けのサービス「lee BIZ」は、これまでに大手企業を中心に30社以上、2000人ほどに睡眠改善サービスを提供した。利用した企業の従業員からは「睡眠の質が向上し、生活が良質なものになった」といった声が寄せられているという。

同社は並行して、B to B to Cサービスも展開してきた。日野自動車の眠気感知アプリやANAの時差ボケ防止アプリなどへの技術協力の実績もある。しかし、このサービスには「大きな欠点」があったという。それはユーザーの継続率だ。同社によると、継続率はおよそ1割だという。

同時期には大小様々なプレイヤーが参入していた。寝具メーカーや、スマートウォッチを用いるサービス、IoTデバイスを備えたスマートホームを売りにした住宅メーカーなどがスリープテックに参入。睡眠を可視化し、良質なものに改善する支援サービスが立ち上がろうとしていた。しかし、プレイヤーの増加に対して、ユーザーへの浸透は進んでいない。小林社長は「そもそもユーザー自身が眠りの課題を認識していないのではないか」と分析する。また、「センサーなどの仕組みで可視化されても、睡眠の課題は1人で取り組むには適していない」とも話す。

ニューロスペースが使う睡眠計測機器

原点回帰

継続率の向上というミッションに同社が取ったのは、起業の原点である企業向け研修への注力だ。課題を1人で取り組むのではなく、チームで共有することで乗り越える仕組み作りを強化した。同社は3カ月に1度のペースでワークショップを実施。導入企業の従業員同士で、自身の睡眠の課題や悩みを共有した。小林社長は「自分だけが持っている悩みではないという気づきを与えることができた」と効果を口にする。同社は企業研修を強化すると共に、利用継続率を向上させる点を探り、B to B to Cへの再強化も視野に入れる。だが、「あくまで広げすぎず、根本的な課題にアプローチしていく」と強調する。

小林社長

昨今の健康経営の流れもあり、企業が従業員に睡眠教育を行うニーズは高い。効果を期待するのは生産性の向上だ。睡眠不足が就業中のパフォーマンスを低下させることは疑いようがない。もはや、従業員の健康は働き方改革の一部といってもいいだろう。

ただ、「管理」にまで踏み込む企業は多くない。小林社長は「睡眠は従業員のプライベートという意識が残っている」と指摘する。企業が睡眠を管理しないからこそ、同社は従業員への意識改革を通じ、自ら管理することを最も重要視している。

「よく眠れているか?」。これを職場での会話の話題として定着させたい。小林社長はこう将来像を語る。睡眠を改善できれば、パワハラやセクハラなどの人間関係を解決できると考えるからだ。誰もが安心して眠れる時代の到来を夢見て、同社は今も奮闘している。

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小林健人
小林健人 KobayashiKento 経済部 記者
近頃、睡眠の質を高めることこそ生産性の向上に繋がるという主張を耳にすることが多くなりました。実際、人は1日の3分1は睡眠に使っていますし、活力を維持するには眠りは重要です。ただ、人間、忙しくなると真っ先に削りたくなるのが睡眠。大事だとわかってはいるが、軽視してしまう。ここの意識を変えていけるかが、スリープテック普及にとって重要になるかと思います。

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