『夫のちんぽが入らない』覆面作家・こだま、“低温と笑い”でトラブルに挑む

倒れない力 #2 主婦/作家 こだま

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自身の悩みやダメな部分を低い温度で率直に綴りながらも、ユーモアあふれる表現が読む人を引き付ける、主婦/作家のこだまさんのエッセイ。前向きとは言い切れない姿勢ながらも、困難に挫けず進んでいく姿は多くの共感を集めている。自身も書くことで変わってきたという。(取材・昆梓紗)

エッセイはトラブルと戦った記録

―エッセイ『いまだ、おしまいの地』では、前作に続き苦悩やトラブルなどをテーマにしたエピソードが多く収録されています。ただ、読んでみると不思議と暗さは感じません。困難を書くとき、どういった角度で書くようにしていますか。
 なぜかトラブルに遭いやすい性格で…。ただただ「嫌だな~」と思ってきたのですが、執筆活動を始めてからは、「嫌なことを絶対乗り越えて書いてやろう」という気持ちになりました。嫌なことも全部文章にしようと思えたら、頑張れるし、この話を書いているときは嫌な状況はもう脱出しているだろうと思える。ゴールが見えているというか。
 例えば、臭い家(※1)の時は、どうやったらこの臭さと共存できるかという実験のような感じで、大量の消臭剤を買ってきて撒くなどしました。嫌なことがあった時にいろいろな方法を試して、その結果をちゃんとエッセイにしよう、と思っています。
 でも解決しないことも多くて。それでも「何も解決しなかった」ということをエッセイにしています。負けたけど、戦えるだけ戦った、という記録です。

―一番大きな戦いだったのは。
 入院して大きな手術をした時(1作目)です。手術をした後ベッドに磔にされて…。その時でも手元にメモ帳を置いて看護婦さんや医師との会話、体調、他の入院患者の様子などの日記をつけました。退院したらこの話をブログに書こうと。それで辛いけど乗り越えられるだろうなという見通しが立った感じがしました。そういう経験を積んでいくと、あまりトラブルも怖くなくなってきましたね。

―書くことが困難を乗り越える力になっているのですね。
 子どもの頃から、言いたいことを胸にためてしまうタイプでした。20代半ばに心を病んで教師を辞めてからブログを始め、書くことで気持ちを少しずつ外に出していけばいいんだと気が付き、楽になっていきました。
 また、ブログに反応がすごく来るようになって。どこかで読んでくれる人がいるだけで、もっと張り切って書くようになりました。自分としては迷いや悩み、失敗をひたすら垂れ流している状態だったんですけど、その姿が読んでいる人からは滑稽に映っていたらしくて。それまでは失敗を隠す性格だったのですが、文章で書くことで、共感してもらえたり、笑い飛ばしたりしてくれるのだと気が付きました。

―自身の失敗やダメな部分をそのまま書く、ということは勇気がいるように思います。
 誇張せず、そのままを書こうと心掛けています。他人が読んでいて、よくできたこと、楽しかったことより、失敗の方が面白いんじゃないかと思っていて(笑)
 書いていても、いいことの方が恥ずかしくなってきてしまって、ダメなことの方が楽な気持ちで書けます。

『いまだ、おしまいの地』とこだまさん

新しいことを恐れなくなった

―1作目から2作目の間で苦悩があったそうですね。
 前作で賞をもらった後、「書きたいことはだいたい書いてしまったし、これから先どういうテーマが書けるのだろう」という悩みがありました。そんな時、担当編集の続木さんが、「どんどん外に出て、経験していないことをするのがいいのでは」と勧めてくれ、積極的に行動するようになりました。すると、今までにない感情が生まれ、それが2作目に活かされています。

―今までにない感情とは。
 例えば、興味のあったペン字の習い事では、見学に行ったら高齢の方ばかりで。気まずくて通うのをやめようかと思ったのですが、「おばあちゃんたちの中で活動している自分」を想像したら、ちょっと面白いな、となって通うことにしました。これもエッセイを書いてなかったらきっと通うのをやめていたと思います。

―2作目ではトラブルに慣れた感じも受けました。
 交通事故に遭ったり、旅行では予約した宿を間違えたりといった酷いことがたくさん起きているんですが、あまり暗く落ち込むこともなく淡々と対処できるようになってきました。
 その過程で私がうつ病だったこともわかりましたが、「判明してよかったな」と捉えられるようになりました。病気と分かるまではなぜ毎日苦しいのか分からなかったので、はっきりしてよかったです。

―うつ病と診断された時のことについても、「医者の『自己免疫由来のうつ』という言い方も『植物由来の乳酸菌』みたいで好感が持てた」(※2)と書いていて、つい笑ってしまいました。
 うつの話というと、重く暗くなってしまうと思いました。そういう文章があまり好きではないので。暗いものと明るいものが混合しているようなエッセイにしたくて、暗い話題の時はその時起きた明るいことを取り入れるようにしています。
 向田邦子、松尾スズキ、末井昭、さくらももこなど、暗い背景がありながらも、文体が明るかったり、妙に楽天的なところがあったりするエッセイが好きで、その影響があるかもしれません。

こだまさん(下段)、担当編集者の太田出版続木さん(上段左)(取材はオンラインにて行った)

そういう人間だと思われていいや

―作家活動の影響を受けて、日常生活も変わってきましたか。
 どんどん(本名の方での)性格が変わってきていると思います。
 もともと、日常生活ではちゃんとしようという気持ちが強くて、口を開くとダメな部分が駄々洩れしそうなのですごく静かに生活しています。でも、ネットや作家活動ではダメな部分を話す方が楽で。別人格のようなところがあります。

―最近変わったなと感じた出来事は。
 習い事で、私だけいつも宿題ができないんです。ちゃんとやろう、と思ってもなぜかできなくて。それを続けているうちに、周りのおばあちゃんたちに「この子は宿題を何もやらない子」という印象がつき、そこから楽になりました。宿題をやらなきゃというプレッシャーが強すぎて習い事を休むこともあったのですが、そういう印象がついてからは平然と出席できるようになりました。そのまま宿題はやらずに(笑)
 執筆活動でダメな部分をありのままに書いてきた積み重ねが日常生活にも作用したのか、いろいろなことにびくびくしなくなってきました。そういう人間だと思われていいや、と。

―読者からの反応は。
 最近だと、コロナ禍もあって自分も日記をつけはじめたという感想をくださる方が何人もいました。先行きが見えなくて不安な日々を書いてみたいという意識があるのかもしれません。うつ病の方からも、日記をはじめて気持ちが楽になってきたという感想がきました。誰かの生活を変えようと思って書いたものではなかったのですが、結果的に自分のこととして読んでくださる読者の方が多くて嬉しかったです。私と同じように内向的な方から感想をいただくことが多くて。そういう自分を恥ずかしがっていたけれど、これも笑い話の一つとして頑張っていきますとか。

―今後挑戦してみたい内容やジャンルはありますか。
 (著作では)エッセイが一番好きです。変に力を入れずに書けるので。変わった生活や経験をして、それをレポートのように書いてみたいです。また、旅が好きなので旅のエッセイを書き溜めています。
 また、次作は支援施設で働いていた時に出会った子をモデルにした小説を考えています。障害を持つことは一見かわいそうに見えるかもしれませんが、その子は天真爛漫でなんにでもぶつかって、自由に生きていました。それを何とか書きたいです。

主婦。2017年1月、実話をもとにした私小説『夫のちんぽが入らない』でデビュー。たちまちベストセラーとなり、「Yahoo! 検索大賞2017」(小説部門)受賞。同作は漫画化(ヤンマガKCより発売中)、連続ドラマ化(2019年Netflix・FODで配信)された。本作は二作目のエッセイで第34回講談社エッセイ賞受賞。

(※1)『ここは、おしまいの地』に収録されている「春の便り」。便槽のにおいが充満する「くせえ家」と戦った話。
 (※2)『いまだ、おしまいの地』に収録されている「おそろい」より。

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COMMENT

昆梓紗
デジタルメディア局DX編集部
記者

この企画名を、あえて「乗り越える力」ではなく、「倒れない力」としました。困難に直面したとき、「乗り越える」という言い方がしっくりこないことも多いと思ったからです。こだまさんの著書は、困難に直面した時の対応が独特だと感じます。読むたび、打ち破る、乗り越える、みたいな力強さだけじゃなくていいんだ、と気付かされます。個人的には「倒れない」がしっくりくる作家のひとりだと感じています。

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