お金を稼げない男は“ヒモ”なのか?山崎ナオコーラさんが語る「小さな経済」

山崎ナオコーラさんインタビュー

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お金を稼げない、経済力のない男は「ヒモ」?―そんな風潮に腹が立ったと語る山崎ナオコーラさん。2019年12月に発売した『リボンの男』は、結婚し子育てのために主夫となった主人公が、生活の中でお金や世界との関わり方を考えていく小説です。また、性差別、容姿差別について書いたエッセイ『ブスの自信の持ち方』(同年7月発売)では、誰にでも分かりやすい表現と内容で多くの共感を呼びました。
 「ブス」と「ヒモ」、一見関係ないようですが、山崎さんは「経済差別と性差別は密接に関係していると考えるようになった」と話します。

ヒモじゃなくリボン

―『リボンの男』着想のきっかけを教えてください。
 『リボンの男』というタイトルはずっと温めてきたものです。
 「ヒモ」という蔑称をネットなどでよく見かけていました。もとは「女性からお金をもらって働かないで遊んでいる男」という意味で使われていたと思うのですが、今は経済力のない男を侮蔑するために使われているシーンが多いと思います。でも女性に対してヒモに代わるような言葉ってあまりないですよね。男は経済力があって当然だという、いわば男性への性差別だと思うんです。それに対し腹が立っていたので、「ヒモ」に代わる新しい名称を作りたいと思い「リボンの男」という小説になりました。
 前作のエッセイ『ブスの自信の持ち方』と合わせて考えると、女性は美人で男性は経済力が高い、というのが長所として捉えられがちです。
例えばものすごく経済力のある女性でも、容姿が劣っていれば貶められることも多いですが、男性で同様なことがあっても貶められることは少ない。逆に容姿が優れていても経済力のない男性は貶められますし、経済力のない男性との結婚を良しとしない風潮があります。この性差別に関するエッセイや小説を書きたいという思いがありました。

―小説の中では当たり前となってきた男女の「結婚して仕事を辞めて主婦になる」「大黒柱として家を支える」という役割を逆転させたことで、シンプルに違和感が見えてきます。
 「主夫」という単語も、小説を書いているうちにだんだん違和感を覚えるようになりました。「看護婦」「保母」に代わって「看護師」「保育士」と言われるようになっていますよね。数十年後には主夫、主婦も統一される言葉がいずれ出てくるし、仕事として尊敬されるような名称も生まれるんじゃないかと思うようになりました。

―『リボンの男』は経済小説だとしています。
お金について考えはじめたきっかけとしては、私自身の経済力がなくなってきたことがあります。本がたくさん売れていた頃は自分の経済力に自信を持っていたのですが、結婚した頃から収入に陰りが見えはじめました。夫は書店員で、それ自体は素晴らしい仕事なのですが、収入は少ない。そうなると、お金のことをすごく考えるようになりましたし、悔しい。この生活だから見えてくることを書いて革命を起こしたいという思いがありました。

主夫(婦)は経済活動から離れているのか

―主夫の「時給」はマイナスなのか、と考え続ける主人公の姿を通して、お金をたくさん稼ぐだけが経済活動なのか、と考えさせられました。
 社会的にも「お金をたくさん稼ぐことだけが良いのか」という風潮になってきましたね。ブラック企業批判や働き方改革、「いい仕事をするためにプライベートも充実させる」という考え方が広まったことで長期休暇も取得しやすくなってきています。「この1時間の働きでこの給料」という考え方が合わなくなってきたように感じます。
 またキャッシュレスの浸透も大きな変化です。小説では川に落ちた百円玉を探すシーンが出てきますが、数年後には硬貨やお札を触ったことのない子どもが増えて、ピンとこない行動になっているかも。お金というと数値のきちっとしたイメージですが、実はもっとぼんやりしたものなのかも。
 「バタフライエフェクト」という言葉がありますが、口コミやSNSの投稿でモノが爆発的に売れる現象が起きています。そう考えると、雑談やSNSのつぶやきも経済活動かもしれません。特に今の時代は数字できちっと考えるよりも、ぼんやりと把握する経済というものが重要になってくる時代なので、文学や小説としてもやるべき仕事があると考えています。

―主婦(主夫)は経済活動からは離れていると考えられがちです。
 主婦(主夫)の労働を年収に換算するというのをよく見かけます。でも主婦は稼いでいるパートナーからお金をもらって生活しているだけではないし、パートナーに雇われているわけでもありません。なので、主婦の仕事を年収に換算してその分の給料を払え、というのも微妙にずれている気がします。
 私自身が主婦の方々と接する機会が増えて知ったのですが、皆さん意外と自分の家だけじゃなく地域や社会のことを考えている。実際にやっている仕事は家の中で収まることが多いのかもしれませんが、それも回りまわって世界を変えていく可能性があるし、経済活動でもあると思うんです。実は世界を変えるような活動を行っているかもしれない。例えば雑談やつぶやきで海洋プラスチックや温暖化の問題が変わるかもしれないし。

―小説の中でも、海洋プラスチックの問題を気にしたり、地域の自然環境や外来種などについて考えたりするシーンが登場します。小さな世界を突き詰めているはずの主夫の生活が大きな世界と繋がっていることを感じました。
 小さい世界を突き詰めると大きい世界につながる、というのは強く思っていることです。仕事には広い世界に向かっていくものと、小さい世界に向かっていくもの2種類があると思っています。小さい世界に向かって行って細かく分類したり、突き詰めたりすることで、社会が発展したり、お金がもらえたり、人の心が動いたりということがたくさん起こっていて、それも経済活動だと思います。
 それを描きたいと思った理由は、私自身が自分の世界が小さいことにあります。同世代の作家は世界中で仕事をしたり翻訳をしたりと広い世界で活躍していて、それを見ていると悔しいですし、自分の世界が小さすぎることへの不安や焦りが生まれてきました。
 また現在0歳の子どもがいるのでさらに外出機会も減り、生産性がない時間を過ごしている…と落ち込むこともあって。小説では主人公が主夫の働きを時給換算するシーンが度々出てきますが、私自身の姿に重なります。
 そういった小さな世界にいる焦燥感の中でも、革命を起こしたいという意識はずっとありました。同世代が広い世界に向かっている一方で、私はどんどん小さな世界を突き詰めて、逆に大きなことにつながってやろう考え、今回の小説になりました。

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