感染者との接触通知も…打倒コロナへデータ活用は救世主か
新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するためのデータ活用が加速している。政府は民間団体と共同で感染者と接触した可能性が分かるスマートフォンアプリ(コンタクト・トレーシング・アプリ)について5月初めにも無料で配信する。アプリを導入した近くのスマホ同士が無線通信を通して自動で認識し合い、それぞれの端末が互いを識別する暗号情報を記録する。感染者が発覚すると、感染者のスマホのデータを基に通知する。
ITプラットフォーマーや携帯事業者の間では政府の要請などに基づき個人の位置情報などを分析した統計データを提供する動きが広がる。ヤフーは厚生労働省と協定を締結し、感染者集団(クラスター)の発生が疑われる地域の推定に取り組み始めた。自治体には外出自粛要請の効果測定などができるサービスを無償で提供している。NTTドコモも人口変動分析データを公開している。
一方、位置情報などの個人データの活用にはプライバシー保護が欠かせない。この緊急事態にデータ活用はどうあるべきか、個人情報保護やデータ活用の専門家たちに聞いた。(取材・葭本隆太)
■データを活用しないリスクもある
「(新型コロナ感染拡大の抑制に)非常に有力な方法だ。ただ、個人情報の漏洩があってはならない」。内閣府の竹本直一科学技術担当相は、コンタクト・トレーシング・アプリの導入についてそう説明する。
同アプリは実証実験を経た上で、日本政府の承認アプリとして配信される見込みだ。アプリを導入した人同士が一定の距離で一定時間過ごすと、近距離無線通信「Bluetooth(ブルートゥース)」を通して相手を識別する暗号化された情報が互いのスマホに記録される。感染者が陽性判定を受けた場合にアプリを通して感染情報を流すと、過去に近くにいた記録が端末にある人に通知される。
プライバシー保護のため、感染者は匿名化し、具体的な日時や場所も伏せて通知する。「あなたは最近1週間の間に感染者と濃厚接触した可能性があります」といったメッセージを送る仕組みを検討している。
こうした仕組みの導入について個人情報保護に詳しい識者はどう捉えているのか。憲法学が専門の慶應義塾大学法科大学院の山本龍彦教授は「個人情報が必要な場合は必要な限りで使うといった厳格な条件の下で(運用は)進めてもよい」と考える。その上で「データを活用しない古典的な方法(による感染経路の追跡や通知)では感染者のプライバシーをかえって侵害する可能性がある」と指摘する。
具体例として「自治体が感染者などの網羅的な行動経路を不特定多数の人に公開すると感染者などに対する差別が増大する」や「感染者の自己申告や記憶に頼るとどうしても誤りが起こってしまう」といった可能性を上げ、「『データ利活用』対『プライバシー』という対立軸ではなく、プライバシーを保護しながらデータをうまく利活用する発想が重要」と続ける。
とはいえ、プライバシー保護のための厳重なデータ運用体制も重視する。山本教授は運用面で配慮すべきポイントとして「データの利用を監視する第三者機関の設置や保存期間の設定など濫用を防ぐ仕組みの整備」「実施主体や協力機関とのデータ・フローを明確化し、透明性をもって国民に伝えること」「感染者や感染可能性が高い人に対する差別を防ぐ仕組みの整備」の3点を指摘する。
一方、アプリによる取り組みはその実効性において別の課題がある。データ活用が専門の武蔵大学の庄司昌彦教授は「どれだけの人がアプリを使うのか、一定の人たちが効果を感じる成果を出せるかは課題だろう」と指摘する。個人がアプリを自ら取得する行程が必要なため、一定数以上の利用者の確保は難しいというわけだ。
このため、政府にはプライバシーに配慮したアプリの厳格な運用と、利用者の拡大に向けてアプリの取得を国民に促す施策という両面の取り組みが求められる。
■できることに力を尽くす
「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に資する統計データ等の提供について」―。政府は3月末にこう題した文書を作成し、ITプラットフォーム事業者や携帯事業者に顧客の移動やサービス利用履歴を統計的に解析したデータの提供を要請した。
その中で、特にヤフーは顧客のプライバシー保護を前提に、政府や自治体に対する統計データの提供を積極化している。4月9日にはデータに基づく社会課題の解決などを支援する事業者用サービス「DS.INSIGHT(ディー・エス・インサイト)」の自治体向け無償提供を始め、13日には厚生労働省とデータ提供について協定を結んだ。ヤフーは「新型コロナ感染症が生活や経済に及ぼす影響は甚大なものになっており、我々ができることに力を尽くしたい。プライバシーについては統計データ化することはもちろん、結果の少ないエリアを排除するなど総合的な対応により十分配慮している」(広報室)と説明する。
自治体は「DS.INSIGHT」を活用することで住民の検索傾向から不安を見つけ出したり、地域の人流データから外出自粛要請の効果測定をしたりできる。また、厚生労働省に対しては同意を得た顧客の位置情報や検索・購買履歴をヤフー内で組み合わせて分析して「クラスターの発生が疑われるエリア」を推定し、提供する。「医師の配置の最適化」や「健康相談体制の充実」などを後押しする。
こうしたデータ活用について武蔵大の庄司教授は「検索や混雑情報などのデータが短期的なクラスター対策に有用か否かは『やってみないとわからない』状況だろうが、緊急事態宣言後の人出の把握・評価やアフターコロナの経済活動の回復具合の把握といった施策に生かせる可能性は十分にある」と評価する。
その上で「(新型コロナ対策に関するデータ活用は)もっと多種多様に〝違うアプローチ〟も模索すべきだ」と指摘し、興味深い事例の一つとしてLINEと神奈川県による取り組みを上げる。
■もっと有効に使う方法がある
両者は神奈川県民が年齢や体調、持病などを入力すると、その状態に適した情報を提供するシステムの運用を3月に始めた。県民が入力した情報は分析して新型コロナの流行状況の把握や対策などに生かす。LINEは「神奈川県と18年に結んだ『連携と協力に関する包括協定』に基づき、新型コロナ拡大防止のためにできることを協議する中で(今回の仕組みを)我々が提案し、実現した」(PR室)という。その後、他の自治体にも提案を進め、16日現在、23都道府県が同様の仕組みを運用する。
この取り組みについて庄司教授は「政府が個人の行動を追跡してクラスターを発見したり混雑状況を把握したりする『政府起点』による『マクロ的』なアプローチとは異なり、不安をもった個人が必要な情報を入手しやすくする『個人起点』による『ミクロ的』なアプローチ。感染者数の増加カーブやベッド数の逼迫状況といった政府起点のマクロ的なアプローチばかりが注目されるが、個人の生活をより支援するための情報サービスも民間企業や政府が持っているデータを有効に使うことでもっとできるはず」と力を込める。
この緊急事態にデータ活用をどう進めるか。プライバシー保護は大前提だが、事業者などにはその運用の知恵も問われている。
【連載・個人データは誰のモノ―情報銀行の可能性―】
個人データを預かり、本人同意の下で企業に仲介する「情報銀行」というビジネスが立ち上がろうとしています。そのビジネスが開く可能性がある未来と、数多くの課題を追いました。新型コロナの脅威においてデータをどう生かすべきかを考えた番外編(#00)も是非お読みください。
#00 感染者との接触通知も…打倒コロナへデータ活用は救世主か(20.4.20公開)
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