神奈川県が初連携…「地域通貨×情報銀行」は地域経済を豊かにするか

連載・個人データは誰のモノ #04

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情報銀行によって地域経済を活性化する取り組みが始まる(写真はイメージ)

個人データを活用して地域を豊かにする―。イオン子会社のフェリカポケットマーケティング(東京都港区)はこうした構想を抱き、個人データを預かって適切な同意の下で外部の企業に仲介する新しい仕組み「情報銀行(※1)」の運用を6月にも始める。神奈川県と連携協定を結び、個人データの利活用を通した地域の活性化や県民のQOL(生活の質)向上を目指す。相模原市や大和市から導入を進め、県全域に広げていく。

具体的には、県民が専用のスマートフォンアプリを通して属性や社会活動のデータを登録し、企業はそのデータを販売促進や商品開発に生かす。データから個人の特定はできない。住民はデータの開示先やその範囲を設定し、いつでも修正・追加・削除ができる。データを登録したり開示したりした際に独自のポイントやクーポンなどが得られる仕組みだ。

同社は地域通貨を軸に地域における消費や社会活動などを促すプラットフォーム(PF)を使って香川県や石川県などの活性化を後押ししてきた。その中で、新たに情報銀行の運営に取り組む狙いについて、納村哲二社長に聞いた。(聞き手・葭本隆太)

※1情報銀行:個人データを預かり、本人関与の下で企業に活用を促す仕組み。「個人データの適切な利活用は新ビジネスの創出につながる」として政府も推進する。日本IT団体連盟が18年12月にプライバシー保護対策やガバナンス体制など情報銀行の要件を満たす企業を対象にした認定制度を設立した。フェリカポケットマーケティングは19年6月にその認定を取得した。情報銀行認定を持つ企業と協定した都道府県は神奈川県が初。

■属性データを地域経済に生かす

―これまで地域通貨を軸にしたPFを活用して香川県などの地域経済の活性化を後押ししてきました。そうしたPFに新たに「情報銀行」の機能を取り入れた理由を教えてください。
 地域に眠っているデータを流動化し、地域振興と住民のQOL向上につなげるためだ。情報銀行の仕組みを使い、地域通貨を通して蓄積される行動データと属性データをひも付ける。それによって住民には自分の趣味嗜好や健康状態などを踏まえた最適なサービスや情報が届く。地域商店は(個人データを活用した)確度の高いマーケティングが可能になり、売り上げの向上を後押しできると思う。地域外を含め民間企業が新しい事業やサービスを創発したり、起業したりする苗床にもなりたい。

フェリカポケットマーケティングの納村哲二社長

―住民の属性データを活用する構想は以前からあったのですか。
 検討を始めたのは3年ほど前から。個人(の属性)データは取得すると(厳格な管理体制の構築などが)大変なので避けていた。ただ、「GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)」を中心に、個人データを有効活用する企業が登場し、差別化している中で(地域経済を活性化するためにも個人データの活用は)必要だと考えた。(従来のPFで)行動データは取れていたが、そこに個人の属性データがひも付かなければ(企業などの)マーケティング活動に使える価値あるデータにならない。属性データを取ろうと準備していたところで「情報銀行」というコンセプトが出てきたので、それなら認定を取得しようと思った。情報銀行ビジネスを始めようとしていたわけではない。(地域活性化のために属性データの活用を模索していた)我々にとっては必然の仕組みだった。

―なぜ最初の連携先が神奈川県だったのですか。
 神奈川県では2015年から(発病には至らない軽い症状がある状態である)未病の改善に取り組んでおり、その活動にイオングループの一員として我々も参加していた。それから細く長く情報交換していた。神奈川県は未病の改善を促すスマートフォンアプリ「マイME-BYO(みびょう)カルテ(※2)」を展開し、登録者数は一定数いる中で、よりアクティブに使ってもらえるようにするという課題があったようだ。そこで、アプリに蓄積されたデータについて本人の同意の下で企業に開示して最適なオファーを受けられる仕組みが、住民にとって有益という考え方が出てきたと聞く。神奈川県がデータ活用意欲を持つ中で、我々が情報銀行の認定を取得したことにより連携しようということになった。

※2マイME-BYOカルテ:健康記録を管理できるスマートフォンアプリ。神奈川県が未病改善を目的に16年に運営を始めた。毎日の歩数を自動で記録したり、薬局でもらった薬の情報を管理したりできる。母子手帳アプリなどとの連携もできる。

―他の地域への展開をどのように考えていますか。
 将来的には他地域に展開したい。ただ、まずは神奈川県でしっかり(とした事例を)作っていく。

■行政とのタッグが強みになる

―御社が構想する情報銀行ビジネスのスキームを見ると、外部企業にデータを提供するのではなく、外部企業が情報銀行に対してデータを照会する形です。
 データ活用企業として地域の商店を想定すると、データ提供はセキュリティー上のリスクがある。特に(情報銀行は)個人がデータ提供を辞めたいと判断した時に、(提供先を含めて)スピーディーに消去する機能が求められる。(地域の商店にとって)それは難しい。

神奈川県で稼働する情報銀行のイメージ(神奈川県発表資料より)

―企業に個人データの活用を促すという視点に立つと、データの照会しやすさが重要になりそうです。
 (外部企業が)データを検索する際の粒度の設計は肝だろう。これからノウハウを貯めなくてはいけない。仮説で個人の郵便番号や趣味など(の検索条件)を作るが、常にブラッシュアップしていく。

―情報銀行の仕組みをうまく回すには、企業に活用すべきデータや活用方法などを提案するコンサルティング機能が必要という声が聞かれます。
 (情報銀行ビジネスに参入する予定でコンサル機能の重要性を指摘する)信託銀行などはすでにコンサル機能を持っているからできるのだろう。我々には難しい。ただ、企業に対して欲しいデータの要望を聞いた上で個人にそうしたデータの登録を促す仕組みは整えたい。

―そもそも企業や地域商店は住民のデータ活用に関心はあるのでしょうか。
 どのような個人が登録するかや、どれくらいの人数が登録するかによって関心は変わるだろう。そのため、足元では個人の登録者を増やすことがカギだと考えている。

―では、個人が自らデータを登録したり提供したりする意欲について現状をどのように見ていますか。
 心的ハードルはまだ高いだろう。ただ、行政と連携している分、住民から一定の信頼は得られると思う。(個人データの登録を促す上で)県の広報誌などでアピールできる点は強みだ。まずは県が主催するイベント参加者に(情報銀行の)アプリを入れてもらい、加盟店などで使えるポイントを付与する仕組みで個人の登録者を増やしたい。その後も何らかのイベントを契機にデータを少しずつ登録してもらえる形を作りたい。

―個人がデータを提供してもよいと考える動機としては「社会貢献につながる」点も大きいと聞きます。今回の取り組みは地元に貢献できる面があり、提供を促しやすいとも言えそうです。
 (地域に貢献できる面があることは)データを預けるハードルを下げる後押しになると思っている。データを登録したり提供したりすることでアプリに溜まるポイントは貢献度の可視化だ。自分が(地域の)役に立っているとイメージしてもらえるとよい。

3月に神奈川県と協定を締結した(右は神奈川県の黒岩祐治知事)

―神奈川県の「マイME-BYOカルテ」とはどのように連携する考えですか。
 まずは本人の同意の下で「マイME-BYOカルテ」で蓄積されたポイントのみを(情報銀行)アプリに連携する。そのポイント数を個人の「健康関心度」と捉えてその他の情報と組み合わせて活用し、企業に何かしらのオファーを付与してもらおうと考えている。将来的にはAPI連携があるかもしれないが、行政が蓄積したデータベースとの連携は非常にハードルが高い。

■小さな企業、自治体の役に立ちたい

―御社は「ICTを活かして社会課題の解決に取り組み地域活性化に貢献する」というビジョンを掲げています。そうしたビジョンを掲げ、08年に起業した理由を教えてください。
 私自身、福井出身で食べものがおいしく、自然も豊かな地方が廃れていくのは残念だと思っていたからだ。地域密着型のIT企業として公益性を重んじて(地域経済や健康寿命、人口減少などの)社会課題に挑戦しようと考えた。特に、どんな小さな自治体も小さな商店も最新の技術やビジネスモデルを使える共通基盤の構築を目指した。

―これまでの活動の手応えはいかがですか。
 まだ明確に成功している地域はない。各地域で導入当初は利用者がぐっと伸びるが、いずれ踊り場にくる。香川県では(買い物や商店街の掃除、地元スポーツチームの応援などで貯まり、約500件のお店や施設で使える)「めぐりんポイント」が約11年続いているが、それも成功とまでは言えない。止めた自治体もある。そうした中で、違う新しい技術を取り入れることで次のステージに上がれる可能性がある。情報銀行への期待は大きい。試行錯誤のモデルだが、あきらめずに取り組みたい。

―今後の展望を教えてください。
 地域の活性化や住民のQOL向上という目指す姿はぶれていない。(情報銀行が登場するなど)道具が進化する中で、よりよいソリューションに仕立てて提供していく。特に地域の中小企業や小さな自治体の役に立ちたい。

【連載・個人データは誰のモノ―情報銀行の可能性―】

個人データを預かり、本人同意の下で企業に仲介する「情報銀行」というビジネスが立ち上がろうとしています。そのビジネスが開く可能性がある未来と、数多くの課題を追いました。新型コロナの脅威においてデータをどう生かすべきかを考えた番外編(#00)も是非お読みください。

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COMMENT

葭本隆太
デジタルメディア局
ニュースイッチ編集長

個人データを提供してもよいと考える理由として「社会貢献につながるなら」という回答は多いと聞きます。こうした声は地元の活性化に貢献できるフェリカポケットマーケの仕組みにとって追い風と言えそうです。一方、地元の商店が果たして個人データをうまく活用できるのか、大きな課題になりそうです。

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