コロナ後の基盤に…あなたのデータ生かす新ビジネス「情報銀行」全貌

連載・個人データは誰のモノ #01

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個人データを自ら活用する「情報銀行」時代はくるか

プロフィールや位置情報、購買履歴などの個人データを預かり、適切な同意の下で外部の企業に仲介して活用を促す「情報銀行」というビジネスが立ち上がろうとしている。電通グループの関連サービスは約20万人の会員をすでに集めており、9月には金融大手の三菱UFJ信託銀行が参入する。事業性を検証する実証も相次ぎ、多種多様な企業が市場開拓を狙う。

政府は個人データの適切な利活用による新サービスの創出を成長戦略に位置づけ、その歯車として情報銀行に期待を寄せる。4月7日に閣議決定した経済対策では新型コロナウイルスによる影響を踏まえた経済構造の構築に向けて先端技術を活用したスマート社会「Society(ソサエティ)5.0」の加速に言及した。その実現においても個人データの利活用基盤は重視されている。

一方、情報銀行は個人が自らのデータを主体的に預けたり活用したりする意欲が起点になるが、そうした機運は高まっていない。個人が主体的にデータを生かす未来の到来に懐疑的な意見もある。その中で情報銀行を推進するプレイヤーはデータ提供の「対価」が個人の意欲を喚起する肝になると見込み、その模索に腐心している。(取材・葭本隆太)

情報銀行の機能:個人の委託を受けて個人データの管理や第三者提供を行う。提供先となる第三者の条件や提供先におけるデータの利用条件を個人に適切に提示し、その内容について責任を担保する。

■データ提供でクーポンがもらえる

「この夏の旅行について教えて。100ポイントプレゼントします」―。スマートフォンアプリに旅行会社からオファーが届いた。電通傘下のマイデータ・インテリジェンス(MDI、東京都港区)による情報銀行サービス「MEY(ミー)」が19年7―12月に約1万2000人を対象として行った実証だ。

参加者はプロフィール情報について外部企業(データ活用企業)への提供に同意し、アンケートにも答えると、その対価として書籍や日用品などに交換できるポイントやクーポンがもらえる。データ活用企業としてキリンやパーソルキャリアなど10社が参加した。

スマートフォンアプリにデータ提供のオファーが届く(「MEY」の画面)

実証では38件のオファーを実施した。1度でも応じた参加者は全体の4割にとどまったが、そのうち8割は複数回応じた。結果報告レポートでは「一度オファーに参加すると複数回継続してくれる傾向がある。まずは簡単なオファーで情報銀行を体感してもらうことが大事」と結論づけた。

MDIの森田弘昭COO(最高執行責任者)は「(実証は)アンケートの回答が中心だが、個人のデータが複数重なることで深い消費者像が見える。今後、個人の許諾を基に他のサービスによるデータも蓄積されるとより(消費者像が)深くなる。(こうしたデータは)確度の高いマーケティングや商品開発に生かせる。データ活用企業にとって価値のあるデータが提供できる」と情報銀行ビジネスの可能性を強調する。

スカパーJSATも20年2月までの約8カ月間、有料放送サービスを契約する約2400人を対象に情報銀行サービスを実証した。個人は専用アプリを通してスカパーの契約・視聴情報のほか、趣味嗜好データなどを登録する。それに対し、データ活用企業が数百円のスカパー視聴料の割引というインセンティブを設定し、データ提供をオファーする仕組みだ。

データ活用企業には確度の高い広告・販促活動ができる機会を提供し、個人には視聴料の割引や自分に最適な情報が届くメリットを提供する。現在、実証結果を検証しており、「今年度上期中に事業化の可否を判断したい」(担当者)という。

■認定制度が始まった

情報銀行は個人データを預かり、個人の関与の下でデータ活用企業に提供する。現状は企業が個人情報保護法に基づき本人の同意を得てデータ活用企業に提供したとしても、本人の意識が十分でないケースがある。多くの企業はそうしたケースによるレピュテーションリスク(企業の評判が落ちるリスク)を踏まえ、個人データの利活用に消極的だ。情報銀行はその課題の解消を目指した仕組みだ。

個人の利点としては自分のデータを安心安全に管理できるほか、多様なデータを一カ所に集めて活用することで、個別に最適化されたサービスや情報を受けられる。

政府は「個人データの適切な流通が進むと、新サービスが創出される」として情報銀行を推進する。18年12月には総務省の審議会が設立を提言した認定制度が、日本IT団体連盟(東京都千代田区)を運用主体として始まった。4月1日までに5社を認定した(下表)。IT連の情報銀行推進委員会事務局は「認定を受けた企業を後押しし、情報銀行の普及に務めたい」と意気込む。

■レピュテーションリスクは即座に消えない

一方、情報銀行について個人の理解はまだ進んでおらず、信用力も高まっていない。そのため、多くの企業は情報銀行という存在によって個人データの利活用に関わるレピュテーションリスクが即座に抑制されるとは捉えていない。「情報銀行という枠組みが生まれた現状でも個人データの利活用に消極的な企業はいる」(業界関係者)という。

情報銀行の信用力を高める目的で創設したIT連の認定制度には冷めた視線を送る企業もいる。自社サービスを通して多くの個人データを取得・管理し、外部提供を模索するある事業者は、「国の制度というわけでもないので(信用力の向上につながる効果は限定的)。現時点で認定を積極的に取得しようとは考えていない」と漏らす。

また、情報銀行ビジネスへの参入に向けて市場調査したAOSテクノロジーズ(東京都港区)の佐々木隆仁社長は「情報銀行に使いたいと思うような個人データが集まり始めると企業は(利活用に)動くのではないか。ただ、大企業の中では個人データの利活用にネガティブな意見が多いので、しがらみのないベンチャーの挑戦が(情報銀行の市場を)切り開くのではないか」と見通す。

AOSテクノロジーズの佐々木隆仁社長(2月撮影)

■真打ち「三菱UFJ信託」参入

こうした中で、情報銀行の信用力を高めるきっかけとして業界関係者が密かに期待を寄せるのが三菱UFJ信託の参入だ。「誰もが知り、社会的な信用力が高い金融機関の参入は情報銀行に対する個人や企業の理解が進むチャンス」(複数の業界関係者)と捉える。

三菱UFJ信託は情報銀行サービス「Dprime(ディー・プライム)」を9月に始める。まず個人がデータを預け、データ活用企業は欲しいデータの種類とその対価を現金で設定してオファーする。個人がオファーに応じると、データ流通が成立する。三菱UFJ信託はデータ流通の件数に応じて企業から手数料をもらい受ける。また、預けられたデータを基に個人の行動履歴や資産状況、健康状況などを無料で可視化する。

三菱UFJ信託は個人データを新たな資産と捉え、これまで不動産や有価証券などの伝統的資産の取り扱いで培った信託機能が生かせると判断して情報銀行ビジネスに参入した。同社経営企画部FinTech推進室の齊藤達哉調査役補は「この1―2年が情報銀行が社会に根付くか否かの分水嶺になる。市場をけん引したい」と意気込む。

三菱UFJ信託銀行の齊藤達哉調査役補(3月撮影)

金融大手としては三井住友信託銀行も参入を予定する。具体的な事業内容は「調査研究中」(広報部)と話すにとどめるが、金融大手の相次ぐ参入は情報銀行ビジネスの大きな後押しになりそうだ。

■突破口は個人の成長促すサービスか

「情報銀行ビジネスの成否は個人データを生かした魅力あるサービスの提供にかかっている」―。情報銀行を推進する企業は一様に声を揃える。仮に情報銀行という枠組みが一定の信頼を得たとしても、個人データを預けたり外部提供したりする対価が乏しいと、個人の意欲は沸きにくい。

その観点では足元で主流のポイントやクーポンの効果については否定的な意見が多い。「ポイントとの交換は提供したデータの具体的な使い道が見えずらく、個人は納得感が得られにくい。同意が得られる層は限られる。データ活用企業が提供を受ける個人データと自社リソースを掛け合わせたからこそ提供できる情報やサービスの設計が重要だろう」(複数の業界関係者)という。

では具体的にどのようなデータ活用サービスが突破口になり得るか。各プレイヤーは競争領域として多くを明かさないが、個人に成長を感じさせるサービスが一つの可能性として指摘される。健康や金融、学習に関連した個人の現状を可視化し、その向上を促すようなサービスが想定される。

一方、データ活用企業によるサービスを肝とすると、情報銀行には別の課題が突きつけられる。データ活用企業のリソースや経営課題を理解した上で、預かった個人データの中から最適な活用を提案する機能が求められる。

情報銀行にデータ活用企業に対するコンサルティング力が求められる(写真はイメージ)

三菱UFJ信託の齊藤調査役補は「個人データの提供を受けることで、活用企業それぞれが生み出せるサービスについて、共創するノウハウを我々が貯めないと情報銀行は根付かない」と強調する。MDIの森田COOも「データ活用企業をよく理解し、(データ活用企業の)サービスに利用できるようなデータ活用を我々が提案しないといけない」と力を込める。

■短期の利益を狙うと破綻する

情報銀行ビジネスは個人にデータ活用を促し、流通を成立させることでデータ活用企業から手数料を得るモデルが一般的だ。つまり収益だけを考えれば、いかに個人にデータを使わせるかが論点になる。ここに懸念を示す識者もいる。

個人データの利活用に詳しい武蔵大学の庄司昌彦教授は「情報銀行はデータ活用企業から収益を得てばかりだと個人データをより売りたくなってしまう。(情報銀行は本人関与を重視した仕組みなのに)個人に寄り添う考えが薄くなる。(そうならないためにも)お金を払って強く言える立場に個人を立たせるべきだと思う。例えば、情報銀行自身が預かったデータを基に高度な分析サービスを提供し、課金する仕組みも成り立つのではないか」と指摘する。

情報銀行は「GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)」の対抗軸としても必要性が指摘される。「GAFAは個人データを支配し、個人が関与できないところで勝手に使っている」として個人の不信感が高まる(下グラフ)中で、個人がデータを手元に取り戻すためのツールという位置づけだ。ただ、情報銀行も収益化を急ぎ、データ活用企業に寄りすぎた運用をしてしまえば個人の信頼は得られない。

武蔵大の庄司教授は「情報銀行は短期で利益を上げる設計では破綻するのではないか。長期の関係を結んで個人の信頼を得ながら、少しずつ利益を上げていくものだろう。長期的な社会インフラだと思う」と見通す。

情報銀行は世界にほとんど前例のない「日本発」のビジネスだ。そうしたフロンティアを開拓するには、事業者の腰を据えた取り組みが求められる。

【連載・個人データは誰のモノ―情報銀行の可能性―】

個人データを預かり、本人同意の下で企業に仲介する「情報銀行」というビジネスが立ち上がろうとしています。そのビジネスが開く可能性がある未来と、数多くの課題を追いました。新型コロナの脅威においてデータをどう生かすべきかを考えた番外編(#00)も是非お読みください。

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COMMENT

葭本隆太
デジタルメディア局
ニュースイッチ編集長

情報銀行ビジネスは課題が山積みです(詳細は本文)。特に情報銀行は本人関与を重視した仕組みですが、(現状登場しているビジネスモデルにおいて)収益化するためには、いかに第三者提供ができるかがカギになります。すると情報銀行は個人にデータを「使わせる」ような振る舞いになるのではないか。そうなったとき個人データの主権者は本当に個人と言えるのか。そんな問題意識から連載は「個人データは誰のモノ」というタイトルにしました。とはいえ、「情報銀行」を通して個人データを使うことで自ら未来を切り開ける可能性もあると感じています。明日以降、そういった事例も紹介したいと考えています。

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