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熱海の地価上昇をけん引した起業家が本当に成し遂げたいこと

連載・地方創生へスイッチを入れる人たち(3)/machimori・市来広一郎代表取締役
 machimori(マチモリ、静岡県熱海市)は、多くの空き店舗を抱えていた熱海市の商店街を活性化させてきた。空き店舗のリノベーションで街づくりを推進し、地価の上昇をけん引した(※)。市来広一郎代表取締役に成功の理由を聞いた。(葭本隆太)

熱海の地価上昇:国土交通省の地価公示によると「熱海市銀座町5‐9」の地価は2013年1月1日時点から17年1月1日時点まで5年連続1平米当たり1万4000円の横ばいで推移した後、2018年1月1日時点で同1万4100円、2019年1月1日時点は1万4500円と2年連続で上昇した。2012年1月1日時点以前は下落が続いていた。

本番はこれから


 ―カフェ「CAFE RoCA(カフェ ロカ)」やゲストハウス「MARUYA(マルヤ)」を開設した「熱海銀座」の地価が2年連続で上昇しました。
 これまでの活動の成果の一つと捉えており、手応えを感じている。歩行者は1年前に比べて2倍近くに増え、空き店舗は(活動を始めたころの10店舗から)2店舗に減った。ただ、周辺地域では空き店舗が増え続けている。(熱海は観光客数がV字回復したが)観光客が増えたから街が再生するわけではない。これからが本番だ。

 ―今後はどのようなことに取り組みますか。
 (熱海の本当の再生には)街の暮らしがよくなり、住みたいと思う人が増え、住むことができる場所が整うことが大事だ。そこは着手できていない。これから熱海で働く人が割安に暮らせる住宅などを整備したい。観光客向けではない地元の人が通いやすい飲食店を展開するなど、住民に対するサービスも提供していく。

 ―そもそも熱海の再生に取り組まれた理由は。
 生まれ育った地元である熱海が寂れていく姿を見てきた。高校生だった1990年代半ばから何とかしたいと思っていた。熱海ならではのよさを残しつつ、街を再生したいと思い、2007年に熱海に戻ってきた。コンテンツは時代に合わなくなっていたが、そこを変えればいくらでも再生できると思った。

 ―これまでの12年間を振り返り、活動が軌道に乗ったポイントはどこだと思いますか。
 マルヤの運営だ。開始1年ほどで先のことを考えられるようになった。収益的にうまく回ったし、宿泊客はマルヤを入り口に街を楽しんでおり、街全体に好影響を与えていると感じた。ただ、この結果を生み出すまでに、我々は地元の面白い人などを紹介するサイトや、地元を楽しむツアーなどを地元の人に対して仕掛けてきた。こうした活動があってこその結果だと思う。観光客は商店などで地元が好きな住民に出会うからこそ、街に愛着を持ち、リピーターになる。

 ―マルヤをはじめ、空き店舗を活用する「リノベーションまちづくり」を進めました。
 熱海はかつて繁栄して衰退したため、街中に空いている店舗などが大量にある。そうした資源を使うことを重視した。また、街がどう変わっていくべきか明確な答えが見えていない中では、既存のストックを活用して小さく始め、少しずつ街を変えていくことが大事だと考えた。

 ―地域活性化の手段として空き店舗の活用は多様な地域で取り組まれていますが、思うようにいかないという声もあります。空き店舗を活用する上で重要なことは何ですか。
 エリアを変える視点を持つことだ。たとえ1軒を活用しても、継続的な変化は起きない。また、不動産オーナーの中には実績のない街づくり会社に空き店舗を貸さない人もいる。活用したい空き店舗を探してそのオーナーの意識を変えるのではなく、貸してもよいと考えているオーナーをまず見つけることだ。

空き店舗をリノベーションして開設したゲストハウス「マルヤ」

 ―熱海の再生に向けては「30代のクリエイティブな人に選ばれる街」というコンセプトを掲げましたが、その理由は。
 街を持続的に変えていくには10-20年もの時間がかかる。そのため、10年後20年後を考えられる世代が街の中心になるべきだと思い、子育てなどを考え始める30代がそれにふさわしいと思った。また、会社員ではなく街で自分の商売を作るなど、自ら街に関わろうとする人が入ってくることを重視した。そういった人たちは個人商店だらけの熱海の町に合っているとも考えた。

苦しむからこそ結果が出る


 ―街の再生について民間企業が主導するからこそできることはありますか。
 結果が出ればその活動を拡大できることだろう。活動の成否がわからない中、多様な実験ができることも利点だ。行政は予算が尽きたら終わりだし、税金を使って失敗の懸念のある実験はできない。一方で政策に落とし込めば、再生のスピードは速くなる。自治体に活動内容や現場の状況を伝え、課題意識を持つきっかけを与えることは重要だ。

 ―民間を後押しする政策で期待したいことは。
 (空き店舗の活用など)街の再生は赤字が先行し、もう一踏ん張りでスケール(拡大)する時期に銀行から融資を受けられない。その時期を支えてくれる仕組みがあるといい。空いている公共施設があれば、それを割安に賃貸するということも有効だろう。逆に起業したり移住したりしただけで補助金を出すのは間違いだ。苦しみながら取り組むからこそ結果が出る。

 ―マチモリはどのように資金を確保して活動を続けてこられたのですか。
 まぁなんとかしてきたという感じだ。借りられるものは借りて、アルバイトしながらでも続けてきた。いまだに自転車操業だが、(マルヤの成功によって)ようやく収益の柱が見えてきた。

             

【略歴】いちき・こういちろう 東京都立大(現首都大学東京)院修了後、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)に勤務。07年に熱海にUターンし、地域づくりに取り組む。NPO法人atamista代表理事。著書に「熱海の奇跡」。40歳。


連載・地方創生へスイッチを入れる人たち


 人口減少や少子高齢化が進む地方を活性化するには、観光施策の推進のほか、交通や医療のインフラ整備、雇用の確保など、困難な課題に対峙(たいじ)しなければならない。各地域で課題解決に奮闘するキーマンらに話を聞き、地方創生のヒントを模索した。

【01】西日本豪雨被災地のみかん農家 原田亮司さんが取り組む「みんなが潤う地域貢献」(2019年5月2日配信)
【02】赤字路線を救ったバス会社社長が語る、路線バスの本当の役割(2019年5月3日配信)
【03】熱海の地価上昇をけん引した起業家が本当に成し遂げたいこと(2019年5月4日配信)
【04】元IT企業社長の職員が語る、地方Jクラブの可能性と現実(2019年5月5日配信)
【05】地方で起業支援を続ける男の提言「地域の枠にとらわれるな」(2019年5月6日配信)
【06】地方の医療格差は解消へ、その二つの理由(2019年5月7日配信)
日刊工業新聞2019年5月3日記事に加筆
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
観光客数のV字回復が有名な熱海ですが、それ以上に地価の上昇という成果はすごいと思いました(土地の価格が上がった分、今後の活用は難しくなるという側面はありますが)。市来代表取締役も自身の活動について「観光客数の増加に対する貢献度合いはわからないが、地価上昇という成果には手応えを感じる」と話されていました。その上で「これからが本番」と何度も言及していた姿が印象的でした。

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