地方で起業支援を続ける男の提言「地域の枠にとらわれるな」
連載・地方創生へスイッチを入れる人たち(5)/Next Commons Lab・林篤志代表理事
Next Commons Lab(NCL、東京都渋谷区)は起業家や自治体、企業が連携し、地域資源を活用した事業を創出できる拠点を全国で展開する団体だ。地域資源を調査してプロジェクトを提案し、挑戦したい起業家を募って地域に送り込む。林篤志代表理事に活動の現状などを聞いた。(葭本隆太)
―NCLの拠点が全国11カ所で立ち上がりました。
汎用的なモデルとして全国に広げてネットワーク化し、各地域で蓄積した知見を共有する体制ができてきた。今後はこの中で人材を流動化したい。既存の地域活性化の活動は、自分たちの街のためによいものを作るという発想だった。それでは(特定の地域で成果を上げても)社会全体には広がらない。
―人材の流動性を高める狙いは。
ある地域で(新規事業創出などの)成果を上げた人材がほかの場所でも挑戦しやすい環境があれば、社会全体にとってよい。定住人口にこだわらず、人の流動性が高い方が地域で新しい価値が生まれる。今の地方創生は地域の枠にとらわれすぎだ。
―NCLを立ち上げたきっかけは。
2011年に高知県の土佐山で「土佐山アカデミー」を立ち上げ、地域資源を生かした起業をサポートしていた。そこで感じたのは「地域」という点では課題解決を図ることができるが、それによって社会全体は変わらないということ。そこで、今の社会を変えるのではなく、理想とする社会を新たにゼロベースで作ろうと考えた。そのためには(従前は地縁などが担っていた)帰属意識を持つことができる共同体が必要だと思った。その中で、新しい時代に合った共同体は「共通の価値観」がベースになると考えた。価値観が合う人同士の共同体はエンゲージメントが強い。そうした共同体が無数に生まれる体制としてNCLを立ち上げた。一方、地方には空き家などの地域資源が豊富にあり、新しい共同体が生まれやすいと考え、NCLのフィールドとして活用している。地方創生はNCLが目指す成果の一つに過ぎない。
―NCLでは起業家を主役に位置付けていますね。
新しい何かを作るには個人の力が欠かせない。特に地域では外部の感性が重要だ。その中でNCLは「地域のため」ではなく、「自己実現」という目的を持つ起業家を重視している。活動が持続しやすいからだ。一方、起業家1、2人で知らない土地に行っても成功は難しい。そこでNCLは10人以上の集団で送り込む。多様な背景やスキルを持った人同士が互いに補完し合いながら事業創出に挑戦することで、起業の成功率を高められる。もちろん全員が成功するとは思っていないが、5割程度で継続的に事業が生まれる状態を目指したい。
―キリンなど大手を含めた企業が参加している点も特徴です。
企業が持つ資源は個人と格段に違う。新規事業を作るスピードを速めたり、規模を大きくしたりする上でその存在は大きい。一方、企業は地域資源を活用した新規事業の開発と、それを通じた人材育成を図る狙いがある。
―各地域でNCLが取り組むプロジェクトはどのように決めるのですか。
我々はNCLが立ち上がる前の3カ月間をかけて、地域の資源や課題、プレーヤーを調査して洗い出す。それを踏まえて具体的なプロジェクトを示す。そのプロジェクトに共感した起業家には具体的な事業計画を出してもらい、選定する形だ。
―第1弾として2016年に岩手県遠野市でスタートした「NCL遠野」の手応えはいかがですか。
(ビール醸造所である)「遠野醸造」がオープンするなど、幅広い事業が出てきている。NCLは総務省の『地域おこし協力隊制度』を活用して起業家に活動資金を支給する。その支給期限の3年が経過するが、4年目以降も自立的に回るめどが立ちつつある。ただ、町の魅力を作るのは起業家だけではない。元々の住民を巻き込み地域の経済圏が回る仕組みを作りたい。
―どのように取り組みますか。
ブロックチェーン(分散型台帳)を活用し技術を用いた地域通貨の発行と、庭の草刈りといった「小さな仕事」の“見える化”をする。その仕事を頼みたい人と行いたい人をつなぎ、報酬を地域通貨で支払う仕組みを整える。これが循環すればコミュニティーの中は関係が強くなり、地域経済にも好影響が与えられる。実際に(NCLが立ち上がっている)遠野市と石川県加賀市で実証実験を進めている。
人口減少や少子高齢化が進む地方を活性化するには、観光施策の推進のほか、交通や医療のインフラ整備、雇用の確保など、困難な課題に対峙(たいじ)しなければならない。各地域で課題解決に奮闘するキーマンらに話を聞き、地方創生のヒントを模索した。
【01】西日本豪雨被災地のみかん農家 原田亮司さんが取り組む「みんなが潤う地域貢献」(2019年5月2日配信)
【02】赤字路線を救ったバス会社社長が語る、路線バスの本当の役割(2019年5月3日配信)
【03】熱海の地価上昇をけん引した起業家が本当に成し遂げたいこと(2019年5月4日配信)
【04】元IT企業社長の職員が語る、地方Jクラブの可能性と現実(2019年5月5日配信)
【05】地方で起業支援を続ける男の提言「地域の枠にとらわれるな」(2019年5月6日配信)
【06】地方の医療格差は解消へ、その二つの理由(2019年5月7日配信)
理想の社会を新たに作る
―NCLの拠点が全国11カ所で立ち上がりました。
汎用的なモデルとして全国に広げてネットワーク化し、各地域で蓄積した知見を共有する体制ができてきた。今後はこの中で人材を流動化したい。既存の地域活性化の活動は、自分たちの街のためによいものを作るという発想だった。それでは(特定の地域で成果を上げても)社会全体には広がらない。
―人材の流動性を高める狙いは。
ある地域で(新規事業創出などの)成果を上げた人材がほかの場所でも挑戦しやすい環境があれば、社会全体にとってよい。定住人口にこだわらず、人の流動性が高い方が地域で新しい価値が生まれる。今の地方創生は地域の枠にとらわれすぎだ。
―NCLを立ち上げたきっかけは。
2011年に高知県の土佐山で「土佐山アカデミー」を立ち上げ、地域資源を生かした起業をサポートしていた。そこで感じたのは「地域」という点では課題解決を図ることができるが、それによって社会全体は変わらないということ。そこで、今の社会を変えるのではなく、理想とする社会を新たにゼロベースで作ろうと考えた。そのためには(従前は地縁などが担っていた)帰属意識を持つことができる共同体が必要だと思った。その中で、新しい時代に合った共同体は「共通の価値観」がベースになると考えた。価値観が合う人同士の共同体はエンゲージメントが強い。そうした共同体が無数に生まれる体制としてNCLを立ち上げた。一方、地方には空き家などの地域資源が豊富にあり、新しい共同体が生まれやすいと考え、NCLのフィールドとして活用している。地方創生はNCLが目指す成果の一つに過ぎない。
外部の感性が大事
―NCLでは起業家を主役に位置付けていますね。
新しい何かを作るには個人の力が欠かせない。特に地域では外部の感性が重要だ。その中でNCLは「地域のため」ではなく、「自己実現」という目的を持つ起業家を重視している。活動が持続しやすいからだ。一方、起業家1、2人で知らない土地に行っても成功は難しい。そこでNCLは10人以上の集団で送り込む。多様な背景やスキルを持った人同士が互いに補完し合いながら事業創出に挑戦することで、起業の成功率を高められる。もちろん全員が成功するとは思っていないが、5割程度で継続的に事業が生まれる状態を目指したい。
―キリンなど大手を含めた企業が参加している点も特徴です。
企業が持つ資源は個人と格段に違う。新規事業を作るスピードを速めたり、規模を大きくしたりする上でその存在は大きい。一方、企業は地域資源を活用した新規事業の開発と、それを通じた人材育成を図る狙いがある。
―各地域でNCLが取り組むプロジェクトはどのように決めるのですか。
我々はNCLが立ち上がる前の3カ月間をかけて、地域の資源や課題、プレーヤーを調査して洗い出す。それを踏まえて具体的なプロジェクトを示す。そのプロジェクトに共感した起業家には具体的な事業計画を出してもらい、選定する形だ。
―第1弾として2016年に岩手県遠野市でスタートした「NCL遠野」の手応えはいかがですか。
(ビール醸造所である)「遠野醸造」がオープンするなど、幅広い事業が出てきている。NCLは総務省の『地域おこし協力隊制度』を活用して起業家に活動資金を支給する。その支給期限の3年が経過するが、4年目以降も自立的に回るめどが立ちつつある。ただ、町の魅力を作るのは起業家だけではない。元々の住民を巻き込み地域の経済圏が回る仕組みを作りたい。
―どのように取り組みますか。
ブロックチェーン(分散型台帳)を活用し技術を用いた地域通貨の発行と、庭の草刈りといった「小さな仕事」の“見える化”をする。その仕事を頼みたい人と行いたい人をつなぎ、報酬を地域通貨で支払う仕組みを整える。これが循環すればコミュニティーの中は関係が強くなり、地域経済にも好影響が与えられる。実際に(NCLが立ち上がっている)遠野市と石川県加賀市で実証実験を進めている。
【略歴】はやし・あつし 豊田高専卒後、エンジニアを経て独立。11年に土佐山アカデミーを共同設立。16年にNCLを立ち上げる。同年「日本財団特別ソーシャルイノベーター」に選出。33歳。
連載・地方創生へスイッチを入れる人たち
人口減少や少子高齢化が進む地方を活性化するには、観光施策の推進のほか、交通や医療のインフラ整備、雇用の確保など、困難な課題に対峙(たいじ)しなければならない。各地域で課題解決に奮闘するキーマンらに話を聞き、地方創生のヒントを模索した。
【01】西日本豪雨被災地のみかん農家 原田亮司さんが取り組む「みんなが潤う地域貢献」(2019年5月2日配信)
【02】赤字路線を救ったバス会社社長が語る、路線バスの本当の役割(2019年5月3日配信)
【03】熱海の地価上昇をけん引した起業家が本当に成し遂げたいこと(2019年5月4日配信)
【04】元IT企業社長の職員が語る、地方Jクラブの可能性と現実(2019年5月5日配信)
【05】地方で起業支援を続ける男の提言「地域の枠にとらわれるな」(2019年5月6日配信)
【06】地方の医療格差は解消へ、その二つの理由(2019年5月7日配信)
日刊工業新聞2019年5月2日記事に加筆