ニュースイッチ

デジタルチケット充実、100券種…「九州MaaS」の全容

デジタルチケット充実、100券種…「九州MaaS」の全容

九州MaaSのロゴを発表する倉富九経連会長(左から4人目)と九州の県知事ら(6月)

デジタルチケット充実、100券種

事業者の壁、県境の壁、官民の壁を越えて連携―。九州が一体となって取り組むMaaS(乗り物のサービス化)事業「九州MaaS」がスタートした。高い利便性のデジタルチケットの販売が始まり、今後もさまざまな企画を展開する。多様な移動手段を乗り継ぎやすい交通ネットワークを築き、公共交通が選ばれる環境を創出する。持続可能な交通の実現や観光での移動を円滑化することで、地域経済の活性化につなげる。(西部・関広樹)

「訪日客向け」長期滞在に

九州MaaSのシステムではスマートフォンを使い、鉄道やバスなど複数の交通手段の利用をまとめたチケットを予約、購入できる。スタート初日の1日にはデジタルチケット17券種の販売が始まった。19事業者がかかわり、県境、事業者、交通手段をまたぐチケットも含む。

複数の交通手段の利用をまとめたデジタルチケット「島原連絡乗車券」

例えば「島原連絡乗車券」では、西日本鉄道とやまさ海運(長崎市)が連携した。福岡市内から鉄道、バス、船を乗り継いで島原港(長崎県島原市)まで行けるセットのチケットだ。そのほか、自宅から最寄りのバス停留所近くまで車で行って駐車し、バスに乗り換えるパークアンドライド、日数限定の乗り放題、空港利用者向けなどのチケットを販売している。今後も新たなチケットやフリーパスなどの商品を企画し発売する。

西鉄の林田浩一社長は「高速バスも鉄道も乗り放題になるデジタルチケットが今回の目玉。(九州MaaSになって)拡大する意味は大きい」と力を込める。

「ALL KYUSHU PASS」はインバウンド向けに新幹線を含む鉄道とバスを利用しやすくする

九州MaaSがチケット販売で採用したプラットフォーム(基盤)は、スマートフォン向けアプリケーション「my route(マイルート)」だ。西鉄やJR九州など以前から九州の多くの事業者が活用していた。今回の17券種を加え、マイルートで扱う九州内のデジタルチケットは約100券種となる。

9月1日にはインバウンド(訪日外国人)向けチケット「ALL KYUSHU PASS」の発売を予定する。九州全域のバスと鉄道を利用できる周遊券。JR九州の路線では在来線、特急列車、九州新幹線、西九州新幹線を利用できる。有効期間を10日として長期滞在につなげる。

官民一体で協議会、好事例を共有

九州MaaSの中心となるのは九州MaaS協議会だ。4月に官民一体で発足した。陸・海・空の交通事業者や九州各県のほか、データ利活用に関連するベンチャー企業なども含み7月末時点で96会員が参加する。九州経済連合会の倉富純男会長が協議会の会長を務める。

九州MaaS協議会が設置したワーキンググループ(WG)

協議会は実務担当者をメンバーとするさまざまなワーキンググループ(WG)を設置した。デジタルチケットの造成をはじめ、乗り継ぎ利便性の向上やインバウンド(訪日外国人)対応、次世代モビリティーの検討・導入の支援などに取り組む。好事例は共有して他地域での展開を図るほか、活動を通じて会員の人材育成にもつなげる。

九州MaaSは2022年の九州地域戦略会議で、公共交通の利用促進や観光振興に向けて提案された。同会議は九州・沖縄・山口の各県や経済団体のトップが参加し、地域の発展戦略を推進している。

九州MaaSを実施する背景には、九州が交通に関して抱える課題と観光振興における公共交通の役割の大きさがある。人口減少の影響で利用者が減っている公共交通の経営は厳しい。さらに運転士を確保できずに事業継続が難しい地域もある。実際にバスや鉄道などでは減便や路線廃止が進む。地域コミュニティーの持続可能性からも交通ネットワークの維持は重要だ。

九州は豊かで多彩な自然をはじめ、食や歴史、文化など観光資源に恵まれる。他方、広域に分散しており、中山間地域にも多い。インバウンド消費の拡大につながる公共交通の利便性向上にもMaaSは力になる。観光で訪問する地域を広げ、滞在期間を延ばす重要性は九州で指摘されてきた。

「九州MaaS」スタート前日の7月31日、関係者らが博多駅前でPRした

九州MaaS以前から九州各県でMaaSに取り組んでおり、マイルート導入も進んでいた。ただ、インバウンド対応では特に県単位での限界も感じられていた。

一方、激しい競争を繰り広げていたJR九州と西鉄が19年に連携を始めるなど、交通事業者に協力の動きがあったことは、九州MaaS実現の土台づくりとなった。当時、JR九州の青柳俊彦社長(現会長)は「鉄道だけ、バスだけというビジネスモデルからの大きな転換点」と意義を説明していた。

両社にとどまらず、九州各地で危機感を持った各種交通事業者が連携し、現場での努力に支えられながら、九州地域戦略会議での意思統一に至ったと言える。

移動データ利活用

九州MaaSはデジタル技術を活用する一方で、基本理念の一つに「フィジカルなくしてデジタルなし」を掲げる。乗り継ぎ時間を考慮した運行ダイヤの編成や環境整備、初めての訪問者でも分かりやすい環境をつくるなど、移動で人が接する部分の連携を重視する。

事業の対象とするのはBツーC(対消費者)だけではない。データ利活用でBツーB(企業間)やBツーG(対行政)も視野にある。将来はデータの販売やデータを利活用するプラットフォームの運用を検討。自治体の交通施策立案に生かせると見込む。

さらに商業施設や観光施設といった移動の目的地との連携も増やしていく考えで、すでに商業分野との連携は始まっている。今後はスポーツイベントなど広域から人を集める催しなど多様な分野との連携を広げる。

こうした連携拡大では同協議会が大きな役割を果たす。今後は人の移動に関連するさまざまな相談にワンストップで対応できる機能の充実が求められる。

日刊工業新聞 2024年8月15日

編集部のおすすめ