悲願の韓国・釜山行き再開、JR九州が高速船で提案する“新たな旅”
JR九州は水際対策緩和に伴い、2年8カ月ぶりに高速船の日韓航路を再開した。1991年から運航する博多港(福岡市博多区)と韓国・釜山港を結ぶ路線だ。2020年に完成しながら就航できずにいた新型船「クイーンビートル(QB)」をようやく投入した。両都市中心部を結ぶ利便性と船内を楽しむ“新しい旅”で、観光の本格化に向けて日韓の乗客を運ぶ。(西部・三苫能徳)
「困難な日々を過ごしてきた。感無量だ」。日韓航路を運航するJR九州高速船(福岡市博多区)の水野正幸社長は4日、博多港で再開初便の出発を前にこう振り返った。航空路線が徐々に復活する中、旅客船の復便は国内初となった。
同航路はコロナ禍で20年3月に運航を停止。再開が見通せない中、旧型「ビートル」は退役した。豪州で新造したQBはパナマ船籍で国内運航もままならず博多港に留め置かれた。
その後、国の特許を得て近海の周遊ツアーを開始。22年3月には日本船籍に移し、門司や長崎にも運航。西九州新幹線「かもめ」の海上輸送を船上見学するツアーも開いた。
悲願の釜山行き初便の乗客は128人。10月末のソウルの雑踏事故に配慮し静かな船出だった。韓国でも式典はなかったが、青い空と海に映える赤い船体を撮影しようと現地報道機関が多数出迎えた。韓国・聯合ニュースは初便到着を「釜山観光の活性化期待」と報じ、釜山港国際旅客ターミナル関係者による歓迎の声を伝えた。
ソウルで西日本鉄道が運営するホテルは10月中旬時点で「日本人の旅行が増えて稼働率8割超」(林田浩一西日本鉄道社長)など、旅行者は戻りつつある。5日、釜山の人気観光地・海雲台(ヘウンデ)も快晴でにぎわっていたが、まだ日本人を多く見かける状況ではなかった。QBの復便が誘客の呼び水になる可能性は高い。
訪日外国人(インバウンド)の増加を見込む声も。九州観光機構(福岡市中央区)は「九州への訪日旅行者が回復基調にある中、高速船航路の再開は九州の観光関係者にとって大変喜ばしい」とし、「航空便と併せてインバウンド需要拡大へのさらなる足掛かりになる」と期待を寄せる。
JR九州は30年以上の運航を通じ「海外旅行のハードルを下げた」(水野社長)と自負する。以前は日帰りツアー商品も見られた。他方、格安航空会社(LCC)が定着し競争環境は変化。QBは片道の普通運賃1万6000円と競争力はあるが、所要時間は3時間40分。費用対効果の判断が分かれる。
水野社長は「需要は一定数ある」と見る。売りは水戸岡鋭治氏デザインのきらびやかで広々とした船内だ。所要時間は旧型の3時間弱から伸びたが、船内を歩き回りデッキで潮風に当たるなど船自体を楽しめる。
同航路を60回以上利用しているという女性は「少し揺れたが、デッキからの景色も船内も素晴らしい。また利用したい」と声を弾ませた。船内を回った別の女性客は「想像以上に広い」と驚いた。
水野社長は「移動そのものが旅になる。新しい旅の提案をする」と力を込める。JR九州が観光列車で築いたブランドも背景に、移動の楽しさを伝えられるかが、ビジネス面での“安定航行”のカギになりそうだ。