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社会人の学び直し教育に脚光、大学が果たす役割

社会人の学び直し教育に脚光、大学が果たす役割

対面とリモートのハイブリッドで企画・構想や設計のチーム演習に取り組む(スマートエスイー提供)

地方大学、地域イノベで連携カギ

社会人の学び直し(リカレント)教育が注目されている。大学は以前から手がけていたが、新型コロナウイルス感染症を機に社会環境が大きく変わった。魅力的で他にないコンテンツなら、ウェブで1000人の受講も可能だ。多様な取り組みが花開く絶好の機会を迎えている。(編集委員・山本佳世子)

日本の働く環境は変革期にある。少子高齢化で労働生産性の向上が求められ、定年延長で個人も長く働き続ける。新型コロナを機に働き方改革が進行、生成人工知能(AI)も脅威だ。リカレントへの注目は当然のことだ。

もっとも企業、個人、教育機関は三すくみにある。企業(担当省庁は経済産業省)には「学びの時間より働いてほしい」「スキルを習得して転職か」と考える管理職がいる。個人(同厚生労働省)は「会社の理解も後押しもない」「学びの結果、処遇は上がるのか」と悩む。大学(同文部科学省)も「受講生を集め続けられるか」「土曜や夜間の開講でコストがかかる」と迷う。それぞれが成功モデルを求めている。

東京大学の完全子会社、東京大学エクステンションは企業向け研修事業の専門会社だ。東大の研究者を訪問し、技術に限らず循環型経済や健康経営などを分かりやすく伝える動画コンテンツ配信「アスラボ」がある。目的は多くの社員の基礎力向上だ。このほど「生成AIの注意点と法的課題」の配信を始めた。生成AIを社員に業務で活用させたいが、不安がある企業にニーズがあるとみている。

本格講座では「データサイエンススクール」が看板で、2022年度は1000人超が受講した。学び方のタイプで「理系向けの数理解説」「文系向けの解説」と、求める力として「ビジネス適用力・企画力」「データ処理スキル」に分け、4タイプに応じたコースを設けている。

一方、メーカーなど技術系企業の社員向けに特化したリカレントは、多くの理工系大学が取り組む様式だ。早稲田大学が十数大学や企業と取り組む情報分野の「スマートエスイー」は、個人と企業からの派遣生が半々だ。

講義・演習に加え、卒業研究に相当する修了制作の評判が高い。代表の鷲崎弘宜早大教授は「国の補助事業のおかげで、2コース計60人の受講で収支が立つ見込みに持って行けた」と振り返る。

一方、大学院によるリカレントは多くの大学が望むが簡単ではない。学位や履修証明が昇進や転職に直結する米国などと異なり、日本では「大学院までしなくても」と考えるからだ。

三重大学大学院地域イノベーション学研究科の場合、定員6人の博士課程の対象を、地元企業の経営者らに絞って人気を集めている。それぞれが取り組む技術やビジネスを徹底的に議論し、ものの見方や知識の使いこなしを学ぶことは、経営者が未来を考える上でプラスだという。地方大学のリカレントは、このように地域イノベーションと結びつけた形が向いているようだ。 社会はかつて組織力が強かったが、ウェブの進展で個人でも情報発信ができるようになった。フラットな社会でイノベーティブな人材になるため、リカレントの重要性はさらに高まっていきそうだ。

日刊工業新聞 2023年09月07日

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