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障がいのある学生・教職員が活躍、筑波技大に学ぶ「圧倒的な特色」の活かし方

障がいのある学生・教職員が活躍、筑波技大に学ぶ「圧倒的な特色」の活かし方

専用ツールを使ったプログラミング教育は、筑波技大の特色だ

聴覚・視覚に障がいのある学生を受け入れる国立大学、筑波技術大学。点字と連動したツールによるプログラミング教育や、壁に緩衝材を配置した体育館など特色が多い。障がいを持つ教職員も多く、以前から全学での障がい者支援が当然のものとなっている。

同大の「障害者高等教育研究支援センター」は、支援のシステム開発や障がい者ケアを担う中心的な存在だ。近年は一般大学でも障がい学生が増えている。そこで同センターは文部科学省認定の「障害者高等教育拠点」として、ノウハウやリソースを他大学に提供している。

中でも同センターが事務局の「日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク」(PEPNet―Japan、ペップネットジャパン)は、全国に点在する聴覚障がい学生と所属大学の強力な味方だ。学生サポートブックの作成・配布など多様な活動を手がける。授業の内容を支援者がパソコンに入力して伝えるノートテークについては、支援者がスキルを身に付けるための教材を開発し提供する。

全国の障がい学生支援のため、ペップネットジャパンが作成した冊子

オンライン授業の実施に伴って、同大教員が開発した遠隔で文字を入力できるシステムに問い合わせが殺到。一方で有償ボランティアの学生に支援スキルを身に付けてもらう講座も、オンラインで広く実施可能になった。
各大学の障がい学生の数は年によってばらつく。同センターの萩原彩子助教は「各大学の支援者や地域ボランティア人材が助け合える体制作りに、オンライン活用がつながれば」と期待している。

働く障がい者のリカレント(学び直し)教育を手がけるのも同大ならでは。ホームページ制作やビジネスマネジメント、はり・きゅう治療院の開業入門などの学びをオンラインで提供する。支援ツールを活用したパソコン演習などを実施している。産業技術学部の河野純大教授は「障がい者には壁のあるスキルアップを本学が後押しする」と、一般社会で働く障がい者の支援へと踏み出している。

日刊工業新聞 2023年05月23日

“障がい”強い個性に 当事者視点でツール活用

筑波技術大学は視覚か聴覚に障がいを持つ学部学生を迎え入れる国立大学だ。博士号や一級建築士を持つ教員が障がい者というケースもあり、ダイバーシティーや当事者視点という切り口で全国の大学をリードする。さらに就労が格段に難しい盲ろうの職員雇用にも挑戦し、他大学にない圧倒的な特色・個性を発揮している。(編集委員・山本佳世子)

手話を交えて講義をする、聴覚障がい者の北橋助教(筑波技大提供)

筑波技大の産業技術学部は聴覚障がい者向けで、教員5人ほども障がいを持つ。健常者の教員着任時に手話研修があり、会議で手話通訳者の手配もある。「学生向けの手法を教員間でも活用する」(山脇博紀教授)ことで不便は少ない。

北橋主税(ちから)助教の場合は補聴器の常用に加え、相手の音声を拾うマイクや、音声を文字に変え表示するアプリケーションなどを活用する。会議は手話を入れた対面式から近年、チャット併用のウェブ会議に移行。さらに北橋助教の発案で会議ツールを、全員の発言が文字になるリアルタイムキャプション付きに転換した。障がい者が全体を快適に変える、社会で通じる事例だ。

同大卒業生で一級建築士であり建設会社に約10年勤めた北橋助教のバックボーンから、学生へのメッセージにも当事者としての説得力を持つ。大学内は寮を含め支援が充実するが、「研究のフィールドワークにも恐れずに挑んでほしい」(北橋助教)と背中を押す。

一方、活動時のハードルがより高いのは視覚障がい者向けの保健科学部だ。しかし文字情報が紙媒体からデジタルに変わったことが支援の難しさを和らげた。音声読み上げソフト、スクリーンリーダーの普及で、メールなどパソコン作業は容易になった。

同学部の売りの一つに視覚障がい者向けツールを使ったプログラミング教育がある。プログラミング言語が点字に置き換えられ、突起の点を手で触れて形を把握する点図ディスプレーも使う。

先天性の全盲という松尾政輝助教は、インターネット情報を基に同大入学前から独学でゲームプログラミングに親しんだ強者だ。松尾助教は「音声、点字、拡大鏡、白黒反転など各人に合った多様なツールがある。システムエンジニアや事務職など、卒業後の選択肢は広がっている」と学生に将来のキャリアを指南する。

盲ろう者の森事務補佐員は、パソコンと点字ディスプレーをつないだシステムで学内報など作成する(筑波技大提供)

さらに同大の視察でだれもが驚くのは、障がいが二つの盲ろう者、森敦史事務補佐員の働く姿だ。パソコンと点字ディスプレーを接続したシステムでホームページや学内報の作成などに携わる。働き始めて3年目。週3日勤務のうち1日は支援者が配置され、手話をする話者の手に触れて理解する触手話(しょくしゅわ)でやりとりする。

盲ろう者の就労機会は極めて少ないという。だからこそ、支援者人件費や環境整備費を負ってでも挑むというのが同大の決断だ。森事務補佐員は「既存ソフトウエアの使い勝手を情報系教員が高めてくれた。本学なら開発と実践を合わせて実現できる」と強調する。障がいは大学にとっても、強い個性として機能している。

日刊工業新聞 2022年11月30日

山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
筑波技術大学ほどユニークかつ、近年の職場や大学における多様性重視で、他大学から参考にされるところはないのではないか。学部学生すべてが視覚か聴覚に障がいを持ち、教職員でも同様に障がいを持つ社会人を積極的に受け入れているからだ。以前は同大内で閉じた形でのさまざまな工夫をしていたが、今は他の組織や所属メンバーも後押しすることから注目が集まっている。他ではできない、このような社会貢献は、国立大学ならではといえるだろう。

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