ニュースイッチ

びっくりドンキーがこだわる「生産者が実印を押せる」省農薬米のメリット

自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ #4 企業実践例 アレフ

アレフは、生物多様性に配慮して育てた「省農薬米」を仕入れて、ハンバーグレストラン「びっくりドンキー」で提供している。農薬や化学肥料の使用に厳しい制約があっても生産者にもメリットがある。サプライチェーンを通じたネイチャーポジティブへの取り組みだ。

省農薬米は、除草剤は使用1回、化学合成した殺虫剤と殺菌剤は使用禁止、化学肥料の使用は生産地の水準の窒素成分量50%以下で栽培した米。アレフの独自基準であり、契約農家に求めている。
 同社は1999年、直営店の一部で省農薬米を実験導入した。2006年からはフランチャイズ(FC)も含めた全店に導入し、現在は約340店のびっくりドンキーで省農薬米を提供している。契約する生産者はおよそ400軒。省農薬米の仕入れ量は年5000トンだ。

「実印を押せるお米」を、環境や安全に責任

農薬は農作物を虫や病気から守り、化学肥料は生育を助ける。どちらも米や野菜の収穫量を増やし、戦後復興期から食料供給を支えてきた。プラス面がある一方で、過剰に与えると土壌汚染や生態系の破壊、健康被害を招く恐れがある。日本は高温多湿で虫や病気が発生しやすく、海外に比べて農薬や化学肥料に頼ってきた。

アレフは企業使命の1つに「人間の健康と安全を守り育む事業の開拓」を掲げ、食品を扱う会社として食材に責任を持つべきだと常に考えていた。「だれが、どこで、どうやって作っているのかがわかるお米」が責任の証しの1つであり、「生産者が実印を押せるお米」と表現していた。

「だれが、どこで」は生産者と取引する契約栽培で責任を果たせる。つくり方について環境や食の安全への配慮が欠かせない。活動当初は農薬や化学肥料を使わない有機農業での米づくりを模索し、アレフは自社で農場を保有して有機農業を実験した。生産者と協議を重ね、省農薬米の基準にたどり着いた。
 実際、有機農業はハードルが高い。国が定めた有機JAS規格では農薬や化学肥料を3年不使用で育てないと有機栽培米と認められない。また、認証機関から検査を受けないと「有機JASマーク」を表示できない。農林水産省によると、米の総生産量に占める有機米はわずか0.10%(2019年度)だ。
 農薬や化学肥料の使用を減らした「特別栽培米」もある。省農薬米は特別栽培米よりも厳しい基準を設定している。
 省農薬米は収穫量が落ちてしまう。農薬や化学肥料を通常通りに使う慣行栽培では10アールの水田から9俵から10俵を収穫できるが、省農薬米は8俵から8.5俵なので1俵ほど少ない。アレフは減少を補える価格設定で農家から省農薬米を購入している(図1)。

図1 省農薬米・アレフ米

同社仕入調達部の菊地康純さんは「相場よりも高いという表現は語弊がある」と強調する。なぜなら「環境や安全に配慮したお米を生産していただいた手間と価値に見合った価格と考えている。私たちも基準を満たした米を安定して供給していただいている」からだ。市場価格ではなく、環境や安全が価格の基準だ。  生産者も省農薬米の栽培を続けるとコツをつかみ、収量がアップしたという。また「生産者も自分が作ったお米がびっくりドンキーで使われていると分かる。一緒に責任を持っていただく形なので、生産者のモチベーションにもなると思う」(菊地さん)と話す。アレフと生産者がともに価値を共有できる関係が成り立っている。

品質を保証するための確認も重要だ。アレフは生産者から栽培履歴と出荷者証明書を受け取り、基準への適合をチェックしている。また、現地監査にも行く。毎年4月から5月、菊地さんたちは11産地と16カ所の精米工場を回る。精米工場では契約農家が出荷した米の所在を確かめ、契約外の生産者の米の混在がないことをチェックする(図2)。

図2 現地に足を運び、アレフ米を監査している

アレフ専用タンクを用意している工場があれば、契約外の生産者の米と混ざらないように清掃する工場もある。各工場とも投入と精米後の米の量の記録をつけており、監査では帳票類の数値を付き合わせる。同行する若林賢次さん(同社仕入調達部)によると「精米機械は同じように見えるが、工場によって作業に違いがあり、丁寧に確認している。監査の時期は決まっているので1日に数カ所を回ったり、東北に1週間、滞在したりすることもある」という。

「田んぼの生き物調査」を取引条件も、主体は生産者

2016年には基準を改定して「生物多様性配慮項目」を導入し、生産者が自身の水田に生息する生物を記録し、報告する「田んぼの生き物調査」を始めた。2023年からは年1回以上の調査を取引条件にする。  契約農家の水田は殺虫剤と殺菌剤が不使用なので、多くの生物が見つかる。省農薬米の栽培が水田の生態系保全・向上につながった証明だ。

当初は直営店の産地を対象とし、お客や従業員が参加するイベントとして生き物調査を始めた(図3)。2019年からFC向けの全産地を訪問し、生き物調査を呼びかけてきた。その成果で2022年は生産者の95%が実施するまでになった。契約栽培の必須ルールにする2023年は100%の実施を目指す。

図3 アレフ米の水田で行う生き物調査

調査が生産者の過度な負担にならない工夫をしており、生物の写真付きの調査票を配布する。生産者は見つけた生物が多ければ二重丸、少なければ三角をつける。手書きでも問題はない。生き物調査を担当する荒木洋美さんは「やりやすく、楽しく、報告が見やすいという要素を抽出してオリジナルの調査方法にした。主体は生産者。高い調査能力は求めないが、熱心な方はどんどん詳しくなる」と説明する。
 また「モニタリングが目的ではない。学術調査でもない。自分の田んぼを見つめ直してほしい。生き物を守るために何ができるのか、考えるきっかけになればいい」と期待する。

生き物調査は水を抜く「中干し」前に実施する。水田に多くの生物がいる時期であり、小さな生命の営みを考えるタイミングとしても最適だ。「水を抜くとヤゴ(トンボの幼虫)が死んでしまう。生産者は中干しを遅らせ、成虫になるのを待つ。その行動が生物多様性を守ることになる」と語るように、生産者の気付きにつながっている。
 また、成虫になると害虫を食べる生物もいる。生態系を使って害虫駆除ができるので、殺虫剤や殺菌剤を使わなくて済む。
 荒木さんは「FC向けの調査を始める時、各産地を回ると生産者は戦々恐々としていたと思う。しかし、始めるとみなさん楽しそう。お孫さんや地域の小学校と一緒に調査する生産者もいる」と、好意的な反応を語る。荒木さん自身は「私はおそらく日本でもっとも、生き物調査をしている人間のひとり」と誇らしげだ。シーズンになると1日にイベントを掛け持ちすることも珍しくない。

今のところ省農薬米や生き物調査の活動をホームページやSDGsレポートなどで公開はしているが、店舗では積極的に発信してはいない。もちろん「お米に対して十分な取り組みができている自負がある」(荒木さん)。来店者には美味しい食事を楽しんでもらい、満足してもらうことが優先。そして、提供した食事の“背後”に生物多様性に配慮した生産者がいる“見えないお値打ち感”を知ると満足度が向上するはずだ(図4)。

図4 びっくりドンキーでの食事と生物多様性はつながっている

ネイチャーポジティブが社会からの要請になり、企業の生物多様性保全に注目が集まる。今後取り組みをどのように伝えていくか、より伝わりやすい発信方法を検討するが、「どなたでも来店いただき、たくさん食べていただくことが、結果として自然や水田を守ることにつながっていくのがいい」(同)と意気込む。

省農薬米の価値、自然資本プロトコルで定量化

アレフは2019年、企業活動と自然との関係を明らかにする「自然資本プロトコル」を用いて、省農薬米の価値を評価した。コミュニケーション向上が狙いの1つ。省農薬米は生物多様性への配慮が評価されているが、価値を定量的に伝えることができていなかった。そこで、国際的に認められた手法で価値を評価して結果を社内外へ発信しようと考えた。

評価にあたって基礎的なデータが不足していたが、省農薬米を有機栽培米や慣行栽培米と比較した。
 環境面については下流への影響を評価した。農薬や化学肥料が水田から河川へ流れ出るためだ。有機栽培米は農薬と化学肥料の使用がないので影響はゼロ。省農薬米は汚染を招いたとしても、回復にかける費用は慣行栽培米よりも大幅に抑制できる。

人的資源への依存度は省農薬米が小さかった。荒木さんは「有機栽培米と省農薬米の違いは除草に尽きる」と理由を解説する。有機栽培米は除草剤を使わないため環境影響はないが、生産者にとって草取り作業の負担がある。省農薬米は除草剤1回を散布するだけでも草取りの負担を大きく軽減できる。除草剤の散布作業が少ないので、慣行栽培米と比べても人的資源への負荷が少ない。
 また、価格は有機栽培米と比べると下がるが、慣行栽培米よりも高く、省農薬米は経済的な価値もある。さらに、生き物調査を含めた生物多様性への取り組みはブランディングなどの宣伝価値もあると評価できた。

自然資本プロトコルの結果から、荒木さんは「省農薬米は有機栽培米の〝劣化版″ではない。生産者に大きな負担をかけずに生物多様性に配慮した米作りができる。省農薬米は持続可能な生産形態と言える。私たちも、安定した品質のものを安定した数量を仕入れる取り組みだ」と自信を持って語る。
 ネイチャーポジティブを基軸とした経済への移行が始まると、企業はサプライチェーン全体での自然再生への取り組みが求められる。同時に透明性のある情報公開も迫られる。省農薬米は、事業活動を通じた自然再生とサプライチェーンの持続可能性に貢献する好例と言えそうだ。

(「自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ」p.140-149より抜粋)

<書籍紹介>
書名:自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ
著者名:松木 喬
判型:四六判
総頁数:160頁
税込み価格:1,650円

<著者略歴>
松木 喬(まつき・たかし)
日刊工業新聞社 記者
1976年生まれ、新潟県出身。2002年、日刊工業新聞社入社。2009年から環境・CSR・エネルギー分野を取材。日本環境ジャーナリストの会副会長、日本環境協会理事。主な著書に『SDGsアクション<ターゲット実践>インプットからアウトプットまで』(2020年)、『SDGs経営“ 社会課題解決”が企業を成長させる』(2019年)、雑誌『工業管理』連載「町工場でSDGsはじめました」(2020年1-10月号、いずれも日刊工業新聞社)。

<販売サイト>
Amazon 
Rakuten ブックス
Nikkan BookStore 

<目次>
第1章 ビジネスは生物多様性に依存している
1-1 企業経営に生物多様性は不可欠なもの
1-2 昆明・モントリオール生物多様性枠組みは企業活動の参考となる活動指針
1-3 「30by30」達成へ、企業緑地も評価する「自然共生サイト」スタート
1-4 求められる情報開示、自然と企業活動との関連は?
1-5 ネイチャーポジティブ達成の道標「生物多様性保全国家戦略」

第2章 専門家が語るネイチャーポジティブ
2-1 〈インタビュー〉馬奈木 俊介氏 九州大学主幹教授
2-2 〈解説〉TNFDの目指すものとその最新状況 TNFDタスクフォースメンバー MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス TNFD専任SVP/MS&ADインターリスク総研 フェロー 原口 真
2-3 〈解説〉海洋におけるネイチャーポジティブの実現と、それを阻むIUU漁業 シーフードレガシー 代表取締役社長 花岡 和佳男
2-4 〈インタビュー〉藤井 一至氏 森林総合研究所主任研究員

第3章 実践企業に学ぶネイチャーポジティブ
3-1 NEC 我孫子事業場 四つ池
3-2 パナソニック 草津拠点「共存の森」
3-3 MS&ADグループ
3-4 キヤノン
3-5 アレフ

ニュースイッチオリジナル

特集・連載情報

自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ
自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ
自然回復を優先する「ネイチャーポジティブ」型経済への移行に向けた議論が急速に進んでいる。2022年末に世界目標として合意され、日本は国家戦略を策定した。環境省はネイチャーポジティブ型経済が30年に125兆円の経済効果をもたらすと試算した。企業にはこれまでとは次元が異なる生物多様性回復の行動が求められる。

編集部のおすすめ