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求められる情報開示、自然と企業活動との関連は?

自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ #2

生物多様性をめぐる世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」(新目標)が合意され、ターゲット3で「2030年までに陸域、陸水域、海域の少なくとも30%を保全する」という目標ができた。30%を生物多様性の保護地域にするため「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」と呼ばれる。

環境省幹部によると、同省を訪れた海外の人が30by30の啓発ポスターを見て内容を理解できたという。日本語で解説されていても、専門家の間で30by30は世界共通言語となっているようだ。

2020年までの世界目標「愛知目標」の保護地域の目標は「陸域17%、海域10%」だった。愛知目標の達成状況をまとめた報告書「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)」によれば、17%と10%は「達成する可能性が高い」という。

新目標は、自然を減少から回復に転じさせる「ネイチャーポジティブ」を目指している。陸域17%→30%、海域10%→30%へとそれぞれ保護地域を拡大することは自然を増やすことであり、ネイチャーポジティブとして分かりやすい。

日本政府は新目標を採択した生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で、30by30の議論を重視していた。また、先進国の間でも早くから目標として共有されていた。2021年6月にイギリスで開催された先進7カ国首脳会議(G7サミット)で合意された「自然協約」で、2030年までに生物多様性の損失を食い止め、反転させる目標を共有し、達成手段として30by30の実施を約束していた。

世界でも率先した動きを見せる日本政府

すでに日本は30by30達成に向けて動き出している。
 日本には自然公園や鳥獣保護区、保護林など法規制による保護地域が陸域に20.5%ある。残りの約10%分を民間などの緑地を活用して30%を達成する計画だ。行政の保護地域以外の緑地を目標達成に組み入れる制度が「自然共生サイト」となる。
 環境省が制度づくりを進めており、民間などからの申請を受けて審査し、基準を満たすと自然共生サイトとして認定する。認定した緑地は保護地域に加算する。同省は2023年度から正式に制度化し、まずは100カ所を認定する。

行政の保護地域以外を専門用語で「OECM=Other Effective area based Conservation Measures」と呼ぶ。そのまま日本語にすると「その他の効果的な地域を基盤とする手段」となり、専門家の多くは「保護地域以外で生物多様性保全に資する地域」と訳す。日本語訳でなじみにくいので、自然共生サイトと名付けた。

2018年開催のCOP14で、OECMの定義が採択され、国際的な基準ができている。自然共生サイトにも国際基準にのっとった認定基準がある。主には、境界や区画を確認でき、面積が算出されることなどが条件。公的機関に生物多様性の重要性が認められていることや水源保護、防災、伝統文化への活用なども基準となっている。

認定対象として企業の森や工場・研究所の緑地、建物の屋上、ゴルフ場、スキー場なども想定している。工場の敷地に緑地を整備したり、社有林を保有したりする企業も少なくない。自然共生サイトの認定によって企業は緑地管理が国から評価されるため、社外にもアピールしやすくなる。企業内でも整備や保全の意欲もわきやすくなる。
 上場企業はESGを重視する投資家などにアピールできる。中小企業も地域に対して環境保全に取り組む企業姿勢を伝えられる。

環境省は2022年度、自然共生サイトの試行事業を展開し、申請や審査の手順を確認した。試行は前期と後期の2回に分かれて実施し、企業や自然保護団体など計56社・団体も協力し、すべてが自然共生サイト認定相当に選ばれた(表1、2)。
 自然共生サイトを推進するため環境省は2022年4月、官民連携組織「生物多様性のための30by30アライアンス」を発足させた。日本経済団体連合会(経団連)や国際自然保護連合(IUCN)日本委員会、企業グループの企業と生物多様性イニシアティブ、NGOなども発起人となり、自然共生サイトに登録する企業などを募る。

発足当初、趣旨に賛同した旭化成やアサヒグループホールディングスなど84社が参加を表明。2023年4月22日時点で企業218、自治体37、NPOなど119、個人45名へと加盟が拡大した。

アライアンスに参加すると自然共生サイトの認証に関する最新情報を入手できるほか、自社の活動を発信できる。また、生物多様性のための30by30アライアンスのロゴマークも使用できる。陸と海をモチーフにしながらも山や川、鳥、木々、うさぎ、うなぎ、かに、島、魚群など多様な絵柄が描かれている。

日本は世界に先駆けてOECMの基準を満たした認定制度として自然共生サイトを始める。他にも「30by30」ロードマップも策定しており、国際的にも取り組みをリードできそうだ。

(「自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ」p.34-39より抜粋)

<書籍紹介>
書名:自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ
著者名:松木 喬
判型:四六判
総頁数:160頁
税込み価格:1,650円

<著者略歴>
松木 喬(まつき・たかし)
日刊工業新聞社 記者
1976年生まれ、新潟県出身。2002年、日刊工業新聞社入社。2009年から環境・CSR・エネルギー分野を取材。日本環境ジャーナリストの会副会長、日本環境協会理事。主な著書に『SDGsアクション<ターゲット実践>インプットからアウトプットまで』(2020年)、『SDGs経営“ 社会課題解決”が企業を成長させる』(2019年)、雑誌『工業管理』連載「町工場でSDGsはじめました」(2020年1-10月号、いずれも日刊工業新聞社)。

<販売サイト>
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<目次>
第1章 ビジネスは生物多様性に依存している
1-1 企業経営に生物多様性は不可欠なもの
1-2 昆明・モントリオール生物多様性枠組みは企業活動の参考となる活動指針
1-3 「30by30」達成へ、企業緑地も評価する「自然共生サイト」スタート
1-4 求められる情報開示、自然と企業活動との関連は?
1-5 ネイチャーポジティブ達成の道標「生物多様性保全国家戦略」

第2章 専門家が語るネイチャーポジティブ
2-1 〈インタビュー〉馬奈木 俊介氏 九州大学主幹教授
2-2 〈解説〉TNFDの目指すものとその最新状況 TNFDタスクフォースメンバー MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス TNFD専任SVP/MS&ADインターリスク総研 フェロー 原口 真
2-3 〈解説〉海洋におけるネイチャーポジティブの実現と、それを阻むIUU漁業 シーフードレガシー 代表取締役社長 花岡 和佳男
2-4 〈インタビュー〉藤井 一至氏 森林総合研究所主任研究員

第3章 実践企業に学ぶネイチャーポジティブ
3-1 NEC 我孫子事業場 四つ池
3-2 パナソニック 草津拠点「共存の森」
3-3 MS&ADグループ
3-4 キヤノン
3-5 アレフ

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自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ
自然回復を優先する「ネイチャーポジティブ」型経済への移行に向けた議論が急速に進んでいる。2022年末に世界目標として合意され、日本は国家戦略を策定した。環境省はネイチャーポジティブ型経済が30年に125兆円の経済効果をもたらすと試算した。企業にはこれまでとは次元が異なる生物多様性回復の行動が求められる。

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