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自然回復をビジネスにつなげる「ネイチャーポジティブ」を知っていますか?

自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ #1

自然回復を優先する「ネイチャーポジティブ」型経済への移行に向けた議論が急速に進んでいる。2022年末に世界目標として合意され、日本は国家戦略を策定した。環境省はネイチャーポジティブ型経済が30年に125兆円の経済効果をもたらすと試算した。企業にはこれまでとは次元が異なる生物多様性回復の行動が求められる。(編集委員・松木喬)

日本、国家戦略に設定 COP15で明記

ネイチャーポジティブに明確な定義はないが、「自然を回復させる」という意味が定着しつつある。20年前後から政財界のリーダーが使い始めた。22年末に開かれた国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」が合意され、「30年までに自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め、反転させる」と明記された。ネイチャーポジティブの用語は入らなかったが、事実上の世界共通目標となった。

ネイチャーポジティブをめぐるキーワード
生物多様性国家戦略のポイント

国際的な合意を受け日本政府は3月末、「生物多様性国家戦略」を決定し、五つある基本戦略の一つに「ネイチャーポジティブ経済の実現」を掲げた。そして40ある個別目標の一つに、事業活動による生物多様性への負の影響を低減させるだけでなく「正の影響の拡大」を盛り込んだ。自然を減らさない「保護」や「配慮」は当然だが、これからは「回復」を企業活動の前提として求める。

さらに「生物多様性への依存度・影響の定量的評価、科学に基づく目標設定、情報開示」も目標に入れた。

業績と同様に公開し、金融機関が投融資を判断する材料にする狙いだ。農作物や木材といった天然資源が減少すると事業継続が難しくなる業種があり、金融機関は投融資先の経営リスクとして生物多様性を捉えている。

工場緑地の保全でネイチャーポジティブに貢献できる(パナソニックの草津工場=滋賀県草津市)

9月には国際機関「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」が開示項目を整理した基準を公表する。開示の国際標準となると見込まれており、日本企業の関心が高い。企業には事業活動を分析し、自然や生態系を破壊するリスクを調べる作業が求められる。海外の調達先が海産物を乱獲し、森林を強引に伐採して工場を建設しているかもしれない。こうした調達先と取引を続けていると、自然破壊に加担しているとして批判されるリスクがある。

工場の緑地、申請で評価「海・陸30%保全」目標

海と陸の30%を保全する世界目標「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」もCOP15で合意した。日本は民有地を入れて30%の達成を目指しており、4月から認定制度「自然共生サイト」を始めた。企業は工場の緑地を申請できるため、敷地内で生物多様性保全に取り組んできた成果を評価してもらえる。

ネイチャーポジティブはビジネスとしての期待も高まる。環境省の「ネイチャーポジティブ経済研究会」は30年、国内で年125兆円の経済効果があると試算した。内訳はビジネス機会の創出が47兆円、サプライチェーン(供給網)への波及効果が78兆円。別の計算ではビジネス機会だけで104兆円と見積もった。多様な条件を満たさないと到達しないが、「市場があることを企業に示したかった」(環境省幹部)という。同省は23年度中に「ネイチャーポジティブ経済移行戦略(仮称)」を策定する。

ネイチャーポジティブの経済効果は30年に125兆円と試算

同省の研究会が参考にしたのが、世界経済フォーラムが20年に公表した報告書だ。30年に世界全体で年10兆ドルのビジネス機会が見込まれるとし、68のネイチャーポジティブ型ビジネスを提示した。農業や養殖、林業のほか、バイオ燃料や代替肉、住宅の共同利用、再生可能エネルギーなどが含まれる。新規事業は少なく、自然再生の機運が高まり需要が喚起され、既存事業が成長するイメージだ。

4月に札幌市で開かれた先進7カ国(G7)気候・エネルギー・環境相会合では、日本の呼びかけで「ネイチャーポジティブ経済アライアンス」が設立された。G7が、自然の回復を優先する経済システムに変えようと合意した。

<書籍紹介>
書名:自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ
著者名:松木 喬
判型:四六判
総頁数:160頁
税込み価格:1,650円

<著者略歴>
松木 喬(まつき・たかし)
日刊工業新聞社 記者
1976年生まれ、新潟県出身。2002年、日刊工業新聞社入社。2009年から環境・CSR・エネルギー分野を取材。日本環境ジャーナリストの会副会長、日本環境協会理事。主な著書に『SDGsアクション<ターゲット実践>インプットからアウトプットまで』(2020年)、『SDGs経営“ 社会課題解決”が企業を成長させる』(2019年)、雑誌『工業管理』連載「町工場でSDGsはじめました」(2020年1-10月号、いずれも日刊工業新聞社)。

<販売サイト>
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<目次>
第1章 ビジネスは生物多様性に依存している
1-1 企業経営に生物多様性は不可欠なもの
1-2 昆明・モントリオール生物多様性枠組みは企業活動の参考となる活動指針
1-3 「30by30」達成へ、企業緑地も評価する「自然共生サイト」スタート
1-4 求められる情報開示、自然と企業活動との関連は?
1-5 ネイチャーポジティブ達成の道標「生物多様性保全国家戦略」

第2章 専門家が語るネイチャーポジティブ
2-1 〈インタビュー〉馬奈木 俊介氏 九州大学主幹教授
2-2 〈解説〉TNFDの目指すものとその最新状況 TNFDタスクフォースメンバー MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス TNFD専任SVP/MS&ADインターリスク総研 フェロー 原口 真
2-3 〈解説〉海洋におけるネイチャーポジティブの実現と、それを阻むIUU漁業 シーフードレガシー 代表取締役社長 花岡 和佳男
2-4 〈インタビュー〉藤井 一至氏 森林総合研究所主任研究員

第3章 実践企業に学ぶネイチャーポジティブ
3-1 NEC 我孫子事業場 四つ池
3-2 パナソニック 草津拠点「共存の森」
3-3 MS&ADグループ
3-4 キヤノン
3-5 アレフ

日刊工業新聞 2023年月5月5日一部抜粋

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自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ
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