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JAXA若手研究者の「宇宙と日常を近づける」エッセイが気になる

本のホント#15 「ワンルームから宇宙をのぞく」
JAXA若手研究者の「宇宙と日常を近づける」エッセイが気になる

「ワンルームから宇宙をのぞく」著者の久保勇貴さん

宇宙は謎が多い、なんかすごそうだけどよくわからない―そんな、遠い存在と思いがちな宇宙との距離感をぐぐっと縮める一冊が「ワンルームから宇宙をのぞく」(太田出版)。執筆したのは、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の久保勇貴さんだ。宇宙研究や理論をわかりやすく解説しながら、自身の幼い頃の記憶や研究生活の中で心に残る風景へとつながっていくユーモアあふれるエッセイになっている。「宇宙にも生活がある」と話す久保さんが、本書に込めた思いを聞いた。(聞き手・昆梓紗)

このままじゃみんなが宇宙に行ける時代は来ない

―宇宙と日常をテーマにエッセイを書かれた理由は。
 小さい頃から宇宙に行きたかったこともあり、この道に引き寄せられていきました。今は宇宙関連の仕事をしていますが、それでもやっぱり、宇宙ってずっと遠い存在なんですよね。今の日本が持っている予算規模にしても、何人も宇宙飛行士を宇宙に送ることは難しく、ましてや一般人が気軽に行くには程遠いです。どこかでずっと「宇宙はロマン」という感じがあって、夢があるのはいいことなのですが、夢のままにしがちというか。
 宇宙と日常をつなげるというのは、(心的距離を)近づけたいという気持ちもあります。
 「地球の外に宇宙があるというよりも、地球はそのまま宇宙である」と本のまえがきにも書いているのですが、宇宙と地球は連続していて、「宇宙と同じ物理法則に支配された一つの空間」。だから、宇宙にも生活がある。それをもっといろんな人が実感を持って語れるようにならないと、みんなが宇宙に行ける時代が意識されることさえも遠いままなのではないかという意識が昔からあります。自分が宇宙に行けなくて悔しい、っていうのもありますが(笑)

―行けなくて悔しい、ということから、なぜ書くことを選んだのでしょうか。
 書くことを選んだ、というより、書くことしかできなかった。学生時代からブログを始めていて、「宇宙」よりも「書く」という方が先行していたんです。
 大学院でJAXAに入ってから、イベントなどで宇宙に関するガイドをする機会ができたんですが、一般の方に説明しても「お偉いさんたちがすごいことやっている」というような、好意的ではあるのですが距離を取られてしまって。「このままじゃみんなが宇宙に行く時代は来ないな」というのが実感としてありました。そこから、科学を身近に感じてもらえるような記事をブログで書くようになりました。

―科学エッセイというと、科学をわかりやすく解説する、というものが多いように思います。一方、本書は科学を解説するだけでなく、久保さん自身が生活する中での気づきや生きる上での考え方などにさらりと繋げているところが面白く感じます。
 「ノンホロミック、空を飛ぶ夢」の章で取り上げた姿勢制御はまさに私がメインで研究しているテーマなのですが、研究者が書くエッセイはまず「研究を伝えたい」というのがあって、それを読みやすくするという方向性が多いです。ただ、私は逆で、「表現をしたい」というのが先にあります。
 昔から芸術に興味があって、大学時代には演劇をやっていました。表現活動を行う上で、その題材として宇宙や科学を取り扱っている。軸足は表現にあるんです。

「ノンホロミック、空を飛ぶ夢」:宇宙空間では直接動きたい方向に動けず、縦列駐車の車のように一時的にわざと遠回りに動くことで結果的になりたい状態に到達する。人生も、さまざまな制約を受けながら遠回りをしつつ、結果的に到達したい場所やなりたい目標にたどり着けるのではないかと考察。長年宇宙飛行士になりたいと思っていた中で、ついに始まった募集に応募するため奮起する。

理論を分かりやすくかみ砕いて説明するとともに、面白さや親しみやすさを融合させる、という試行錯誤は長年されてきたのでしょうか。
 分かりやすくしつつ、理論の核の部分もしっかりと伝えることを強く意識し、気を遣っています。特に宇宙に関することをかみ砕いて説明したコンテンツは「宇宙って不思議だね~」という感じでフワッとしたところで終わりやすく、理論や研究の面白さまで迫っているものが少ないと感じています。とはいえ、重たくなりすぎないように、(本書の元となった)ウェブ連載の段階から結構な調整は行ってきました。

成功だけではない裏を書く

―宇宙開発や研究に携わる人たちの心情や人間味のようなものを描かれている点も、宇宙と生活を近づけることにつながっていると感じます。普段はそうは見えない研究者の方々の苦悩に触れ、久保さんが涙した話が印象的でした。
 本書で言うと「糸川英夫と、とある冬の日」の章に出てくる、JAXAの先生との会話などがそれにあたるかなと思います。 「こんなに熱い気持ちで研究しているのか」とまず自分が感動し、それを伝えたいというのがあります。内部にいて、ニュースだけでは分からない部分に心が動かされたし、考えさせられたので。

「糸川英夫と、とある冬の日」:航空宇宙開発と軍事利用・発展との切り離せない関係。淡々と科学をやるしかない研究者の立場と、個人的な感情について、糸川先生の経歴と言葉を引用しながら描かれている

「はやぶさ2が小惑星の砂を取ってきました」などという結果だけ見ると、「なんかすごいのは分かるけど過程がわからない」と思われてしまう。これは(研究者である)自分でも実感していて、他人の研究論文を読むと「なんでこんなこと思いつくんだろう、自分じゃできないな」と思ってしまうんですけど、その論文の裏には試行錯誤や思いや人間性があるんですよね。

―結果が出たものや成功譚は多く語られますが、そうではないもの、日の目を見ないものも多くあり、そこで起きる苦悩を苦悩のまま書かれていることも印象的でした。
 苦悩を書こうという意識はないんですが、結果的にそうなっていますね。研究は論文になって表に出ているものが1割くらいだとも言われますし。

―エッセイの執筆が研究に生きたことは。
 自分の中での研究に対する哲学の更新を寄せ集めたのが、この本です。執筆しながら、整理できない感情や付き纏っている悩みなどに応えているので、生き方や研究者人生に影響していると思います。とはいえ、書いたことで道がクリアになっているというより、書くほどにどんどん迷い込んでいる気もするんですけど(笑)

研究当事者だからこそ伝えられること

―執筆のアイデアはどういった時に思い浮かびますか。
 散歩中が多いです。また、日常的に執筆のネタが浮かんだらメモしておいて、いざ執筆する段階で組み合わせやつながりを考えます。書きながら、表現したい軸になる感情を発見していきます。

―JAXA宇宙科学研究所で、宇宙飛翔工学を専門に研究や宇宙機の設計などを行っているとのことですが、本業との両立に難しさを感じることは。
 現在ポスドクと呼ばれる立場にいて、論文や研究成果を出していかなければ次の職につながらないのですが、私がエッセイなどを書いている間にも同業者は論文を書いていると思うので、その点では遅れを感じることもあります。将来が分からない、という今の立場の不安定さやそれゆえの不安も、執筆の原動力になっている面があるかもしれないですね。
 一方で、自分にしかできないことをしているという気持ちもあります。研究や科学をわかりやすく伝えるサイエンスコミュニケーターという職業もあるのですが、研究当事者だからこそ伝えられることがあると思っています。

―今後書いてみたいことは。
 今作はいままで書いてきた著作をまとめているので、音楽でいうところの「デビューアルバム」みたいな意識があります。ある意味自己紹介的な、読者にキャッチーな作りになっています。でも2作目は、読んだ時の気持ちよさは残しつつ、より自分の書きたいことを深めていきたいと思っています。
 私は音楽が好きで、特にイギリスのロックバンド「レディオヘッド」が好きなんですが、彼らの2作目がそういう感じで、とても気持ちが良く味わい深いんですよね。キャッチーさと、バンドが追求したい音楽がいい塩梅で両立しているというか。そんなイメージです。

―もっと深く書き込んだものも読みたい、というのは一読者としても感じました。各テーマに関してもっと掘り下げられる余白がある印象です。
 ブログや連載を6年くらい継続してきて、「読まれない」ということに慣れすぎてたような気がしています。自分としては「いいものが書けた!バズるかも!」と思っても、そこまではいかず、1週間ぐらい落ち込んで、また書くというのを律儀に繰り返していて…。そういった経験からも、キャッチーにしなきゃなという意識があったというか、自分の表現を崩さないまでも、ちょっと読者に迎合していた部分があったかな、というのを、本にまとめる段階で気づいたんです。友達に言われたんですよね、「いいもの書いているからもっと堂々としなよ」って。
 書くものに自信を持ったうえで、読者を置いてきぼりにしたくはないと思っているので、両立していきたいです。

―表現したいというのが先で、たまたま詳しいテーマが宇宙だった、と冒頭にお話されていましたが、今後も同じテーマで書いていくのでしょうか。
 研究で日々「これはすごいな」と思うことの可能性をどんどん追求していますし、その中でまだまだ書きたいことは生まれていくと思います。逆に、自分がワクワクする、書きたいと思える、面白い研究をしていかないといけないなと思います。

ニュースイッチオリジナル
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
研究者のエッセイ、と聞くと身構えてしまう方もいると思うんですが、文体がとても親しみやすいのも久保さんの特徴です。あまり書くとネタバレになるのでここでコッソリ、理論をユーモアあふれる文章で説明(?)している個人的に好きな部分をご紹介します。「『ガウスの脅威の定理』(中略)『ガウスのびっくりしちゃった定理』ということだ。『うわっ!ダマされた大賞』みたいでウケる」「フィボナッチ数列(中略)『不死身のウサギが2ケ月ごとに子供を産んでいったら不死身のウサギたちの総数はどう変化していくか?』という問題を考えた時にたまたま生まれたものらしい。不死身のウサギって何だよ」

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