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直木賞・今村翔吾さん「職人技術は最後の砦」

本のホント#11 『塞王の楯』

「職人技術は日本人の心の最後の砦になってきている」―。石垣積みの技術集団「穴太衆」の職人たちを主人公にした『塞王の楯』で1月に直木賞を受賞した今村翔吾さんは日本のものづくりの現状をそう語る。同作では戦国時代末期の穴太衆と鉄砲作りの技術集団「国友衆」による技術競争を通じて、武士以外の視点から戦争を描いた。一方で、今村さんは2021年11月に事業承継して大阪府箕面市の書店を経営する経営者としての顔も持っている。戦国時代の技術競争を作品のテーマに選んだ理由や取材エピソードのほか、今の日本のものづくりや書店経営への思いなどについて聞いた。(聞き手・八家宏太)

―『塞王の楯』執筆のきっかけは。

もともと書きたい場所や人ではなくて、人はなぜ争うのか、なぜ戦争を繰り返すのか、どうやって戦争を終わらせるのかを歴史小説を通じて問いたいと思ったんです。そのときに武士たちで戦争を描くと目の前の敵を倒すことに集中しているので、一歩引いて考えられる集団、今風に言うなら軍事産業に関わっていて転用可能な技術を持っている集団から見た戦争の方がより真実に迫れると思い、穴太衆と国友衆を主役にしました。なおかつ攻守が拮抗するような戦いを描きたいと思っていました。

―武士以外の目線から戦いを描いた狙いは。

現在、紛争地域では戦争というものが当たり前ということになっていますが、戦争は戦国時代も非日常だと定義したかったんです。だからこそ、穴太衆の日常の雪かきのシーン、寺の石垣を修理しているシーンなどを敢えて描きました。無駄のように見えるけど、日常の中に非日常の戦争が起こっていると書きたかった。戦争は簡単に言えば怖いものですが、戦争がどのように起きて、収まっていくのかというのは描きたかったです。

―穴太衆、国友衆、大津城は現在お住まいの滋賀県ですが、意識していましたか。

全くない。偶然です。鉄砲作りの技術集団で言えば堺衆、根来衆、日野衆もありますが、守るということで言えば穴太衆くらいしか思い浮かばなかったんですよね。一方で、当時の鉄砲日本シェアナンバーワンの国友衆も滋賀県にいたわけです。それで大筒が使われた戦争を描きたいと考え、戦国時代末期の大津城の戦いを見つけ、偶然、滋賀県が続いたわけです。

一方、滋賀県は京都の隣国で米を作るだけじゃなくて、技術を売る需要に気づいていた国だと思うので、技術が発展するのは必然と思います。穴太衆と国友衆以外にも、日野の鉄砲作り、甲賀の忍者の諜報技術が育まれたりしています。近江商人の物流が発展したのも京都が隣であるからということもあると思います。

 

―執筆に際しては穴太衆の技術を今に受け継ぐ粟田建設へ取材に訪れたそうですが、エピソードや感じたことは。

粟田建設には手の感覚を研ぎ澄ますために塩で手を洗うとか、基礎の修行に10年かかるという話を聞きました。現在でも(石垣積みの技術を習得するためには)栗石をならべるのに10年くらいかかったと言っていましたね。30歳くらいでようやく半人前でちょっと石垣を詰めるようになる言われる世界のようです。石垣職人は一番上の天板まで詰めてようやく一人前という世界ですが、30代に積んだ石垣を直したくなるという体験談も聞きました。

―穴太衆の取材を通じて感じたことは。

穴太衆は軍事産業で、機密情報につながる技術だから紙に残しません。それが穴太衆が信頼された証だと思います。本人が思っていない情報流出とか、今でもサイバー攻撃で情報流出があることから考えると、敵方に捕まって拷問されない限り流出しないとも言えます。でも、石垣の図面の技術は暗号化されているとも言えて、たとえ聞き出しても一般の人はわかりません。守秘義務はとてもシビアだと感じましたね。

取材はオンラインで実施した

―職人の技術的な部分だけでなく、目指す「平和」という理想と現実の間で葛藤する登場人物たちの内面描写も物語の重要な要素でした。

常にどのようなものを書くとしても血の通った吐息のある人を描きたいと思ってます。エピソードを自分の体験からはめることは運が良ければあるけど、人を描くにはどれだけ優しくなれるか。人の気持ちを分かろうとすれば、色んな人を書きやすくなります。色んな人に会うことが色んな人物を書き分けるには必要と考えています。

僕は人の弱さをどれだけ描けるかが重要で、人の強さと弱さの両方を描きたい。それが読者の感情の揺れ、物語の活躍の波を大きくすることにつながります。だからこそ『塞王の楯』で登場する戦国時代の完璧な武将と言える立花宗茂を描く際は苦労しました。どうやって立花宗茂の弱みを吐露できるかがキーポイントで、弱さを書くためのエピソードをひたすら探しました。

―人への優しさなど作品での描写の背景になる原体験があるのでしょうか。

あまり話したことはありませんが、高校、中学はそこそこ勉強ができる学校でやんちゃしましたが、保育所、小学校低学年あたりはいじめられてました。家の外ではいじめられていたので、家で500ピースのパズル、絵を描いたりするのが好きでした。地道なことを続けるのが得意な性分でもありますね。

―職人たちを主人公に物語を描いた今村さんがものづくり、伝統産業の現状へ思うことは。

日本には素晴らしい技術がたくさんありますよね。みんな、日本のものづくりはすごいと礼賛するわりにここ20-30年なり手がいないのはいびつに思います。途絶えそうな技術もありますし。なりたい人がもっといても良いはずなのにと疑問に思いますね。海外から賞賛されている日本の技術を見て国内で盛り上がっているのは、日本人が自信をなくしている証拠だと思います。職人技術が日本人の心の最後の砦になってきています。

なんでやろうと考えてみることはあります。例えば、中学校を卒業して職人になろうとする人はいるはずですが、「やめとけ」と周りが止めてしまう。本当にやりたいことがあってもそれを貫くことが難しい社会だと思います。憧れを失わせることが多いのではないでしょうか。どんな仕事でも楽しいことも苦しいこともあるからこそ、その瞬間の巡り合わせだと思いますが、やりたいと思った時にスムーズに進まない状況があるのではないでしょうか。僕も作家になりたいと思い立ってから2年もやらなかったら作家をやってないと思います。

一方で、職人になりたい人を応援してあげられる世の中じゃないとあかんと思います。「つぶしがきかないからやめとけ」みたいに言われるけど、作家の僕は潰しがききません(笑)。多様性という言葉がある中で、人生で一番大事なことを仕事にしてはダメという社会的な風潮も疑問で、それぞれの働き方が認められてもいいんじゃないでしょうか。誰が悪いとかでは無くて、職人が育ちにくい社会になりつつあるのかもしれませんが。

―どんな情報があれば担い手が増えると思いますか。

例えば、収入がどれくらいなのかとかを教えてあげればいいのでは。人は本能的に他人よりも裕福でありたいと思うはずで、実態を教えて欲しいです。発信しているとしても、届いていないように思います。昔ながらの厳しい修行というイメージがあるけど、たとえそうでも技能が高まることで高給取りになれるなら、なりたいと言う人は出てくるはず。素人ながら漆器とか世界に誇る技術が伝承されたほうがいいと思いますが、跡取りがいないこともあります。

また、きっかけ作りが大事で、お金だけで続ける人はいないと思います。職人でも作家でも、本当の面白さはその世界に入ってみないとわかりません。その面白さにもっと職人は自信を持って良いのではないでしょうか。

―21年に書店「きのしたブックセンター」(大阪府箕面市)を事業承継しました。デジタル化が進む現代においての本と書店の意義をどのように考えますか。

コストだけで語るなら電子書籍の方が良いです。でも、たぶん電子書籍だけにはならないと思っています。電子書籍と通信販売は相性が良いです。例えば「石垣」を検索すると「石垣」に関する本がすぐに表示されて、ダウンロードできるのが電子書籍と通信販売の良いところ。一方で、書店は気づきが得られます。例えば、書店で石垣の本の横に木材の本が置いてあったりすると、それがきっかけで興味が広がります。紙の本は興味の連鎖が起こります。電子書籍の販売サイトは関連書籍などが絞られる一方で、書店は関連書籍やジャンルが多い。紙の本が興味を広げていく。そういう意味では書店はなくならないし、なくなったらあかんと思います。

本は作者の子どもとか分身と言われることがあります。書店に並んでいる本は紙でも冊子でもありません。その人間の分身であり、魂です。本や物語と出会っていると言うより、それを書いた人と出会っているようなものと思います。

【プロフィール】
1984年京都府木津川市出身。18年『童の神』で角川春樹小説賞を受賞。20年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、野村胡堂文学賞を受賞。同年『じんかん』で山田風太郎賞を受賞。21年『羽州ぼろ鳶組』シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。22年『塞王の楯』で直木三十五賞を受賞。歴史小説を中心に多数の著作がある。
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日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
戦国時代末期の職人たちを主人公にした『塞王の楯』で今村さんは第166回直木賞を受賞しました。冒頭の今村さんのものづくりへの危機感に気づいていない人は少なくないのではないでしょうか。世界に誇れる製品や技術がある一方で、担い手不足が慢性化しています。この作品では、職人たちの技術と熱い思いが描かれており、職人を志す読者もいるかもしれません。ものづくりに魅力を感じる人たちが職人として一生をかける生き方、働き方が尊重される社会的雰囲気作りが、日本のものづくりを将来へつないでいくために必要だと感じました。(千葉支局・八家宏太)

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