パナソニック会長が社長就任時に自宅で書き留めた言葉
「一商人なり」観念忘れず
「素直な心で衆知を集めて、未知なる未来に挑戦する」
パナソニックの津賀一宏会長は2012年の社長就任に際し、自宅でチラシの裏に筆ペンでこう書き留めた。R&Dや技術開発畑を中心に歩んできた後、約9年間担った経営のかじ取りは、この言葉とともにあった。
「素直な心は創業者、松下幸之助が一番大事にした言葉。世の中を見て、人の意見を聞くことが大事であり、衆知を集める経営は当社の伝統。トップダウンで決めて、そのまま突き進むものではない」
そこにオリジナルで“未知なる未来に挑戦”を付け加えた。
「R&Dと経営に共通するのは絶えずできるか、できないか。そういうところも好きでR&Dを続けてきた。未知への挑戦は時に経営リスクにつながる可能性もあるが、経営者としての喜びでもある」
社長就任後、赤字からの立て直しなど同社の構造改革に奔走。京都府内のパナソニックショップ有力店を訪れた時、オーナーから「パナソニックはサラリーマンになっていないか。我々は商人」と言われ、ハッとした。メーカーとは何か―。
「お客さまが何を求めているか。それが原点だが、メーカーの理屈で働いていないか。『一商人なりとの観念を忘れず』ということだ」
折に触れこの言葉を思い出すとともに、社員に何度も伝えた。
社外からも刺激を得た。米電気自動車(EV)メーカー、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)だ。「良い意味で楽観主義者。目的達成のためにはネガティブな発想を持たない」というマスク氏の姿勢が印象に残る。テスラとの電池事業は「我々にとっても大きな経験。勇気を得た」と実感する。
社内食堂で一緒に昼食を取ることも多い楠見雄規社長には「長期的目線で10年後を見て経営をしてほしい」と伝えた。楠見社長はパナソニックが30年までに自社の生産などに伴うCO2(二酸化炭素)排出量実質ゼロ化の方針を、いち早く打ち出している。
一途に向き合ったDVDなどの開発者から経営者を経て、経団連副会長など会長として仕事は変化したが「この会社を次の世代につながなければならない」との思いは変わらない。常に「挑戦」を念頭に置き走り続けてきた奮闘は、22年4月の持ち株会社化を控える同社の次の成長に向けた確かな礎を築いている。(編集委員・林武志)
【略歴】
つが・かずひろ 79年(昭54)阪大基礎工卒、同年松下電器産業(現パナソニック)入社。86年米カリフォルニア大サンタバーバラ校修士修了。04年役員、08年常務役員、11年代表取締役専務、12年社長、21年会長。大阪府出身、65歳。