ニッチを攻める「バーティカルSaaS」。成長戦略は?

SaaSビジネス最前線 #2

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SaaS(サービスとしてのソフトウエア)と言っても、その中身はさまざまだ。B2B向けサービスに目を向けると、これまでは人事や労務など、どの企業にもすべからく存在する業務の課題を解決する業界横断型の「ホリゾンタルSaaS」を提供する企業が中心だった。

だが、変化も起きてきた。建設や介護といった特定の業界に特化した「バーティカルSaaS」を提供する企業が盛り上がりを見せている。ニッチな領域にITを持ち込み、活路を見出す企業の戦略や規模拡大の展望を追った。

CRMを最適化

 

「既存のシステムで満足できない顧客。そこが我々の狙うべきポイントだ」。保険代理店向けSaaSを展開するhokan(ホカン、東京都千代田区)の松元勇人最高執行責任者(COO)はこう話す。同社が提供するのは顧客管理システム(CRM)と呼ばれるツールだ。顧客との関係性を最大化する観点から、長く使われるマーケティングツールだ。

CRMは米セールスフォース・ドットコムなどが提供するホリゾンタルSaaSが中心で、競合がひしめく。それでも、松元COOは「すべての産業の業務フローが同じではない。なら、CRMもそれに合ったものに最適化されるべきだ」と強調する。

ホカンのサービスは顧客の意向を一元管理できる

保険業界では、勧誘行為の透明性を高めるためにさまざまなルールが定められ、機能面での対応が求められる。一例が契約前の顧客ニーズを把握する確認業務だ。保険代理店は契約前に顧客の要望を聞き取り、その意向に合った商品を提案することが法律によって義務付けられている。また、商品の説明後、再度意向と合っているかを顧客に確認してもらう必要がある。ホカンのシステムは紙でのやり取りが中心の業務をシステム上で行える。

営業分野以外にも広がる

バーティカルSaaSは営業分野以外にも進出している。

ファンファーレ(東京都港区)は産業廃棄物業向けのサービス「配車頭」を手掛ける。廃棄物を収集する配車のスケジュールは毎日変わる。急な予定や受発注の変更など、加味すべき要素が多かった。同社は人工知能(AI)を使い、自動で最適な配車スケジュールを作成する。

ファンファーレが手がける「廃車頭」

近藤志人最高経営責任者(CEO)は「産業廃棄物業界には、ほかにはないルールや不文律がある」といい、「これらを理解した“インサイダー”が作ったシステムでないと生産性は向上しない」と指摘する。実際、同社のサービスにはドライバーを顧客ごとに「出入り禁止人物」にチェックする機能を用意。ドライバーがトラブルを起こし、廃棄物の収集先から出入り禁止になることも珍しくないという理由から設けた機能だ。これら細かな要素を見つけるため、現場でのヒアリングを繰り返した。「かゆいところに手が届くことこそ重要」と近藤CEOは言い切る。

レポートなどのマニュアルをデジタルで管理できる

製造現場の紙のチェックリストやマニュアルを電子化するサービスを手掛けるカミナシ(東京都千代田区)は使いやすさを重要視する。ITスキルに精通した人物が少ないなかでも使えるよう、複雑なプログラミングスキルの必要ない「ノーコード」でマニュアルを作成。スマートフォンアプリなどで使えるようにした。諸岡裕人CEOは「まずは触れてもらう。そこから社内で利用が広がるようなツールを意識した」と話す。製造現場には外国人社員が増えているため、導入が進んでいるという。

製造業の購買向けサービスのA1A(エーワンエー、東京都千代田区)は業界の矛盾に目を付けた。

同じ企業でも、購買は拠点ごとの購買担当者が行うことも少なくないという。そのため同じサプライヤーから購入する場合でも、購買担当者同士で情報連携が行われておらず、金額が異なる事象が起こる。キーエンス出身の松原脩平社長はこのような事例を多く見てきた。この経験を活かし、クラウド上でサプライヤーの見積もりや商談結果などを一元管理する「RFQクラウド」を開発。拠点間の金額のズレを解消することで購買担当者の属人化を解消する。

バーティカルSaaSを提供する各社はユーザー数を拡大するためには「現場で働く人が使いたくなるサービス」が重要と口をそろえる。ただ、ニッチであるがゆえ、顧客数は限られる。ホカンの松元COOは「シェアで1番を目指さないといけない」と強調する。事実上の業界の標準システムになる「デファクト化」することが必要だ。

また、顧客単価を高めることも不可欠だ。各社は機能を深掘りし、請求書発行や経理などを包括する基幹システムに近づけることを目指す。アーリーステージを中心に投資するベンチャーキャピタル(VC)、コーラルキャピタル(東京都千代田区)の吉澤美弥子シニアアソシエイトは「基幹システムに近づくことで、顧客単価は上げられる。かつ、バーティカルSaaSは競合のサービスに乗り換えるコストが高い。そういう状況を作れれば、対象の顧客数が少なくとも問題ない」と分析する。

規模拡大のカギは?

バーティカルSaaSの担い手の多くは調達額が少ないスタートアップが中心だが、上場企業や上場を“待機”するスタートアップもいる。2021年3月に新規株式公開(IPO)した建設業界向けSaaSを展開するスパイダープラスなど規模を拡大する企業も増えてきた。バーティカルSaaSの投資が先行するアメリカに倣い、IPOやスタートアップ投資が今後増えるとの見方がある。

介護事業者向けサービス「カイポケ」のエス・エム・エスはバーティカルSaaSを展開する上場企業の一つ。同社は介護保険請求をデジタル化するソフトウエアを提供してきた。そのサービスを14年から採用や備品の共同購買、事業承継など事業者の包括的経営支援を行うプラットフォームに拡充した。

岡田亮一本部長は「大企業であれば、ホリゾンタルSaaSを複数採用し、業務に組み込める。我々が狙うのは中小企業だ。そのために業界出身者の意見を製品に反映する」と説明する。SaaSを入口に、格安スマホ事業や将来得られる収入を担保に現金を調達する「ファクタリング」など、ソフトウエア以外の事業を展開し、顧客単価の向上やシェアの拡大を目指す。

海外投資家から注目も集め始める企業もいる。建設現場向けサービスのアンドパッド(東京都千代田区)だ。シリーズCラウンドの資金調達では世界最大のVCといわれる米セコイア・キャピタルなどから累計で60億円の資金調達を行った。

荻野CFO

荻野泰弘最高財務責任者(CFO)は「海外投資家はある市場において大きな影響力を持つ『カテゴリーリーダー』を好む」と話す。同社は11月から他社サービスとの連携を強化したプラットフォーム「ANDPADアプリマーケット」を開設。汎用的な機能を持つ自社や他社のアプリを複数使い、建設業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)を進める。

「22年、23年にIPOするスタートアップも出てくるのではないだろうか」

近年のバーティカルSaaSのトレンドについてUB Ventures(東京都港区)のチーフアナリスト、早船明夫氏は「アメリカではバーティカルSaaSの業績が好調なことが知られている。その流行が日本のスタートアップでも起こっている」と分析する。そのうえで「22年、23年にIPOするスタートアップも出てくるのではないだろうか」と予想する。

ただ、「得意とする業界から『一見似たような課題を持つ』領域へ安易に広げることは危険だ」と指摘する。似たように見えても業界ごとに課題は異なる。自身のソリューションをそのまま横展開することは難しい。バーティカルSaaSの正攻法は、その業界での「デファクト化」と顧客の「基幹システム」のポジションを狙うことだ。

富士キメラ総研(東京都中央区)によると、SaaSの市場規模は24年度に1.1兆円と19年度に比べて8割成長すると見込む。バーティカルSaaSが成長する市場を射止めるには、業界へのきめ細かな理解は欠かせない。

関連記事:SaaSの新潮流、「PLG」とは?

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小林健人
デジタルメディア局DX編集部
記者

全産業でDXの進展もあり、大手企業、中小企業問わず、SaaSサービスの知名度は高まりました。地方や地域性が強い業種においては、外資の参入障壁は高いように感じます。一方で、普及を促すにはサービスサイドの労力はかなり必要でしょう。新型コロナウイルスのように一時の危機感ではなく、恒久的な生産性向上や利益率向上を実感させることができるかが重要ではないでしょうか。

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