SaaSの新潮流、「PLG」とは?

SaaSビジネス最前線 #1

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国内でも普及の兆しを見せ始めたSaaS(サービスとしてのソフトウエア)。普及が広がる中で、新しいビジネスモデルも生まれてきた。無料プランを起点に顧客を獲得し、機能拡充の際に課金する「プロダクトレッドグロース(PLG)」だ。

PLGはビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」を運営する米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズや、チャットツール「Slack(スラック)」の米スラック・テクノロジーズなど、アメリカ発でグローバルにシェアを獲得する企業が採用する。営業コストが少ない点を活かし、グローバルな成長を続けている。

一方、PLGを採用する国内企業は多くない。その背景には日本特有の商慣習も見え隠れする。

PLGとは

「グローバルにサービスを広げるには、このモデルしかない」。こう話すのは、日程調整SaaSサービスのSpir(スピア、東京都渋谷区)の大山晋輔社長。スピアは国内では珍しくPLGを採用する。

PLGはサービスの利用が、無料や安価で始められるSaaSサービスのこと。フリーミアムという無料でサービスを使えるようにし、そこから有料課金へ促すのが一般的だ。一般的には機能ごとに有料、無料と切り分けるのではなく、サービスの「売り」となる体験価値を全て提供することを指す。

 

これまでのSaaSサービスでは、「ザ・モデル」と呼ばれる営業プロセスが採用されてきた。見込み顧客の獲得から契約、その後の利用や解約防止を担うカスタマーサクセスなど複数の役割に分割。それぞれの段階で数値を明確に管理することで、顧客が生涯に支払う金額を最大化することを目指す。特に米セールスフォース・ドットコムが導入したことで知られる。

PLGは無料プランを起点に、利用時間や人数などの制限を解放するために有料化へつなげていくのが一般的だ。営業などを挟まずに進むため、有料化までのリードタイムを短縮できるとされる。

メリットはマーケティングなどの販売促進費を製品に内包できる点だ。例えば、無料のプランを使いながら、ユーザーが使いにくい部分を課金することで解消できるイメージだ。基本的にはオンラインで完結する場合が多く、少額で決済できるためユーザーの抵抗感も薄い。「製品が製品を売る」ということだ。必然的に、サービス提供側は製品を改善するサイクルも早くなり、ブラッシュアップされていく。このように、PLGでは人手をかけずとも売上を増やせる状態かつ、ユーザーに選ばれる製品に改善し続けることが成功例だ。

近年、世界的にシェアを獲得する企業にはこのモデルが多い。コロナ禍で流行した米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズのビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」や米スラック・テクノロジーズのチャットツール「Slack(スラック)」、カナダのECサイト大手ショッピファイなどが挙げられる。これらは高い成長率を維持している。

レッドオーシャンでの戦いは必至

ただ、製品の説明する人手を用意しないため、一目でユーザーが使い方を理解する必要がある。そのため、既存のプレイヤーが多くひしめき合う「レッドオーシャン」の市場で勝負をせざるを得ない。いかに既存のサービスに不足している機能や使い勝手を補い、顧客を引き付けられるかが肝だ。

スピアの大山社長も「PLGでは、製品の顧客体験やデザイン力がかなり問われる」と話す。同社のサービスは複数人のリモートミーティング予定を管理できる。カレンダーを管理するツールは競合も多い。大山社長は「生活になくてはならないツールになれるかがカギだ」と説明する。

大山社長
スピアの日程調整サービス(同社HPより)

ウェブサイト制作サービスのSTUDIO(東京都渋谷区)もPLGを志向する1社だ。同社はノーコードでウェブサイトを構築できるサービスを手掛ける。石井穣最高経営責任者(CEO)は「今は顧客の面を取る時期。戦略としては顧客の現場社員が主導して使い、社内に広げていく」と説明する。海外からの利用も多いという。石井CEOは「世界との勝負になれば、間違いなく製品勝負になる」といい、「無料で作れるサイトのデザインや種類を増やし、更新できるサイトコンテンツ数の制限を開放することで課金につなげる」と話す。また、ユーザー同士のコミュニティを構築。ユーザー同士で使い方などを共有し、利用率を向上させる仕組みも用意した。

ただ、日本のスタートアップのほとんどはザ・モデルを採用する。求人大手、エン・ジャパンが運営する転職サイト「AMBI」(アンビ)に掲載される、契約継続を担当するカスタマーサクセスの求人数は右肩上がりだ。19年1月から3月に比べ、21年7月から9月では約22倍以上に増加している。あるSaaS企業の経営者も「ザ・モデルは定量化されていて使いやすい」と話す。

カスタマーサクセスの求人数推移(エンジャパン「AMBI」調べ、同社提供)

まだまだ日本でのPLGの知名度は低いうえ、顧客サイドに「オンラインで全て完結する」という商習慣が根付いていないからだ。

海外発サービスの場合は

一方、海外発PLGサービスが日本で展開する場合はどうだったのか。

ズームはPLGモデルの代表格とされる企業だ。ただ、日本においては必ずしもそうではない。米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズの日本法人であるZVCジャパン(東京都千代田区)の佐賀文宣社長は「進出する国ごとに製品や戦略をローカライズする必要がある」と話す。一例が営業体制だ。

本国アメリカではオンラインでの直接販売が中心だが、日本ではパートナー企業であるシステムインテグレータに販売を委託。日本においてはシステム導入の際に、さまざまなツールを比較検討できるシステムインテグレータを通すのが一般的なためだ。

佐賀社長

佐賀社長は「国や地域によって商習慣が全く違う。そこを間違えると日本での浸透はなかっただろう」と振り返る。事実、MM総研(東京都港区)の2020年の調査では国内シェアは35%と高い。ほかにも、日本語でのカスタマー対応に取り組むなど、国内ユーザー向けに配慮した。

ファイル共有サービスの米Dropbox(ドロップボックス)も日本国内企業向けでは本国とは違う営業体制だ。現在はZVCジャパン同様、日本国内での販売はシステムインテグレータに委託する。

日本法人の龍村洋一営業部部長は「上陸当初は『コンシューマー向け』のツールという評価がほとんどだった」といい、「実際にビジネスの現場で使えるという認識を広げるのに苦労した」と振り返る。同社はこのギャップを埋めるために直接説明を重ねたという。

顧客の戸田建設とは、建設現場で撮影した写真をさまざまな業者が確認できるよう、ドロップボックスを提供。顧客のローカルソフトなどとのつなぎこみを行うなど、「利用率を高めるため手厚くサポートした」(龍村部長)。業務フローを変えず、自然に組み込まれると利用率も向上するという。

また、「日本企業ではシステムエンジニアが社内に少なく、PLGモデルのツールを現場から導入するのは難しい」(佐賀社長)という側面もある。日本の商習慣に合わせ、営業体制を変化させてきた両社は「ローカライズは不可欠だ」と強調する。

「国内のサービスが生き残れるかの分水嶺だ」

サブスクリプションビジネスを手がける企業に投資するUB Ventures(東京都港区)の岩澤脩代表取締役は「PLGが台頭したアメリカでは、コロナ禍においてこれまでの意思決定者が変化した」と現状を指摘する。出社停止などで通常のビジネス活動が困難になるなか、短時間でお試しができるサービスが広がったとの分析だ。この流れはテレワークが導入されつつある日本でも進む可能性がある。

岩澤代表取締役

もっとも競合が多いなかで、いかに早く製品の価値をユーザーに訴求できるかは重要だ。岩澤代表取締役は「このまま国内のSaaSがPLGに乗り出さないと、(コミュニケーションツールなどは)グローバルな製品競争に負けてしまう可能性もある。国内のサービスが生き残れるかの分水嶺だ」と危機感を口にする。

ようやく日本でも広がりを見せつつあるSaaSサービス。世界から見れば、「ガラパゴス」な日本の商習慣に合わせた経営モデルでは、クラウド時代の競争を生き残れない。

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