「包茎」から考える脅迫マーケティング

本のホント#10 「日本の包茎」

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「そんな意図のメッセージではなかったのに」ー。会員制交流サイト(SNS)の普及で顧客との距離が縮まり、コミュニケーションを取りやすくなった。だが、発信した側の意図しないメッセージとして受け取られる”炎上”の事例も後を絶たない。逆に、この炎上を利用し、顧客を"脅迫"するマーケティングも散見される。

日本における「包茎」の受け止められ方を見渡すと、脅迫マーケティングの色合いを見ることができる。日本における包茎の「恥」の歴史を追った「日本の包茎」。著者の澁谷知美氏に包茎の歴史研究から見た脅迫マーケティングについて聞いた。

-なぜ「包茎」をテーマにされたのですか?
 

世の男性が「包茎である」ことを恥ずかしいと感じているのはなぜだろう、と興味を持ったことがきっかけです。仮性包茎は多数派ですし、清潔にしていれば医学上の問題はありません。恥を覚えるとしたら、それを「恥ずかしくさせる」構造が背景にあるのではないかと考えました。

調べてみると、包茎を恥とする価値観は戦前からありました。戦前には「M検(注1)」があり、日本人男性の多くが医師によるペニスのチェックを受けています。その時に、仮性包茎なのにそうでないように見せようとして、包皮をたくし上げる人がいたことが1899年の論文に書かれています。その頃から恥と思う感覚が存在していたということです。

一方、1930年代の論文には「包茎の恥ずかしさは消えつつある」とする指摘もありました(注2)。戦前にも戦後にも恥の感覚はありますが、両者は連続したものではないと見ています。

男性による男性の性の捉え方は個人差が大きいと、研究をしながら思います。M検の体験者にインタビューを依頼した際は、不快感を示した人もいれば、「おもしろいことを聞くね」と好意的に話してくれた人もいて、様々でした。

※注1:ペニスや睾丸(こうがん)の状態を調べる検査。包皮を剝き、包茎や性病でないかも確認された。名前の由来はペニスを指す魔羅(マラ)から来ているとされる。

※注2:1937年に札幌の兵士を調査した医師のレポートがある。過去のデータと比較し、完全露出している者が次第に減っていることを指摘している。

-戦後、時代が進むにつれて包茎手術の「商品化」が強まっていきます。

60年代は性器整形ブームが起きた時代でした。包茎手術はいろいろな性器整形手術の一つとして売り出されていました。80年代になると、包茎手術に特化したブームが到来します。「ホットドッグ・プレス」や「スコラ」などの青年誌が、「包茎だと女性にモテない」や「同性からバカにされる」など、脅迫をまじえた宣伝をしたことがブームの背景にあります。この辺りから、「包茎でいると恥ずかしい」という雰囲気が強くなってゆきます。

この宣伝は、包茎手術をする「医師」と情報を伝える「出版社」の協力によって行われてきました。その具体例がタイアップ記事です。包茎であることのデメリットを記事で訴求し、「解決法」として医師が手術を推奨する内容です。こうした記事が繰り返し掲載されることで、読者が恐怖に駆られ、病院に駆け込み、さらに出版社に広告が入るサイクルが成立しました。

メディアを持つ出版社と知識や権威、タイアップ記事を出せるだけの資金を持つ医師は「強者」です。対して、これらを持たざる読者は「弱者」。強者が弱者を支配する構図と言えます。また、私が調べた限りでは、青年誌の主要な編集者や誌面に出てくる包茎クリニックの医師は全員男性でした。包茎手術を受けるのは男性ですから、これは「男性による男性支配」とも言えます。


-時代は違いますが、今で言う「脅迫マーケティング」ですね。当時も今も、顧客との関係性を築くことにおいては不利ではないでしょうか。
写真は本人提供

否定的なメッセージによって消費行動を起こさせることは、長期的に見て損なマーケティングだと思います。顧客の体験価値に重きを置く現代では流行しない手法でしょう。特に現在のように世の多くの人々が疲弊している状況では、否定的なメッセージの発信は企業にとって良くない結果を招くと思われます。

本の冒頭にも書きましたが、2007年に美容整形医の高須克弥氏が包茎手術の必要性について「捏造できたのも幸せだなあって(笑)」(原文ママ)と語っています。後になってこのことを知った男性たちの少なからずが、その手法に反感を持っています。


  -ただ、企業側の発したメッセージが意図しない「炎上」という結果を起こす事例も珍しくありません。

メッセージが訴求対象にどう受け取られるかを精査するのは、マーケティングの基本ではないでしょうか。重要なのは、訴求対象の反応を「想像」するのではなく、リサーチにもとづいて「認識」することです。

ジェンダーに関して言えば、女性の消費者の受け止め方を男性の担当者が想像したのでは的を外します。そこで、訴求対象あるいはそれに近い人の意見を正確に認識したうえで、取り入れることが必要になります。また、近年の「炎上」を見ると、訴求対象だけでなく、それ以外の人々の反応も精査したほうがいいかもしれません。


-個人間ではハラスメントなども問題になっています。これを防ぐために我々ができることはあるでしょうか。

精査の手間を省かないことに尽きるのではないでしょうか。何がハラスメントで、なぜそう言えるのかを解説する本などが山ほど出ていますから、積極的に学ぶことをおすすめします。

「暴力は高きから低きに流れる」という指摘があります。上司から部下へ、あるいは男性から女性へ。そのつもりはなくとも、相手の受け止め方を正確に予測できなかったために、パワハラやセクハラになることがあります。そうならないために、常に勉強して今の潮流を「認識」し、防ぐ努力をするしかありません。

【略歴】しぶや・ともみ 1972年、大阪市生まれ。東京大学大学院教育学研究科で教育社会学を専攻。現在、東京経済大学全学共通教育センター准教授。博士(教育学・東京大学)。ジェンダー及び男性のセクシュアリティの歴史を研究。著書に「日本の童貞」(文春新書→河出文庫)、「平成オトコ塾―悩める男子のための全6章」(筑摩書房)、「立身出世と下半身―男子学生の性的身体の管理の歴史」(洛北出版)など。

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小林健人
デジタルメディア局DX編集部
記者

最近はネットでも不安感を煽るような広告を見かけます。確かにクリックなど成果を求めると手っ取り早い施策なのかもしれません。ただ、経済とは人々の生活を豊かにするものです。当たり前ですが、一定の倫理観は必要でしょう。

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