敗北の現場「廃炉」で働く人たちの溢れ出る思いをすくい取った【稲泉連さんインタビュー】

本のホント#05 『廃炉「敗北の現場」で働く誇り』

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『廃炉「敗北の現場」で働く誇り』著者の稲泉連さん

原発事故後に入社した東京電力社員や福島からの異動をかたくなに拒む経産官僚、高放射線量の下で数々の困難を乗り越えようとする技術者らが、福島第一原子力発電所(イチエフ)の廃炉の現場で働く理由や意味を吐露する―。2月に刊行したルポルタージュ『廃炉「敗北の現場」で働く誇り』は、廃炉の現場で働く人たちの奮闘や苦悩、思いを描き出した一冊だ。

著者は、2005年に『ぼくもいくさに征くのだけれど―竹内浩三の詩と死』で大宅壮一ノンフィクション賞を史上最年少で受賞したノンフィクションライターの稲泉連さん。東日本大震災の1ヶ月後から被災地の取材を続けており、これまでに『命をつないだ道―東北・国道45号線をゆく』や『復興の書店』を発表した。また、「仕事」や「働く」をテーマにしたルポも数多く手がけてきた。

東日本大震災や原発事故から10年が経過しようとする今、なぜ廃炉現場の仕事やそこで働く人たちに改めて注目したのか。そして彼らの仕事をどのように見つめ、そこにある思いをどのようにすくい取ったのか。稲泉さんに聞いた。(聞き手・葭本隆太)

イチエフの廃炉作業:「使用済み燃料プール」からの燃料取り出しや事故で原子炉内に溶け落ちた燃料「燃料デブリ」の取り出し、汚染水対策などを行う。20年3月時点で約3900人の作業員が携わっており、今後30-40年続くとされる。本書では、事故に伴って水素爆発した建屋を覆うカバーの設計・施工や使用済み燃料の取り出し、高い放射線量を帯びたガレキの撤去、原子炉格納容器の内部調査などのほか、大型休憩所に設けられたコンビニの運営といったバックヤードの仕事も取材している。

働く思いを語り始める瞬間があった

―取材の経緯を教えて下さい。
 東日本大震災の被災地の取材を続ける中で、イチエフの事故は当然、常に頭の中にありました。その中で2017年に初めて現場を訪ねる機会を得ました。イチエフの現場は、帰宅困難区域となり人がいなくなった大熊町を車で走り、しばらくすると少し唐突な感じで現れます。実際に原発事故で故郷が喪失した光景の先に数千もの人が働き、今なお災害復旧のような作業が続く現場を見たとき、ここで働く人たちが仕事にどう向き合っているのか知りたくなりました。

もちろん私が話を聞けるのは(数千人の)一部にすぎません。ただ、たとえ(廃炉の仕事をする人たちの)一面しか取材できなくても、(それを基に)自分の視点でイチエフのことを書けないかと思いました。

福島第一原子力発電所の2号機。24―26年度に予定する燃料取り出しへ原子炉建屋南側で構台の建設が続く(代表撮影)

―廃炉現場における「仕事」や「働く」を本書のテーマに据えたのはなぜですか。
 おのずとそうなったのは、これまで自分が書いてきた(ルポルタージュにおける一つの)根幹のテーマだったからだと思います。働く人が組織に所属し、そこで試行錯誤しながら働く意味を自分なりに見いだして、それをモチベーションに仕事を全うするというのは普遍的なテーマだと考えています。今回も廃炉の現場で働く人たちが担う一つ一つの仕事がどのようなものなのかを聞いていく中で、彼らが語るその現場で働く理由などに注目していきました。

廃炉の現場は、何かを作り出す場所ではありません。ある技術者は現場を初めて見たときに「敗北感を抱いた」と話しました。自分が働く場所を科学技術の「敗北の現場」と呼ぶとすれば、そうした感情から仕事を始めた人たちが、どのように自分の仕事にやりがいを見いだすのか、その過程などを書きました。

―廃炉の現場で働く人たち特有の仕事観を感じることはありましたか。
 それはあまりないと思います。ただ、働く意味を当人が考えざるを得ない現場だと感じました。廃炉の現場は(原発事故の加害側と被害側の人々が共に働いていたり、放射線量が高い危険な場所が近くにあったりと)複雑な要因が多様に絡まった場所ですから。私はあくまで仕事の内容を聞くのですが、インタビューを続けると、そこで働くことに対する思いが次第に語られ始める瞬間がそれぞれありました。

―その思いを聞き取るために大切にしたことはありますか。
 まずはその人の仕事をしっかり理解しようとしながら、話を聞くことです。その中から溢れ出てくる思いをすくい取ることを心がけました。例えば、高放射線量のガレキを無人で運搬するとは一体どういう仕事なのか。分かったつもりで話を聞いてしまうと、その人が本当に感じている重圧や背負っているリスクを見誤り、そこにある思いを本当に理解することはできません。

「復興に対する一歩だと思えない」

―彼らから溢れ出てきた思いの中で、特に印象的なものはありますか。
 一つは、イチエフ4号機の使用済み燃料を取り出す作業の中で、それを収める容器「キャスク」の運搬を担った(港湾運輸事業大手の)宇徳のベテラン技術者が、その現場を初めて見た時を思い出しながら口にした(「これから自分の行なう仕事が、福島の復興に対する一歩だとも思えませんでした」という)言葉です。彼は地元が(原発事故で被災した)浜通りにあり、生活者として事故に複雑な思いを持ちながらも、自分の仕事をプロフェッショナルに全うしていました。その中で(今後30―40年続くと言われる)廃炉作業のあまりの長さを思い、むなしさを感じて出た言葉だったように感じ、胸に迫るものがありました。

―そのほか、福島からの異動を拒み続ける経産官僚の言葉ににじむ強い責任感や、廃炉現場の大型休憩所に開設したコンビニの店長の楽しい仕事場にしようとする姿勢など、取材ですくい取られた彼らの仕事に対する思いは多様です。
 それぞれの方々が自分の言葉でその現場で働く意味を話してくれたということだと思います。仕事に対する思いが多様なのは当たり前のことです。それを改めて確認したことになるのかもしれません。

―本書ではそのような働く姿や思いを伝えたいのですか。
 「伝えたい」より「残したい」という思いが強いです。今後30―40年続き、現場が変わっていく中で、最初の10年の記録を少しでも多くとどめておきたいなと。考えてみれば震災の取材はその思いが強い気がします。『命をつないだ道』や『復興の書店』を執筆した時もそんな思いがありました。

「廃炉作業は終わるのか」という疑念が増した

―廃炉の現場では震災当時を知らない若い世代が働き始めており、彼らにも焦点をあてています。
 (廃炉の現場で働く人たちの中で)最初に話を聞きたいと思ったのは、原発事故後に東京電力に入社した若者たちでした。特に11年4月入社の人たちですね。事故前の東電を受けて、事故後に入社した人たちがどのような体験をしたのかは知りたかったです。

―その体験の一つとして、男性社員が入社1年目に顧客と電話で直接やりとりする部署に配属され、見ず知らずの人に怒鳴られたり泣きつかれたりして、原発事故の当事者になっていくシーンを書いています。
 彼はとても強烈な経験をしながら社会に出ていったと思います。その経験をどう受け止め、どのように働き始めたのかということは、震災と社会の一つの記録として残しておきたいと強く感じました。

―廃炉作業を支える技術にも強い関心があったそうですね。
 イチエフは科学技術が破綻を来したと言える場所ですが、一方で無人施工といった技術や(事故を起こした)原発の建屋を覆うカバーを、建屋に重みをかけずに作る発想など、その現場だからこそ生まれたものがあると知って興味を覚えました。『命をつないだ道』では(救援・救助活動で重要な幹線道路だった「国道45号線」の復旧工事を支えた)土木技術などを取材しており、廃炉というモノを壊す場所を支える技術も素朴に知りたかったです。その意味では、自分が震災後に取材してきた視点と連なるものがありました。

―廃炉現場の10年後をどのように想像しますか。
 それはわかりません。10年前も今をイメージ出来なかったと思います。一方で、(燃料デブリとみられる堆積物を初めて撮影した作業に携わった)東芝の技術者の「廃炉のための技術は頭の中でイメージすることはできても、実際に実現する道のりはとても困難」という話が印象に残っています。そうした話を聞いていくにつれ、本当に廃炉作業を終わらせることは可能なのだろうかという疑念が自分の中で増していきました。(いずれにしても)廃炉に向けた中長期ロードマップがあるので、それが成し遂げられているのかを見ていくということなのでしょう。

そこで働く理由が聞きたくなる

―稲泉さんにとって「仕事」は根幹のテーマとおっしゃいました。それはなぜですか。
 私が社会に出ていく時期は、後に「就職氷河期」と名付けられた時代でした。社会の構造や、働く環境が大きく変化していく中で、社会人になった世代だと思います。その時に自分と同世代の人たちは、どのように社会に出て働き、自分の仕事をどう確立していくのかということに関心を持ち、最初のルポ(『僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由』)を書きました。それが非常に大きかったと思います。それ以来、人に話を聞くときは、この人の仕事はどのようなものなのか、働くことについてどう思っているのかが気になります。それを書きたいというよりも、聞きたくなるのです。

就職氷河期に仕事に就いた8人の葛藤などを追ったルポ『仕事漂流― 就職氷河期世代の「働き方」』(左)と東日本大震災の被災地における書店の「歩み」を記録した『復興の書店』

―では、稲泉さんにとって「仕事」や「働く」とはどのようなものでしょうか。社会における役割を意識することはありますか。
 「社会にこういうものを還元したいから、こういうものを書く」といった大それたことを自分が出来ているとは思えないし、いつも自信はありません。ただ、そうなっていたらうれしいな、という思いはあります。例えば、この本(『廃炉「敗北の現場」で働く誇り』)を書くことで、(読者が)廃炉という遠い現場を少しでも近くに感じたり、その複雑な状況を知ったりする参考になっていたらよいなと。ライターという仕事をしているからこそ、その場所に行ったり、そこにいる人たちに話を聞いたりできるわけですから。

―その仕事において、東日本大震災はどのようなテーマですか。
 震災は人に話を聞いて書くという仕事の意味を見つめ直す出来事だったと思います。そして終わることのないテーマです。震災から10年が経過しましたが、自分にとってそれは区切りではなく、今後も常に意識し続けていくものだと思っています。

【プロフィール】1979年生まれ。早稲田大学第二文学部卒。05年『ぼくもいくさに征くのだけれどー竹内浩三の詩と死』で第36回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。他の著書に『アナザー1964 パラリンピック序章』『「本をつくる」という仕事』『ドキュメント豪雨災害ーそのとき人は何を見るか』など。

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COMMENT

葭本隆太
デジタルメディア局
ニュースイッチ編集長

本書は登場人物たちの多様な姿がそれぞれとてもリアルに感じられます。それは稲泉さんの『仕事漂流』などを読んだ際にも思ったことで、今回直接お話を聞き、そうしたルポを生み出す仕事の一端を知ることができた気がします。稲泉さんは本書について「廃炉という遠い現場を少しでも近くに感じさせられたら」と話していましたが、間違いなくそうした力を持つ本だと思います。

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