【ディープテックを追え】難病ALSの治療薬開発に挑むバイオベンチャー

#14 ジクサク・バイオエンジニアリング

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筋肉の運動をつかさどる神経が変性することで、手足やのど、舌の筋肉が低下する難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)。2020年7月には京都でALSの女性患者に対する嘱託殺人が起き、社会の関心を集めた。世界で40万人の患者がいると推計される難病の解決に挑戦するのがジクサク・バイオエンジニアリング(川崎市幸区)だ。

筋萎縮性側索硬化症(ALS):筋肉の運動をつかさどる運動神経細胞が変性することで、徐々に全身の筋力が動かしづらくなる難病。

きっかけは「妄想」

「良くも悪くも、私は妄想癖がある」。ジクサクの川田治良社長は自身の性格をこう話す。起業もこの“妄想癖”がきっかけだ。

川田社長とALSの出会いは12年。留学先のハーバード大学でALSの研究に参加したことだ。そこで初めてALSの患者に触れ、患者の体験記にも目を通した。思考はこれまで通り働くのに、段々とできることが少なくなり、最後には声を使って自分の気持ちを伝えることも難しくなる-。川田社長は妄想した。「当時読んだ本に『手を動かせるなら、水を飲みたい』と書いていた。自分が当たり前だと思うことを渇望するくらい大変な病なのかと。自分事にした時に耐えられないし、何とか解決できる術はないかと思った」。薬を作って、治療できるようにしたい。起業する決意を固めた。

マイクロ流路デバイスを応用

同社の細胞を作成するチップ

まず取りかかったのが、微細構造を持つデバイス「マイクロ流路デバイス」を用いて、神経細胞を作るアイデアだ。ALSは発症のメカニズムを掴めていないが、運動神経細胞にある、筋肉を結ぶ結合部分へ信号(シナプス)を送り出す「軸索」の先端が脱落することが報告されている。同社はこの点に着目し、まずは「神経細胞を作って、筋肉との接合部分になぜ異常が起こるのか探ることにした」(川田社長)。

固まりになっているのが細胞体の固まり、線のように伸びるのが軸索

これまでの神経細胞の培養では、細胞体と軸索が混ざり合ってしまい、体内に近い状態(細胞体と軸索が分離した状態)を再現することが難しかった。そこで同社が開発したのが、神経細胞を構成する細胞体と軸索を分けて培養する「ナーブ・オルガノイド」技術だ。これにより体内の環境に近い神経細胞を使うことで、より臨床や治験を想定した研究を実験段階から行える。また、この技術で作った細胞をチップにして、研究機関や企業向けに提供。再生医療分野での研究速度の向上に寄与する考えだ。

この方法で作った細胞を使いALSの創薬研究を進めている。湯本法弘取締役は「ある程度、どういった薬が効くのか分かってきた。今後の臨床に向けて研究を進めたい」と話す。21年5月にはサイバーダインなどから資金調達を実施し、創薬に向けてアクセルを踏む考えだ。

念頭にあるのは「ポスドク問題」

ただ、投資家からは「オルガノイド事業かALSの創薬のどちらかに絞った方がいいのでは」という声も寄せられる。それでも、川田社長は「資金調達が難しくなっても、どちらも止めない」と言い切る。その念頭にあるのは「ポスドク問題」だ。

ポスドク問題は、大学院の博士課程を修了した後、任期付きの研究員として大学や研究機関で働いた末に有期雇用を得られないことをいう。もちろん研究者としてのキャリアを切り開くには実績も必要だ。だが、それには「運も必要」(湯本取締役)というように雇用面以外でも不安定な立場に置かれている。また、大学などの研究職から企業への転職は容易ではない。

湯本取締役(左)と川田社長

起業前、自身もポスドクであった川田社長は「何十年と研究ばかりしてきた人間が、いきなり企業で必要とされるスキルを身に着けることは難しい」と語る。当然、研究開発を中心とした同社にもポスドク出身者も多い。このため、オルガノイド事業には、企業に必要なコミュニケーションや仕事の進め方などをトレーニングする役割も期待している。「もし、当社が倒産しても、またポスドクに戻ってしまうのではなく、企業で働ける土台を作りたい」(川田社長)。

ポスドク問題に思いを傾けるのも「良いサイエンスがあるからこそ、ビジネスが生まれる」という信念からだ。そのためには優秀な研究者は不可欠であり、短期的な事業と研究開発の両天秤を維持する考えだ。今後について、川田社長は「医療の常識を覆す『ブロックバスター』をALSの分野で生み出したい」と語る。

この連載では、「ディープテック」と呼ばれる先端テクノロジーの事業化を目指す企業を掲載します。
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COMMENT

小林健人
デジタルメディア局DX編集部
記者

ALSは発症のプロセスも分かっていない難病です。まずはそのプロセスの発見が必要でしょうが、治療薬候補が登場することを個人的に応援したいと思っています。また、ALS患者の方々への偏見を取り除く取り組みとともに、科学的アプローチを支援する枠組みが広がればとも感じます。サイバーダインとの提携にも期待です。

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