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臨床研究相次ぐiPS細胞、「再生医療」「創薬」に続く第三の道

生体試料15万人分、疾患予防に大きな可能性
臨床研究相次ぐiPS細胞、「再生医療」「創薬」に続く第三の道

東北メディカル・メガバンク機構の保有する血液細胞からiPS細胞が作製できたことを発表(京都大学iPS細胞研究所の山中所長(左)ら)

iPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究成果の発表が相次いでいる。再生医療や創薬が臨床段階に進み、実用化へと前進している。さらに今、疾患研究が治療法開発へと進んだように、疾患の予防に向けた新たな使い方の検討も始まった。さまざまなプロジェクトとの横断的な連携により、iPS細胞の可能性がますます広がる。

再生医療 臨床研究相次ぐ、安全性の知見蓄積


 iPS細胞が再生医療に初めて用いられたのは2014年。理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーによって、目の疾患「加齢黄斑変性」の患者へ網膜色素上皮細胞が移植された。その後、18年の大阪大学によるiPS細胞由来の心筋細胞移植の臨床研究が認められると、京都大学慶応義塾大学の臨床研究もこれに続き、再生医療への応用の動きが一気に活発化していった。

 2月に認められた慶大の岡野栄之教授、中村雅也教授らによる脊髄損傷を対象とした再生医療の臨床研究では、他人(他家)由来のiPS細胞から作製した「神経前駆細胞」を移植する。年内にも移植し、iPS細胞を使った脊髄損傷の臨床研究としては世界初となる見通しだ。対象となるのは脊髄に損傷を受けてから14―28日後で、感覚と運動機能が完全にまひした重症の患者だ。

 また大阪大学の西田幸二教授らによる臨床研究では、角膜が濁って視力障害を引き起こす「角膜上皮幹細胞疲弊症」の患者にiPS細胞由来の「角膜上皮細胞シート」を移植する。6―7月頃、第1例目への細胞移植を目指しているという。

 現在の臨床研究は安全性を評価する段階だ。そのため倫理的な配慮から、他に治療法がない重症患者が対象となる。細胞を移植する手法や未分化のiPS細胞が異常増殖しないかといったことを慎重に見極めていく。

 脊髄損傷の患者へ細胞移植を行う慶大の中村教授は「安全性が確認できれば、慢性期の患者を対象とするなど、次のステップに進むことができる」と期待感を示す。

 安全性に関する知見を蓄積させることで、将来的にはさらに多くの患者に使ってもらえる治療法として発展していくことが期待される。

創薬 疾患再現した細胞で薬剤特定


 iPS細胞は再生医療の他に創薬領域での活用も期待されてきた。疾患を再現した動物の作製が難しい場合や非臨床試験で効果が確認されてもヒトでの開発が難航するケースでは、実際の患者から作製したiPS細胞が重要になる。特に既存薬の中から別の疾患の薬効を探す「ドラッグリポジショニング」と組み合わせた創薬が進んでいる。既存薬はすでにヒトに投与した場合の安全性が確認されており、iPS細胞で有効性が適切に示されていれば治験に進むことができる。

 慶大では岡野教授を中心にiPS細胞を使った研究を進め、治験に結びつけることに成功している。耳鼻咽喉科ではめまいや難聴などの症状が現れる遺伝性疾患「ペンドレッド症候群」に対し、免疫抑制の用途で使われる既存薬「シロリムス」を低用量で投与する治験を開始した。

                      

 さらに同大の神経内科では筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬候補としてパーキンソン病の治療に使われる薬剤「ロピニロール塩酸塩」を同定し、治験を進めている。薬剤の選抜には、健常者とALS患者由来のiPS細胞から作製した脊髄運動ニューロンを使い、有効な化合物を探索した。会見で岡野教授は「患者のiPS細胞からALSの神経細胞の形状を再現した細胞を作り、薬剤の特定に至った。ALSの根治はまだ難しいが、進行を遅らせる薬を見いだすことが必要と感じている」と話す。

 3月には京大も、ALS患者を対象に白血病治療向けの分子標的薬「ボスチニブ」を投与する治験の実施を決めている。

第3の使い道・健康医療研究 生体試料15万人分


 再生医療、創薬に続く“第3の使い道”が新たに開かれる。京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の山中伸弥所長らは、東北大学の東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)の保有する血液細胞からiPS細胞が作製できたことを発表した。

 ToMMoは健康な人や幅広い年代から得た約15万人分の生体試料を保有しており、理論上は15万人分のiPS細胞を作ることが可能になった。疾患のなりやすさや発症の予防といった、健康医療の研究に貢献が期待される。

 これまでToMMoの生体試料を基にしたゲノム解析などが進められており、生活習慣病に関連する遺伝子の塩基配列のパターンや疾患同士の関連性などを明らかにする健康医療分野の研究に活用されてきた。ゲノムから分かってきたことが、iPS細胞を活用することで細胞や組織を使った研究に発展させる事ができる。

 山中所長は「ゲノムから得られたことに生物学的な意味付けができるようになる。課題はあるが、何百、何万人の方に行うのが困難な臨床研究も、細胞であれば実験室で行うことができる」と説明する。

 iPS細胞はこれまで、疾患の治療に焦点を当てた利用が進んできた。しかし世の中が健康寿命に注目するのに伴い、健康医療の研究にiPS細胞を利用する動きも出てきた。先進医療や予防医療、個別化医療といった次世代の医療の発展にiPS細胞が欠かせなくなる。
(文=安川結野)

線維芽細胞から樹立したヒトiPS細胞のコロニー(京大の山中教授提供)
日刊工業新聞2019年5月3日(科学技術・大学 )

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